第十二話 くりきゅういんうまなというおんな

 偽物の福島君の存在はこの際置いておくとして、私をここに連れてきたうまなさんはいったい何者なのだろう。乗っていた車や女性執事のイザーさんの事を考慮しても、とても普通の人間だとは思えない。

「じゃあ、さっそくだけど、あなたには小説を書いてもらおうかしら。いきなり書けと言われても難しいと思うけど、何かの参考になるかもしれないんで福島まさはるの描いた絵を見てイメージを膨らませるといいわ」

 私はうまなさんから冊子を受け取ってパラパラとページを捲ってみた。そこにはいろんなタイプの女性の絵が描かれていて、どれも表情豊かであり服や装飾品にもこだわりがあるような感じに見受けられた。それにしても、これだけ多くのタイプの人を描いてしまうなんて、偽物の福島君は私が思っているよりも凄い人なのかもしれないな。

「こんなにたくさんの人を描いたんですね。モデルの人ってこの辺にいる人ですか?」

「まあ、そうなるね。でも、半分くらいはモデルを参考に想像で描いちゃってるんだよ」

 私の質問に答えてくれる偽物の福島君は相変わらず私の写真を撮り続けている。いい加減やめて欲しいのだけれど、私が逃げたり隠れたりしようとするとなぜか執事さんに妨害されてしまうのだ。

 仕方なく私は渡された冊子を見続けていたのだけれど、これだけ多くの人が描かれていると逆に考えがまとまらないようにも思えるのだが、一体ここからどんな物語を作っていけばいいのだろう。

「どうだ、何かいい作品は生まれそうかな?」

「何となくは思い浮かぶんですけど、これだけ多くの人がいるとどうしたらいいのか悩んでしまいますよ」

「別にそんなに悩むことも無いだろ。それを見て描いてくれと言っているわけではないのだし、何かの参考にしてくれたら嬉しいというだけの話だ。参考にしなかったとしても良いんだけど、福島まさはるの描いた絵をイメージして書いてくれると嬉しいんだがな」

「これだけたくさんの絵を見たら色々と書きたいなって思う事もあるんですけど、そこまで嬉しいって思うような事ですかね。確か、うまなさんは自分を主役にした話を書いて欲しいって言ってたと思うんですけど、この絵を参考にして話を作ったとしたらうまなさんの希望に答えられないと思うんですけど」

「あ、それは大丈夫。その絵のモデルは全部私だから。というか、全部私になる予定の絵だから」

「あの、偽物の福島君が描いた絵が全部うまなさんの絵だっていうのは信じられないですし、この絵が全部うまなさんになるってのも意味が分からないんですけど」

「わからないか。それだったらイザーに説明してもらうことにしようか」

「かしこまりました。では、鈴木様にご理解いただけるように説明いたしますね」


 私は大作映画を見ているような気分でイザーさんの説明を聞いていた。所々気になるところがあったのだけれど、それはいったんノートにまとめておいてからあとで質問タイムがあるのでその時に答えるという事だった。

 乗ってきた車は時間と時空と次元を超えることが出来るらしく、私は今まで住んでいた世界とは違う次元に連れてこられた。にわかには信じがたい話ではあるのだけれど、つい先ほど経験したものが全て現実のものであるとすれば疑う余地は無いのだ。車の中から見ただけではあるのだけれど様々な歴史的事象をこの目で目撃してきたのはきっとその事実を信じさせるためにあえてやったのだろう。

「では、質問がありましたらどうぞ。私としてはここで終わりにして休憩したいと思っているのですが」

「あの、休憩したいところ申し訳ないのですが、いくつか質問しても良いですか?」

「はい、気になることがあれば何でも質問してください。別に今じゃなくても時間の空いた時でも結構なんですが、気になることがあれば聞いてください。今すぐじゃなくても私は答えるんですけど、気になるんだったら仕方ないですよね」

 私の気のせいかもしれないけれど、イザーさんは物凄く疲れているように見える。車の運転がどれくらい疲れるのか私には想像もつかないけれど、あの車は普通に入るだけじゃないのだから気を付けなくてはいけないことも多くあるのかもしれない。ちょっとしたミスが大きな歴史改変に繋がる可能性だってあるんだろうな。

「それは大丈夫です。例え私が事故を起こしたとしても何の影響もないです。仮に、私が歴史的に重要な人物を車で跳ね飛ばしてしまったとしてもその先の未来が変わるだけで私達には特に影響はないのですよ」

