偽りの令嬢、ミージェ=カストル

 冬の舞踏会の日。

 この日はステラフォール学園の学業がいったん終了し、これから二週間程の休みに入る前に、日頃の凝り固まった身体をほぐしましょう♪ という日だ、そうですわ。


 私達四人は、そこから、一芝居を打って脱け出しましたの。

 具体的には、私が遅れて表れて、殿下と踊っているララを見て激昂。そのまま近づき、踊っているララに張り手。そこで、聞くに耐えないような罵詈雑言を浴びせる。


 とうとう、堪忍袋の緒が切れた殿下は、私に婚約破棄を宣言し、ショックのあまり舞踏会が行われているホールを脱出。

 そんな私を心配して、後を追い掛けてくれる、心優しいララと、そんなララを心配して後を追う、殿下。殿下を追う側近の王国騎士団団長の息子にして、この場の警備を任されているレオン=レグルス。


 と、まぁ、こんな感じで、自然な形で脱け出してやりましたわ。

 私とララはパーティー用のドレスから、身動きが取りやすい服装に、急いで着替え外へ向かいましたの。


 そこには、既にタキシード姿から、見慣れた白を基調とした警備隊の制服を着た、赤髪で大型犬を思わせる印象の青年、レオン=レグルスと、タキシード姿の銀髪で可愛らしい顔立ちながらも、どこか凛々しさが漂う青年にして、この国の第四皇子、アルゴー=ボルックス殿下が待っていた。


「お、お待たせしてしまい、申し訳ありません!」

 私は、ううん、もうここまで来たら演技は、必要ない。あたしは、殿下に深々と頭を下げた。


「ううん、女性の身支度には、時間が掛かるものだからね。気にしない気にしない! ま、どうしてもと、言うなら、この後、全てが終わったら、もう一度、さっきのドレスを着てくれるかい?」

「それは、ミージェ様の意思を確かめないと、なんともお約束出来かねるのですが、分かりました。殿下の頼みに答えられるよう、善処いたします」


「あー、うん、やっぱりそうなるよね」

「あの、わたし、何か間違いましたか?」

 微笑から苦笑へと変貌した、殿下の笑みの意図を上手く、読み取れずにいると、弱々しく首を振られた。

「ううん、何でもないさ。それより、早く行こう! 話しはミージェ殿を取り戻した後だ!」


「はい! 皆様、こちらです!」

 わたしは、皆様を先導するように、ミージェ様が教えてくれた教団のアジトへと走っていった。

 その間、私の横を追随するレオンが、小声で最後の確認を取って来る。


「なぁ、俺はアルの意思を尊重しているだけで、まだ信用しきれてねぇんだわ」

「は? あんたが、ララと付き合えるようになったのは、誰のおかげだと思ってるわけ?」

「バッ! 本物のミージェがオマエの言うように、転生者? だかなんだかで、俺らのことを隅々まで知っているということは、俺も認めてるし、感謝してる! そうじゃなけりゃ、ララみたいな高嶺の花と、俺が付き合うなんて、万一でもねぇからな!」


 良く言う。わたしが教えたのは、プレゼントは何がいい? 嫌いなものはあるか? 等の友達なら知っていることを教えたに過ぎない。

 わたしが一度、レオンに、言う通りに動けば確実に、ララをモノに出来るけど? と、悪魔の囁きをしたことがあった。


 復活を果たした後、わたしがしていたことに対するミージェ様の地位復興には、殿下に協力を乞うのが手っ取り早い。

 その為には、殿下の幼なじみにして、共に成長してきた経緯から、唯一対等にモノを言い合えるレオンという男の信用を勝ち取る必要があった。


 その為の悪魔の囁きという意味もあった。だが、この男は、「そこまでしたら、なんかズルいだろ?」と、断ってきやがったのだ。

 だから、ララと付き合うことになったのは、ほとんどあんたの実力だよ。


 ま、今はそんな惚気に付き合う場面ではないので、棚上げして、本題について、言及させてもらった。

「で? あんたは、いったい何が言いたい訳?」

「いや、な。未来や、俺たちのことを隅々まで、知っている方なら、オマエや俺らなら、こうするだろうと、行動を予測して、こうなることに誘導したんじゃねえの? ってはなし」


