第十話 過去の自分を変えることが出来るのか
車に乗ってから初めて止まった場所はごく普通の一軒家であった。二階建ての建物は私の実家にも似ていると思うのだけれど、壁や屋根の色は私の実家よりも派手で目立っているのだけれど、それ以外はどう見ても私の実家を真似したとしか思えなかった。
「どう、久しぶりに自分の家を見れて嬉しいでしょ?」
「自分の家と言われましても。私の実家とは家の色が違いますし。でも、なんだか懐かしい気持ちにはなれました」
「じゃあ、さっそく中に入りましょうか。残念だけど似てるのは外見だけで中は別物だと思うわ。だって、あなたの家に入った事が無いんだからね。でも、そんなに違いはないと思うわよ」
執事さんが開けてくれたドアから見える家の中の様子は、どこが私の実家と同じなのだろうと思えるくらいに共通点が見つからなかった。頑張って共通点を探すとすれば、この家にも床があるという事くらいだろうか。何をどう見たらこんなに違うモノをそんなに違いが無いと思えるんだろうか。私には理解出来ない事の方が多いのかもしれない。
「驚いたでしょ。この家の内装は福島まさはるが描いてくれた絵をもとにして作ったのよ。私はあなた達がどんな家に住んでいるのか想像も出来なかったからワクワクしながら作ったのよ。それにしても、あなたの世界って車は移動しか出来ないのに家の中は建物に見合わない広さになってるのね。ちょっと意外だったわ」
「いや、私の実家と全然違いますけど。こんなに広くないですし、天井だって高すぎますよ。奥にある階段だってわざわざ二方向から登れるように作らないですって。それに、こんなに広いのに一階にも二階にもドアが一つずつしかないっておかしくないですか。あの部屋以外は壁って事ですか?」
「そこは私もびっくりしたのよ。でも、福島まさはるがこれでいいって言うから仕方なくそうしたのよ。これでいいって言ってはいたけど、アレって絶対途中で面倒になっただけだと思うのよ。あの人って自分の気が乗らないとすぐに飽きちゃって途中でやめちゃうのよね。それってあんまり良くない事だと思うけど、あなた達の世界じゃそれって珍しい事じゃないって話よね?」
何でもかんでも途中で投げ出すような人はいるのかもしれないけど、私の知っている福島君はそんな人じゃないと思う。飽きたからと言って途中で投げ出すような人ではないと思うけど、私の知らない約三年間の間にいったい何があったんだろう。
「私の家ってもっと普通ですよ。一階と二階の部屋の数も違いますし、怪談だってあんなに大きくないですから。大体、この部屋なのか廊下なのかわからない空間ってなんなんですか?」
「そんなの私も知らないわよ。それよりも、家が普通ってどういうことなのかな。私にはその普通がわからないわ」
私は持っていたノートに家の見取り図をかいて見せてみた。絵は得意ではないけれど、これを見せればどんな感じの間取りなのか理解はしてもらえると思う。大きさはどうやって表せばいいのかわからないので適当な部分はあるかもしれないけれど、私の中ではほぼ完ぺきな実家の見取り図を完成させることが出来ていたのだ。
「これが普通って事なのね。福島まさはると比べると簡単な絵だと思うけど、あなたの描いた絵もわかりやすくて素敵だと思うわ。あなた達みたいに何かを創り出すことが出来る人の事って本当に尊敬しちゃうわよ。明日にはあなたの描いてくれたこれをもとにあなたの家を作ってあげようと思うんだけど、何か希望とかあるかしら?」
「希望ですか。強いて言うんであれば、家の外壁と屋根の色を変えてもらえたら嬉しいです。私の住んでいた実家はもう少し落ち着いた色だったんで、ちょっと今の外観は違和感あるんですよね。でも、出来ることなら実家に似ている家には住みたくないです」
「あら、そうなの。でも、どうして実家に似ている家に住みたくないのかしら?」
「単純に、私の知っている実家に一人で棲むのはちょっと辛いかなって思ったからですね。小説を書くだけであれば机とベッドがあればそれでいいですから。自分の部屋まで再現されてしまうと、ちょっと嫌な記憶も蘇ってきちゃうような気がしてるんです」
私は家に対して嫌な思い出もあったけれど、基本的には良い思い出の方が多かったと思う。でも、学校に行けなくなってからおばさんの家に居候するまでの期間は何を考えても何をやろうとしてもネガティブな感情しかわいてこなかった。過去に戻れるのであれば、あの時の私を止めたいと何度も思ったのだけれど、それは叶わぬ願いだと思うので諦めてはいたのだ。
