第十一話 彼が福島まさはる

 たった三年で人間はここまで変化するのかと思ってしまった。というよりも、明らかに私の知っている福島君と違う人が出てきたのだ。

 私の知らない福島君、いや福島さんは興味深そうに私の事を見ていたのだが、おもむろに取り出したスマホを私に向けると頭がおかしいんじゃないかと思うくらい写真を取り出していた。どれだけ連写しているのか確認出来ないくらいシャッター音が鳴り響いているのだけれど、私以外に誰も動揺していないところを見るとこの福島さんは普段からこういうおかしい人なんだという事がわかってしまった。

「お前が今思っている事を当ててやろうか。まず一つは、この人は何でこんなに私の写真を撮っているんだろう。って事だろ」

 知らない人に写真を撮られるのはたった一枚でも嫌だと思うんだけど、福島さんはどれだけ写真を撮りたいんだろうと思うくらいにシャッター音を鳴り響かせていた。こうしている間も無駄に連写しているのだけれど、変な事に使われない保証も無いし、この人は苦手かもしれない。

「否定しないって事は間違ってないって事だよな。もう一つお前が考えているのは。この人は福島まさはるって名前なのに似てない、名前負けだって思ってるだろ。そんな事を思うなんて最低なやつだな」

「あ、多分それはお互いに違う人を想像していると思います。名前を聞いて想像していたのは中学のクラスメイトの福島君の事でした。私の知っている福島君もここに来てるのかなって思ってたんですけど、全然知らないおじさんがいたんでちょっとショックでした。たぶんですけど、おじさんがよく間違えられるのって、芸能人の福山雅治さんですよね。名前は似てるのに全然似てないって今まで言われてきて辛かったと思いますけど、私は別の意味でぬか喜びしちゃったんで謝って欲しいなって思いました」

「お前、うまなちゃんから聞いてたのと違って結構酷いこと平気で言うんだな。さすがに俺もちょっと傷付くぞ」

「おじさんが傷付いても別に何とも思わないですし。でも、おじさんは本当は福島まさはるじゃなくて私の知ってる福島君が奥の扉から出てくるってパターンですよね。ぬか喜びさせて落ち込んでるところにご本人登場ってパターンですよね?」

「そんなわけないだろ。まあ、俺の本名は福島まさはるじゃないってのは当たってるよ。でも、俺の本当の名前なんてもう何百年も呼ばれてないんで忘れちまったな。この名前だって執事のイザー姉さんがつけてくれた名前だからな。あんたは自分でつけた別の名前があるみたいだけど、どっちの名前で呼んだらいいんだ。本名の方かそれとも小説を書いてる方の名前が良いのか。どっちなんだ」

 ほんの少しの会話で驚くポイントがいくつ用意されていたのだろう。私は少し時間を貰ってその事を整理してみようと思う。

 まず一つ目が、一緒に来ていたお姉さんの名前がうまなちゃんという事だ。それが本名なのか誰かにつけられた名前なのか私みたいにペンネームを使っているのかわからないが、そういう名前らしい。どんな字を書くのか想像もつかないけど、わりと可愛らしい名前だと思う。

 次に整理しないといけないことは、ずっと男性だと思っていた執事さんが女性だったという事だ。もしかしたら、見た目は男性だけど心が女性なので敬意を込めて姉さんと呼んでいるだけなのかもしれない。でも、近寄った時に感じた事なのだが、イザーさんからは男性っぽい匂いは全然せずに女性的な良い匂いがふわふわと漂っていたと思う。もしかしたら、女性用の柔軟剤や香水を使っているのかもしれないけど、それにしたって男性的な匂いは隠し切れないと思う。やはり、そういう意味でも執事さんは女性なのかもしれない。

 その後に整理しないといけないことは、福島君の偽物のおじさんの事だ。このおじさんは明らかにこの中で一番年上だと思うのだけど、その割には何となく頼りないような気がしている。このおじさんも私みたいに世間と関わらないように身内だけの狭いコミュニティーで生きてきたんじゃないかな。ダメな人間にはダメな人間を見分ける力があるのかもしれないと思ってしまった。

 最後に、これが一番重要な事なのだが、このおじさんも私のペンネームを知っているという事なのだ。別にペンネームなので知られても問題は無いのだけれど、こうして対面した状態で知らない人にペンネームで呼ばれるという事に何かしらの抵抗はあるものだ。これがもしも、私の名前を知らずにペンネームだけを知っている状況であればそれはそれで問題ない。でも、このおじさんはたぶんペンネームだけじゃなく私の本名も知っているはずだ。そうでなければ小説を書いている方の名前なんて言い方はしないはずだからね。

「あの、なんで私が小説を書いてるって事知ってるんですか?」

「なんでって、うまなちゃんがやべー小説を送ってきた人がいて、これからその人を迎えに行ってくるって言ってたからな。それで一緒にやってきたのがあんたなんだからさ、うまなちゃんと一緒にやべー小説家がやってきたって思うだろ」

「ちょっと待ってください。やべー小説家ってどういう意味なんですか?」

「普通に考えてさ、一人であんなに送ってくるとは思わないじゃない。俺達は時間を持て余しているから別にいいと思うよ。でも、一人で一千万字以上も送ってくるって普通じゃないよ。完全に頭がおかしいって思っちゃうよね。それもさ、送ってきたというのに完結してないのも結構あったよ。人間だから途中で飽きちゃって別の事をしたいって思う気持ちもわかるよ。俺だっていろんなことを途中で投げ出してきた人間だからあんたの事をとやかく言う資格はないんだけどさ、三行で飽きた小説を送ってくるのはどうかと思うよ。ちょっと書き直して川柳とか短歌とかに変えた方が良いんじゃないかって俺は思ったんだけど、うまなちゃんはそれがいいって言ってあんたの事を気に入っちゃったんだよ。飽きるって事はそれだけ多くの世界を創造することが出来るって事だって言ってさ、二人とも頭おかしいんだろうなって思ったよ。だけどな、あんたの小説を読んでると時々何か感じるものがあってさ、その気持ちを絵にしたためてみたんだよ。今まではあんたに見せることは出来なかったけど、こうしてうまなちゃんが連れてきてくれたって事でお披露目できるって事だからな」

 どうせ採用されないだろうと思って何でもかんでも送り付けてしまったのは事実だ。途中で書きかけというか、なぜそこまで書いてしまったのだろうという作品もいっぱいあったと思う。それなのに、このおじさんは私の小説を全部読んでくれたって言ってた。もしもそれが嘘だったとしても、少しくらいは読んでくれているんだと思う。今までも他のサイトに投稿していた作品を読んでくれた人は何人かいたのだけど、こうして私の小説を読んでくれた人が目の前にいるというのは中学生のあの時以来だと思う。

 そう考えると、ちょっと気持ち悪くなってきて吐きそうになってしまった。

 こうして話している間もずっと私の写真を撮り続けているという事にも嫌悪感を抱いていたのは言うまでもないことだ。

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