魔王、ミージェ=カストル

 視界がぼやける。

 頬に熱いものが伝う。

 生きてる。

 声が聞こえる。

 それだけで、それだけで、この十年と少しは報われた気がした。


「あー、ミージェ? 私がここにこうしているって言うことは、つまり、あなたは原作通り、悪役令嬢ルートを辿ったってことで合ってる?」

「はい。はい! その通りでございます! 全てはあなた様にもう一度会うために……!」


 ん、嗚咽混じりの汚ならしい声。ミージェ様に聞かせるのは、忍びなかったが、わたしは答えた。

 対する、ミージェ様は、どこか浮かないかおを浮かべている。

「そっか、なんかごめんね。私が復活するって言う情報を教えたせいで、あなたの人生を狂わせて……」


「いえ! 決して、その様なことは……ミージェ様!?」

 とたんに胸に手を当て、苦しみ出すミージェ様。わたしは慌てて駆け寄ろうとするも、それをミージェ様の叫びが止める。


「来ないで!!」

 刹那。

 ミージェ様が昔のような、ベッドの上で見せた生を諦めたかのようなから笑い。

「あはは……やっぱり、負の感情が魔王になるための最後のトリガーか……ねぇ、ミージェ? せっかく、頑張って復活させてもらったのに、ごめんね。やっぱり、わたしは生きていたらダメみたい」


「な、何を言ってるのですか!? わたしにこの世に生きていたらダメな人は一人もいないって、教えてくれたのは、あなた様じゃないですか!?」

「でも、私は二度、死んだんだよ? 死んだ人は何があろうと、生き返ったら行けないの。って言うことで、ララちゃん?」


「は、はい!」

「はじめまして、ミージェです。こんなこと言うのはお門違いだと思うけど、ミージェちゃんを許して上げて? 根は良い子なの。そして、あなたの聖女の魔力で、私をもう一度眠りにつかせてくれる? じゃないと、私、推しを殺しちゃう」


 それは、懇願だった。

 恩人を困らせてしまった。

 今まで、わたしのしてきたことは、ミージェ殿を困らせるだけだったの?

 今、思い返せば、一度もミージェ殿の口から、生きてたい、死にたくない、という言葉は聞いたことはなかった。


 全てわたしの執着だった。

 わたしは自分の懇願だけで、恩人を生き返らしただけに過ぎない。

 そうだ、謝らないと。

「ミージェ様……もう……」


 けれどもこの謝罪の言葉は、ララの穏やかな、それでいて芯の通った声に上書きされた。

「いいえ、残念ながらあたしはミージェを許しません」

「そ……」


「というより、許すもなにも、わたしはミージェに酷いことを同意なく、やられてはいませんから。全て、わたしがミージェさんの復活のために協力してやったことです。だから、あたしはミージェさんを眠りにつかせてなんか上げません」


 最後を時折、見せるSっ気ムーブで締め括るララ。

 この返しに、ミージェ様は驚声を漏らしたのである。

「え、そうなの!?」


 混乱しているミージェ様に、更に殿下が畳み掛ける。

「ミージェ殿。僕も宣言させてもらうよ。あなたを死なせない。あなたに死なれては、僕の十年間の我慢が無駄になりかねないし、何より好きな人の笑顔がみたい」


「あ、えっと、ごめんなさい……好きな人って?」

「そ、それは、その……」

 なかなか煮え切らない殿下の言葉を他所に、レオンが限界に達して、感情を爆発させた。


「さっきから、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃとうるせえな!! 生きてたら行けないだ? 魔王になる前に眠らせてだ!? てめえを生き返らしても魔王化をなんとかしないと、行けないっつうのは、こいつだって重々承知だろが!? それなのに、てめえを生き返らしたってのは、その方法が分かったっつうことじゃねえかよ?」


「み、ミージェちゃん……ほんと?」

「は、はい……でも、ミージェ様にはいらないおせっかいでした……」

 ミージェ様が安らかに眠れるよう、精一杯取り繕いの笑顔で顔をミージェ様に向けた。


 そこで、私がある事を視認し、言葉を失う。

 ミージェ様が泣いていた。

「そっか、そうだよね。ミージェちゃんが、そんな考えなしなことしないよね? ごめんね。ミージェちゃん。意地悪なこと言って。ミージェちゃんが、罪悪感を感じないように、強がってただけなんだ……」


「あ、ということは……」

「ん、ほんとは、生きていたい。ミージェちゃんが幸せになる姿をこの目でみたかったんだ。頼める、かな?」

 その言葉が、わたしの想いが一人よがりのものではなかったのだと、分からせてくれた。


 その言葉で、これまでの十年とちょっと。決して楽ではなかった道のりだったけど、報われたような気がした。

 わたしは、きっと、この時初めて、心の底から笑えたような気がする。


「はい! ……では、殿下頼みます」

 わたしがそう言うと、殿下は「あぁ、分かった。本当に良かったね」と、前置きをし、声高らかに、凛々しく發句。

「隷属の主、アルゴー=ボルックスがここに宣言す。汝を今解き放たん!」


 パキン……!