いや、あの車を使ってもらえばあの時の私にこれからどうなるか伝えることが出来るのではないだろうか。信じてもらえないかもしれないけれど、あの時の私に何か違和感を覚えさせることくらいは出来るだろう。正直に言って、私は福島君と岡田君の様子を見て岡田君の言っている事は間違っていたという事には気付いていたのだ。でも、あの時はエッチな話を書けば福島君が私の事をもっと見てくれると思い込んでしまっていたのだ。その思い込みをどうにかする事さえ出来れば、私は違う未来を手に入れることが出来たはずなのだ。
「あの、さっきの車って過去にも行けるんですよね?」
「ええ、過去なら行けるわよ。過去ってもうすでに存在したという事を誰かが認識しているので存在する場所であるからね。存在する場所であればどこでも行けるわよ」
「じゃあ、私が福島君に小説を見せた時に戻ってもらえませんか?」
「残念だけど、今すぐには無理だわ。時間旅行をするにはエネルギーが足りていないからね。往復する分のエネルギーを蓄えるにはまだまだ時間がかかりそうなのよ」
「そうなんですか。それって、どれくらいかかりそうですか?」
「そうですね。今のまま自然の流れに任せるのでしたら、五百年くらいはかかってしまうかと思いますよ」
「五百年って、そんなにかかってしまうんですか?」
私は思わず執事さんに掴みかかってしまいそうになったのだけれど、そんな事をしても何も解決なんてしないとわかっている。わかってはいるから掴みかかる事なんてせずにいられたのだけれど、正直に言うと五百年というのは長すぎると思ってしまった。
「ですが、鈴木様の作られた小説をお嬢様が気に入れば気に入った分だけ蓄えられるエネルギーも多くなっていくと思いますよ。それに、鈴木様一人ではお嬢様を満足させられないと思いますので、福島様とご協力なさっていただければより効率的だと思いますよ」
「そうね。あなたの作り出した世界に福島まさはるが描いたキャラクターになって過ごすことが出来れば私も楽しいって思うかもしれないわね。そうすれば、あなたが行きたい過去に行けるかもしれないわよ。でも、過去の自分にアドバイスをしたとしても、今のあなたが変わるわけではないのよ?」
「それはどうでもいいんです。今の私が変わらないんだとしてもどうでもいいんです。過去の私が変れるんだったらそれでいいと思ってます。今の私が変われなくても、過去の自分が変われるんだったらそれでいいと思ってますから」
そこまで言って気付いたのだが、私は未来から来た自分に会ったことは無い。未来の自分に会っていたのであれば、あの時の惨劇は防げたと思うし、何よりも未来の自分に会ったという記憶もない。
となると、未来の私は過去の私に会うことは出来なかったのかもしれないな。
「あなたは難しい事を考えているみたいだけど、あなたの過去に未来の自分が会いに来てないから何も変えられないって思ってるみたいね。でも、安心していいわよ。あなたが過去に行って過去の自分にアドバイスを送ることくらいは出来るわよ。それが成功するか失敗のまま変わらないかわからないけど、あなたが過去の自分にアドバイスをした時点で今のあなたと違う未来のあなたが誕生したって事になるのよ。だから、あなたが過去の自分に何をしようが今のあなたとは関係ない世界になってしまうのよ。極端な話、今のあなたが過去のあなたを殺したとしても、今のあなたには何の影響もないという事なの。だって、今のあなたは過去のあなたに殺されてはいないあなたなんだからね。難しい事なんて何もない、ただそれだけの事なのよ。何もしなければ過去のあなたは今のあなたに繋がっているけれど、何か違う事が起きれば別の未来のあなたが生まれるという事になるのよ。ただそれだけの事なの」
理解出来そうで出来ない難しい話だとは思うけど、何となく言っている事は理解出来るような気がしていた。完全には理解なんて出来ないけれど、理解なんてしなくても良いのかもしれない。
「ま、そんな話は置いておいて、福島まさはるを呼んできてちょうだい」
私は頭の中で過去と未来と今の自分の関係を思い描いていたのだけれど、福島君の名前を聞いた時点でその考えはすべて頭の中からはじけ飛んで行ってしまった。
ずっと会いたかった福島君に会える。そう思うだけで私の胸は高鳴っていた。
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