「は? あんた、殺されたいの?」

 思わず、押し殺していた殺気を当ててしまった。

 身震いするレオンが早口で、訂正する。

「っと、あくまで、可能性の話しだ。可能性の。俺もそこまで行動を読んでたなんて、思っちゃいねえよ。隷属関連なしで、十年以上の複数人の行動予測なんて、出来る奴がいるとしたら、そいつはもう、人じゃねぇ……神だ」


 乱暴な苦笑で締め括るレオン。

 彼は一応、貴族な訳で、平民の私からすると、敬う対象になるわけだけど、なぜこうも素で当たりが強いかと言うと、理由はたった一つ。

 敬愛するミージェ様を最後の最後まで疑っているから。


 レオンもレオンで、平民だの貴族だの、そう言うのを気にしない家柄だから、わたしが存外に扱っても気にしていないので、心の広さにありがたく、甘えさせてもらっている。

「そ、まぁ、邪魔しないなら何でも良いわ」


「あぁ、基本的には邪魔はしない。だが、ミージェが人じゃなかったら、その時は勘弁な」

「その時は、わたしがあんたを殺すから安心して良いわよ」

「うぉっ。怖ぇ怖ぇそうならねぇように祈るわ。なんせ、死を怖れない生物ほど厄介なもんはいねえからな」


 冗談っぽく締め括ったレオンだが、おそらくは本心だろう。私の心中を見抜いているのだ。いや、まぁ、見抜いているというより、レオンに関して言えば、隠そうとしていないのだ。

 ミージェ様の敵はわたしが誰であろうと、一人残らず殺す。


 例え、ミージェ様がこの世界を滅ぼす魔王だろうと、全知全能の神だろうと。

 わたしが怖い顔になっていると、背後から不満そうな声。

「ずいぶんと、仲良さそうじゃないか? レオン。きみがそこまで、節操がない人間だとは思わなかったよ」


「ははは。冗談、キツいぜ。こんなこえー女。こっちから願い下げだっつーの……と、どうやら楽しい時間はここまでみたいだな」

 理由は、目前にある荒れ果てた教会から、禍々しい魔力が漏れ出ていることに気が付いたからだろう。


 この魔力が、わたしがこれまでの十年以上の努力が報われた証だ。

 やっと……やっと、会える。

 わたしは逸る気持ちを抑えきれず、教会へと進める足をさらに速めた。


 一足先に、教会の入り口に付いたわたしは、ララ達の到着を待つことなく、扉を勢い良く開け放つ。

 同時に、中からねっとりとした笑い声。

「フハハハっ! これまでご苦労! お前のおかげで、我々の悲願、魔王の復活が叶うぞ。ありがとな。さて、最後の仕上げだ。目覚めよ! 魔王よ!!」


 そんな声等、どうでも良かった。どうせ、声の主はこの場にはいないのだから。そうでなければ、わたしに魔王復活の主犯者だという冤罪を着せたという、ミージェ様がくれた未来の辻褄が合わない。


 おそらく、声は何らかの魔法を使って、聞こえているだけだろう。

 僅かに残っていた冷静な思考で、その様に結論付け、朽ち果てた教会の中央。天井が崩れているのか、ほぼ真上から月光に照らされている。


 そこに、ぺしゃりと座らせられているのは、わたしとうり二つの女性。

 両サイドからは、可視化出来るほどの、濃密で禍々しい紫の魔力が、現在進行形で注入されている。わたしはその様子を静かに見守っていた。


「なぁ、本当に大丈夫なんだろな?」

 いつの間にか、追い付いてきていたレオンが、わたしに確認を取って来るも、それに答える頭のリソースなどないわたしの代わりに、殿下とララが答えてくれた。


「まぁ、大丈夫じゃないかな?」

「そうですよ。信じましょう!」

「けっ! どいつもこいつも、楽観視しかしねえな。だから、もしもの時の為の対抗として、俺が嫌われ役をやらなきゃなんないんだわ」


 レオンが憎まれ口を吐き終えた数秒後。

 紫色の魔力が全て、ミージェ様に注がれ終わった。

 そして、ミージェ様の瞼が、ゆっくりと持ち上がり、やがて、苦笑を伴った第一声。


「ん、まさかこうなるとはね」

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