影武者ちゃんの日常 第三話
金髪男の拳を悠々とかわしたことに驚いているようなのだが、こんなに遅い攻撃を食らうはずがない。まあ、食らったところで大した威力はなさそうだと思うのだけど、この男たちに触れられるというのはあまり心地の良いモノではなさそうなのだから避けておいた方が良いだろう。
その後も金髪の男は私の事を殴ろうと何度も何度も拳を突き出してくるのだけど、あまりにも直線的過ぎる攻撃なので少しずつ紙一重で避けるようになってしまった。あまり大きく動くとさすがに疲れてしまうのでそうしたのだけど、金髪の男の子は私の避け方が気に入らないのか顔がみるみる紅潮して鼻息もどんどんと荒くなっていっていた。その姿を見てどこかで見たことがあるような気もしていたのだが、きっと気のせいだろう。
「なんで、避けるんだよ。ふざけんな。当たれって。テメエ、避けんなよ」
「いや、そんなわかりやすい攻撃避けるに決まってるでしょ。あんたみたいな人に触れられたくないし」
「ふざけんな。さっさと死ね」
この金髪はきっと自分の思い通りにならないと気が済まないんだろうな。私がいつまでも攻撃を避け続けるからイライラしてるんだろう。いつまでもこの不毛なやり取りを続けるのも飽きてきちゃうし、いい加減諦めてくれないかな。
「ほら、死ね。死ね。さっさと死ね。死んで俺のオモチャになれ」
「いや、死んだらオモチャになれないだろ」
私は思わず矛盾した言葉に反応してしまったのだが、それと同時に体が勝手に反応してお腹に一発入れてしまった。生身の拳で人を殴るのは初めてだったので微妙な感触が手に残ってしまったのだが、武器を使わない戦いというのも案外好きかもしれないという事に気付いてしまった。
たった一発お腹に入っただけなのに金髪の男の子はその場にうずくまって吐しゃ物を吐き出してしまった。それにも触れたくないと思った私は思わず壁際に飛びのいてしまったのだけど、それを好機と見た他の男たちが私に向かって一斉に飛び掛かってきた。
金髪の男の子の事を少しは心配してあげたらいいのになと思いながらも、私は順番に攻撃をかわして一人ずつお腹に一発ずつ拳を入れてあげる事にした。あんまり深く入れると金髪の男の子みたいになってしまいそうなので浅めに入れたはずなんだけど、結果的には何も変わらなかった。
不快な臭いが立ち込めてきたので私はこの場を立ち去ることにしたのだけど、金髪の男の子が両手を広げて私の事を通さないように立ち塞がっていた。今にも涙をこぼしそうな顔で見つめてきてはいるんだけど、一体この行動に何の意味があるんだろう。
「ごめん、邪魔なんでどいてもらえるかな」
なるべく刺激しないように優しく諭すように言ったのだけれど、金髪の男の子はこらえきれなくなった涙を流しながらも私の事を足止めしようとしていた。後ろでうずくまっている男の達は完全に戦意を失っているので時間稼ぎではないと思うのだけど、ここまで私を足止めしたいと思う気持ちが理解出来ない。男のプライドってやつだったとしたら、普通の人間であるという事が既にハンデとなっている事に気付いてくれたらいいのにな。あれだけ攻撃しても当たらないという事を理解しているとは思うんだけど、そもそもの基礎能力が違い過ぎるという事にまで理解が及んでいないのだろうか。
「ごめんなさい。ここに居ると気持ち悪くなりそうなんで通してもらっても良いかな」
「イヤだ。絶対にお前を通さない」
「ワガママ言わないでね。本当に気分が悪くなりそうだから戻りたいんだけど。ね、君程度じゃ私にそんな事をしても無駄だってわかってるよね。次はもう少し強く攻撃しちゃうけど、君は我慢出来るかな?」
普通に無理矢理通ることも出来るんだけど、この金髪の男の子がいったいどういう事をしてくるのかという事に興味はあった。
「やだ。絶対にやだ。痛いのも、怖いのも、絶対に嫌だ」
後半は言葉になっていなかったのだけど、とにかくこの金髪の男の子は私の言う事を聞く気はないという事がわかった。涙と吐しゃ物でボロボロになった顔は見るも無残な姿になっているのだけれど、その佇まいはどこか男らしさを感じさせているのである。だが、そんなものを見せられたところで私が納得する話ではない。
このまま黙って見つめ合っていても良いことは無いと思うし、この金髪の男の子みたいに他の男の子たちも意識を取り戻して襲ってこないとも限らないのだ。そうなるとまた面倒な事になってしまうのではないかと思っていたのだけど、金髪の男の子は私が少し動いただけでその場に座り込んでしまった。まるで糸が切れた操り人形かと思ってしまう姿に驚いてしまったのだが、いつまでもここに留まり続けても良いことは無いと思って私は足早にこの場所を去ることにしたのだった。
教室に戻った私にクラス中の視線が集まっていたのだけど、そんな事は気にせずに自分の席に戻ろうとしたところ、さっきまで座っていた椅子と違ってみんなと同じ椅子が置いてあった。
私はその事を不思議に思っていたのだけど、背もたれがついている椅子の方が座りやすいんじゃないかなと思って気にしないことにした。
机に書かれていた落書きも消えてみんなと同じ机になっていたのだ。机の横にかけていた鞄もそのままだったし机の中に入れていたノートや教科書もそのままだったので、こちらも気にしないことにした。
相変わらずクラス中の視線が私に集まってはいるのだけど、誰も近寄ってくる気配はなかった。
隣の人との距離がさっきより広がっているのもわかっていたんだけど、それも私は気にしたりなんてしない。
日常生活を無難に送るためにはそうした方が良いという事を、私はちゃんと理解しているのだから。
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