くりきゅういんうまなとイザーと釧路太郎

影武者ちゃんの日常 第二話

　給食の時間になっていたようなのだが、私はどうすればいいのかわからずにボーっとして過ごしていた。何も食べなくても平気なので今日は見ているだけでにしようかなと思ったのだけど、担任の先生が私の席に他の人と同じように盛り付けられた食事を持ってきてくれたのだった。このまま食べて良いものかと思っていたのだけど、周りの人も誰も食べていないので少し様子をうかがうことにしてみた。

「困ったことがあったら何でも相談してくれていいんだからね。先生だけじゃなくて学年主任の木場先生に相談しても良いんだからね。遠慮しなくていいんだからね」

　担任の先生はそう言ってはくれたのだけど、この状況でそれを言ってしまうと逆に相談しにくくなってしまうとは思わないのだろうか。この人はもしかしたら、勘が悪いとかではなくただただ真っすぐにしか物事を考えられない人なのかもしれない。そう考えると悪い人ではないと思えるのだけど、本当にいじめられている人に対する行動しては間違っているんじゃないかと思う。

　それにしても、給食というのはこんなに美味しいものなのだろうか。普通のパンにしたって甘くてふわふわで美味しいし、スープだって塩気だけではなく甘みもあって美味しい。何の魚なのかわからない料理も美味しいし、最後にとっておいたゼリーも甘くて美味しかった。こんなに美味しいものを毎日食べることが出来るなんて、愛華ちゃんの影武者としてこの世界にやってきた価値があるというものだ。

　食べ終わった食器をどうすればいいのかわからないので他の人の行動を見ていたのだが、どうやら食べ終わった食器は元の場所に戻せばいいという事のようだ。残したモノは全部あの大きな筒に入れているみたいなのだが、こんなに美味しいものを残してしまうなんてもったいないとは思わないのだろうか。

　食器を下げて席に戻ろうかと思っていたのだけれど、何となく私がこのまま教室に残ってしまうと教室内の空気が悪くなってしまうように感じてしまう。私は担任の先生と違って空気は読める方だと思うので教室を出て校内を見て回ろうと思ったのだけど、どこに行くのがベストなのだろうか思案してみた。

　考え抜いた結果、この世界で生きていくために必要なのは知識だろうという事で図書室に行って片っ端から本を読んでみることにしたのだ。この世界の事はまだ完全に理解していないという事もあるのだけど、小説を書くのが趣味な愛華ちゃんになりきるためにも本を読んでおくのは重要な事だと思ったからだ。

　教室から図書室までの道は覚えているので問題無いと思うのだが、階段を下りていると見慣れない男子生徒に声をかけられたのだ。思えば、この学校に来てから先生以外に話しかけられたのは初めてかもしれない。

「お前ってアレだろ。エロい小説を書いてるエロい女なんだよな。今からお前の教室に行こうと思ってたんだけど、ちょうどいいところに来たな」

　この感じは明らかに友好的ではないな。私の事を下に見ているように思える。昨日テレビで見た映画にもこんな感じの男が出ていたと思うんだけど、テレビの中と外でも同じような人間がいるものなのだという事を学ぶことが出来た。

「ちょっと付き合えよ」

　男は私の腕を掴むと強引に階段を下りていく。その手は力が入っているようなのだけど思っているよりも力は強くないので女性に対する配慮というものが出来ているのかもしれない。無理やり手を引くというのは配慮が欠けているとしか思えないのだけれど、そんなところで微妙に気を使われたとしても嬉しい事なんて無いだろう。いや、この世界の女性はそう言った理解出来ない優しさというものが好きなのかもしれない。色々な本を読んでもそんな風な話題が出ていたような気もするのだ。

　私は三人の男たちに無理やり連れてこられる形で校舎から出て中庭のような場所へとやってきた。登校してきた時は雲もそれほど出ていない空模様だったとは思うのだけど、今は少し黒くて厚い雲が空を覆っているようだ。

「あれだけエロい小説を書いてるって事はお前は相当経験豊富って事だよな。俺達にも試させてくれよ」

「そうだそうだ。あんなにエロい小説書くって事はそう言うことしてもいいって事だもんな」

「だよな。とりあえず、その制服脱いで俺達に裸を見せてみろって」

　壁際に立たされた私に向かって三人同時に手を伸ばしてきたんだけど、さすがにそのままされるがままと言うわけにもいかないので私はその手をひらりと交わしたのだけど、その事でなぜか三人はイライラし始めてしまった。そんなに触りたいのなら触らせてあげても良いとは思うんだけど、今の私は愛華ちゃんの姿になっているのだから勝手に触らせるというのも良くないんだろうな。

「黙って大人しく触らせろよ」

「触るだけで終わったりなんかしないから安心しろよ」

　安心しろという人の行動で安心出来ることなんてあるのだろうか。これだけ治安の悪い学校であれば愛華ちゃんが行きたくないと思うのも仕方ないかもしれない。普通の人がこんな人たちと一緒に過ごすのなんて辛そうだもんな。学校生活って楽しいだけじゃないっていう意味が少しだけ理解出来たかもしれない。

「おう、お前らだけで楽しそうな事してんじゃねえよ。そういう事する時は俺達も誘えって言ってるだろ」

　一人だけ髪の色が違う男の子がやってきたんだけど、他の人達はちょっと距離をあけている。その様子を見る限り、この金髪の男の子がこの人達のリーダーなんだろうなってのはわかるんだけど、髪の色が違う以外に何か違うところがあるんだろうか。私にはそれが全く分からなかったのだ。

「俺はさ、お前みたいな地味な女の方が好きなんだわ。なあ、そんな地味な見た目のくせにどんだけエロいのか試させてもらうからな。その前に、逆らわないように一発殴っとかないとな」

　金髪の男は私に向かって拳を突き出してきた。殴るつもりだったら何も言わないでいきなり殴ればいいのになと思うんだけど、殴る前に教えてあげるというのもこのタイプの男の優しさというやつなのだろうか。

　本当にこの世界の価値観というものが理解出来ないな。