「でも、跳ね飛ばされた人がいる未来は違う未来になっちゃうって事ですよね?」

「そうですね。でも、それを気にしたところで私達には何の影響もないですからね。気にするだけ無駄ですよ。ですが、なるべくそういうことは起こさないように多少気を使いはしますけどね。では、質問も無いようなのでここで終わりにさせていただきますね」

「待ってください。まだ質問はたくさんあるんです」

「はあ、たくさんですか。わかりました。鈴木さんが納得するまで付き合いますよ」

「ありがとうございます。では、次の質問なんですが」

 あんまり多くの質問をするのは良くないのかな。私が質問をするとイザーさんは少しイラ立っているように見える。でも、私がここで何をすればいいのか確認しておいた方が良いと思うんだよな。小説を書けとしか言われてないのだけど、それだけで良いのか考えてしまう。

「まあ、うまな様が鈴木ちゃんに望んでるのはうまな様を主役にした小説を書いて欲しいって事だけなんだよ。でも、自分を主役にした小説を書けって言われたところでそんな簡単に書けないでしょ。だからね、うまなちゃんは愛華ちゃんに福島の描いた絵を見せたってわけで、それを見た愛華ちゃんが何かいい話を作れたらいいなって思っただけなんだって。ああ、もう、かたっ苦しい喋り方疲れたから普通にするわ。そもそも、私に執事なんて無理なんだって。うまなちゃんももう私が執事だって設定外してよ」

「ごめんごめん。たまには大人っぽいイザーも見てみたいなって思っただけだからさ。これからはいつも通りに戻って良いからね」

 設定?

 いつも通り?

 私の頭の中で繋がりかけていた三人の関係性は全く理解出来ないものへと変化してしまった。イザーさんは執事ではないという事はわかるのだけど、設定ってどういう事なんだろう。私を迎えに来るためにそういうことにしていただけって事なんだろうか。

「鈴木ちゃんって呼びにくいよね。だからと言って鈴木さんってのも他人行儀だしね。となると、先生の登校してくれた小説みたいに愛華ちゃんとか愛ちゃんとか愛華って呼んだ方が良いって事だと思うんだ。でも、今の愛華ちゃんって小説の登場人物じゃないわけだし、そうなるとペンネームで呼んだ方が良いのかな?」

「いや、ペンネームで呼ばないでください。それは小説を書いてる時だけの名前なので」

「ええ、でもいい名前だと思うけどな。私なんてイザーって呼ばれてるけど絶対嫌がらせだと思うんだよね。うまなちゃんが時代劇を見てた時にさ、いざ尋常に勝負。ってのを気に入って付けたんだって。本当に適当に名前つけたんだって思うよね」

 私のペンネームも思いっきり適当に付けてしまってるんだよな。色々と投稿しているうちに変えにくくなっちゃってるし、商業デビューすることが出来たら変えようって思ってたんだけど、そんな機会なんてやってくるはずもないわけだし。まあ、ここでうまなさんのために書く分にはペンネームとか気にしなくても良いのかもね。

「じゃあ、私も疲れちゃったから後質問は一つだけにしてもらっても良いかな。続きは明日のお昼ご飯を食べた後でって事でね」

「わかりました。じゃあ、これだけは聞いておかないとダメだって質問をさせてもらいます。ずっと気になってるんですが、うまなさんっていったい何者なんですか?」

「うまなちゃんはね。簡単に言うとこの世界を作り直した神様みたいな存在かな。でも、うまなちゃん一人では何も出来ないんだよね。これからもこの世界をより良いモノにするためにも釧路太郎先生の小説の力を借りたいんだよ。これから栗宮院うまなの力になって欲しいな」

「あの、栗宮院うまなさんの苗字ってその読み方で本当に合ってるんですか?」

「そうだよ。うまなちゃんはくりきゅういんうまなって名前だからね」

「あと、私の事を釧路太郎先生って呼ぶのもやめてもらえると助かります。それだったら愛華とか愛ちゃんの方が良いです」

 栗宮院うまなさんがどんな人なのか良くわからないけど、それは次回の質問タイムまで取っておくことにしよう。その時になればどうして私が選ばれたのかという事もわかるだろうしね。

 とりあえず、今日のこの出来事を軽くまとめることはしてみようかな。

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