 そんな甲高い画かな音を立て、わたしの小指から、わたしを絶望の底に落とした忌々しく、わたしとミージェ様の最初の繋がりで、執着していた《隷属の指輪》が、真っ二つに割れる。


 と、同時に、わたしはミージェ様から授かった聖女の魔力を行使し始める。

 わたしがひょんな拍子で、聖女の魔力を使わないように、殿下に《隷属の指輪》を嵌めてもらい、聖女の魔力と、ある事をを禁じて貰っていたのだ。


 教団の目はどこにあるかわからない。もし、わたしがミージェ様から聖女の魔力を受け継いでいると知られると、もしかしたら、教団がミージェ様復活を取り止めるかもしれない。

 そういう万が一を取り除くため、という意味ももちろんある。


 では、なぜ、わたしが殿下に懇願したかというと、それは、単にミージェ様に生前、

「困った時には、アルゴー第四皇子を頼りなさい。あの人なら、悪いようには万が一でもならないだろうから」

 と、常々言っていたからだ。


 当時のわたしには、ミージェ様の言葉しか、信じられるものがなかった。

 だから、ミージェ様の助言通り、殿下に頼み込んだのだ。

 全てはこの時の為に……!


 先刻、ミージェ様に注ぎ込まれていた紫色の魔力が出てくる。

 その魔力は、ふよふよとまるで意思を持っているかのように、わたしへゆっくりと向かってくる。


 わたしの聖女の魔力は、邪のモノを自分に移し変え、封印するいわば、《封邪ふうじゃ》の力。

 だけど、さすがのわたしでも、あんな多量な負の魔力を封じられない。


 おそらく、わたしがミージェ様の体にある負の魔力をすべて、引き継いだ時、間違いなく魔王になることは間違いないだろう。

 そのことをさすがはミージェ様で、もう察知して、叫びながら、現在進行形で自身から流れ出る紫色のモヤを、手繰り寄せようと試みていらっしゃる。


 しかし、検討むなしく、実態のないモヤはミージェ様の手をすり抜け、わたしへと向かってくる。

「やっぱり、良い! 私はここで、眠るから! あなたはあなたの人生を楽しんで!」


 そうなのだ。ミージェ様は、自身の身代わりになるぐらいなら、自分が、と言われる方だ。

 だから、本当に苦労した。

 ミージェ様をただ救うだけなら、わたしが聖女の魔力で全てを吸収し、わたしが眠れば良いだけのことだ。


 だけど、そうしたら、ミージェ様は、わたしがしているように、何があってもわたしを生き返らせようとするだろう。

 そうなれば、意味がない。

 つまるところ、わたしも生きて、ミージェ様を助けなければならない。


 この傲慢な理想をなし得るには、ララの助けが必要だ。

 聖女の魔力、《封邪》の力。

 だとすると、なぜ、ララは魔王に覚醒したミージェ様を倒せたのか。


 ミージェ様は、わたしが聖女の魔力を引き継いでいると知っている。なら、なぜ、同じ聖女の魔力なのに、ララは良くて、わたしは駄目なのか。

 ララの魔力が、わたしより、優秀だった?


 違う。わたしが、聖女の魔力を使う未来は、ミージェ様が関与したこその結果で、ミージェ様がわたしの魔力量に関する知識は知らないはずだ。

 なのに、こんなに真剣に止めようとしている。

 では、ミージェ様にとってララは、どうでも良い存在?


 これも違う。

 ミージェ様は心優しい。自分のせいで、誰かが死ぬことを許容出来るはずがない。

 それに、ミージェ様は『ララが』と、言っているのだ。

 倒すと封じるは異なる。


 それに、仮に封じたなら、ミージェ様が知る未来でも、ミージェ様が生き返ったのではないか。

 では、なぜか?

 その答えはシンプル。

 単純に、ララが持つ聖女の魔力と、わたしが持つ聖女の魔力は、その性質が異なるからだ。


 現に、紫色のもやは、わたしとミージェ様のちょうど中間地点に到達すると、たちまち跡形もなく霧散している。

 ララの魔力は、邪のモノを滅するいわば、《破邪《はじゃ》》の魔力。


 教えてくださっていた未来では、おそらく、それを負の魔力を多量に取り入れたミージェ様に、直接使ったことで、体ごと、消滅してしまったのだろう。

 ならば、わたしの力で、負の魔力を取り出し、わたしの体内に入る前に、ララの力で、負の魔力のみを滅したら良いだけのこと!!

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