溺愛皇子、アルゴー=ボルックス

 今からさかのぼること約十年前の話だ。

 僕の初恋の話をしよう。

 ある晴れた冬の日。

 この日、いつも静かだった王城内が騒がしかった。


 理由は、侵入者があったからだ。

「いたか!?」

「いや、いない! そっちはどうだ!?」

「いや、こっちもだ!」

「なぁ、警報装置の誤作動ってのは、ありえんのか?」


「いや、それは、ないはずだが、用心はしておくのに越したことはない」

「だな!」

 慌ただしく踏み鳴らす、何人もの足音。怒声にも似た、いくつもの慌て声。


  それらが自室の外から聞こえ、僕は情けないこときベッドのわきで震えていた。

 当然だ。突然、けたたましい警報音が聞こえたと思ったら、みんなが殺気だち、何の説明もなく僕を自室に押し込んだのだ。


 その時に、たまたま一緒にいた、幼なじみのレオンも一緒に。

 そんなレオンはというと、僕とは逆で落ち着いている。

「……ったく、だらしねぇな。皇子なんだから、堂々としてろよ」


 震えている僕にレオンは、呆れ声で言ってくる。

「だ、だって……恐いんだもん。レオンは恐くないの?」

「まぁな。この部屋に入るためには、そこの扉か窓からしか入るしか方法はねぇし、廊下には、兵の中でも精鋭が、複数で守ってる。それに、ここは城の中腹だ。だから、窓からの侵入は、まず、ふか……な、なぁ、アル」


 とたんに、冷静に状況を説明していたレオンの声が減速し、僕の名前を呼ぶレオン。

 そのタイミングで、僕は顔を上げた。

 と、レオンの顔が今まで見たことないぐらいひきつっていた。


「ど、どうしたの?」

「あぁ、悪い。俺の気のせいかもしんねぇが、あそこの窓開いてたか?」

「窓? 窓なら、僕達が入る前には、全て閉まってたよ」


 僕が、窓のほうを振り向くことなく、そのように答えると、レオンがよりいっそう険しい顔になり、

「や、やべぇ……!」

 と、声を漏らし、腹を膨らませながら、扉へと振り返る。


 おそらく、叫ぼうとしたんだと思う。

 しかし、それより先に、一瞬の間にレオンの体より、やや小さい黒い影が、振り向いた彼の前に現れた。


 一秒後。

 レオンは膝から崩れ落ち、黒い影にもたれ掛かる状態で沈黙。

 黒い影は、レオンを優しく床に寝かして、僕に近づいてくる。


 この時、恐怖のあまり、声が出なかった。

 ん。昔の僕、グッジョブ! と褒め称えてやりたいぐらいだよ。いや、本当。

 ゆっくりと近づいてくる黒い影は、フードを深々と被っている黒コートだった。


 そのことをなんとか、恐怖に支配されている僕の思考の中で、ほんの僅かに残っていたらしい、冷静さで、理解した僕。

 尚も、ゆっくり近づいて来ている黒コートは、五十センチのところで止まると、片ひざを付く。


 この行為が何を表すか僕は知っていた。

 時たま、父さんと母さんが連れていってくれる謁見の間。

 そこで、招待した人たちが、父さんから勲章を授与される時にしている行動、最敬礼の行為だった。


 おそらく、目の前の人が、部屋の外で城のみんなが騒ぎ立てている、侵入者であることは理解できていた。

 なのに、なぜ、そんな彼あるいは彼女が、僕に最敬礼の行為をするのはどうしてなのだろうか?


 恐怖より、興味が勝ち、僕は気が付いたら、震え声で聞いていた。

「き、キミはいったい……?」

 刹那、彼女はフードを取ると、涙声を静かに響かせる。


「申し訳ありません。罰なら十年後にいくらでも受けます。ですから、今はどうかお許しを……」

 この時は、彼女の言葉は半分以上、理解出来なかった。

 けれども、そんなことはどうでも良かった。


 彼女の夕陽めいたオレンジ色の虚ろながらも、どこか芯の通った瞳が、艶やかながらも末端に行くに連れ、光沢を喪っている金色の長い髪が、今にも消えそうなぐらい儚く、何かに燃える情熱的な声が、僕の鼓動を早める。


 一目惚れだった。

 人によっては、一種の吊り橋効果だと、嗤うかもしれない。

 だが、それでも良かったのだ。

 僕は、触れてしまえば壊れてしまいそうで、強いこの子を何があっても、守って上げたいと思ったのだ。


 そんな彼女が僕に頼み込んできたのだ。

「どうか、どうか。卑しい私めが、十年後に訪れる私の悲願達成、その日まで、この《隷属の指輪》にて、聖女の魔力を使うことと、教団を壊滅することを禁じてください」


「……分かったよ」

 何一つ理解できなかったが、僕は二つ返事で、彼女の手から、《隷属の指輪》を受け取り、彼女の指に嵌めた。

 こうして、僕は、最初の彼女の協力者になったんだ。

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