転生者、日下部チカ

 私、日下部チカは日本で暮らす平凡な会社人だった。

 あ、孤児院育ちだから、それだけで平凡ではないか。あはは……!

 そんなこんなで、社会人に、なったある日のこと普段は興味がなくしないが、会社の同僚にしつこく勧められ、根負けするかたちでゲームを買った。


 それが、《ミルキー・ウェイ》との出会いだった。

 私の推しは、なんと言っても、ミージェ=カストル! ん、正直、エピローグを見るまでは、大嫌いだった。でも、エピローグを見て、ミージェのバックボーンを知って、自分自身と重なるところがあって、むちゃくちゃ泣いた。


 それから、私はミージェの熱狂的なファンの階段を掛け上った。

 その後、どこのラノベだよ! という展開で、会社に行く途中で、トラックに轢かれ、たぶん私は死んだんだ。


 そして、次に目を開けた瞬間、私はミージェ=カストルになっていた。

 あはは……。それにしても、良かったよ。私が生まれ変わったのが、推しじゃないほうのミージェ=カストルで……。


「な、なぜ、そんなこと、話すんですか……? あ、時間稼ぎのつもりですか? 良く即興でそんな作り話思いつきましたね。感心します。でも、無駄ですよ、これから一時間は近くを通る人もいないでしょう」

 そのように言うのは、金髪の艶のない長髪に、怯えたような目の可愛らしい暗殺者だ。


 刃先が月明かりを反射し、銀色に輝いているナイフを寝ている私に、振りかざしながら、可愛らしい暗殺者が、私に冷酷に告げた。

「あはは……、ま、そう思うだろうね。普通。でも、本当のことなんだよね。貴方の目的も、分かるよ」


「ハッ! そりゃ、この状況でしたら、そうでしょうね」

 暗殺者は鼻で笑ってのけた。ま、そんな反応になるよね。

「最終的には魔王の復活。貴方は孤児で、たまたま私に顔が瓜二つだったから、ある教団に引き取られ、育てられたただの不運な女の子。違う?」


「ど、どうして、そんなことまで……? いや、例えその事を知っていたとしても、結果は同じことです」

 あからさまに、顔が引き吊り、目が泳ぐ。

 そう、今目の前にいる彼女こそが、私の推しのほうのミージェ=カストルだ。


 ゲームでは、この後、私、ミージェ=カストルが彼女に殺され、見事入れ代わり成功を果たす。

 その後、私に成り済まし、いわゆる悪役令嬢みたいに振る舞うことで、私と言えば、負。というぐらいにイメージ操作を周囲に施す。


 そして、私という概念を依り代に、魔王を復活させる。そう言う筋書きだ。

 現に、魔王復活の際、一瞬だけ、私のほうのミージェ=カストルの意思と、身体が具現化したシーンがあり、その場に彼女もいたのだ。


 そして、彼女にたっぷりと、悪態めいた言い種で、周囲に真実を話し終え、魔王へと変貌を果たすのである。

 ララの聖女の力で、魔王を討伐後。公爵令嬢殺しの罪を問われ、彼女は処刑される。


 つまり、彼女はとかげの尻尾切りとしての役割まで全うさせられるのだ。

 それもこれも、彼女の小指に嵌められている《隷属の指輪》が、あるから招いた悲劇なのだ。彼女に何を話そうと、どんな対策を講じようと、彼女に《隷属の指輪》が嵌められている限り、結末は変わらない。


「そうね。結果は同じこと。だって、貴方が手を下さなくても、私、死ぬもん」

「へ……? そ、それはどういう……?」

 あー、これは聞かされてないな……。まぁ、そうだよね。《隷属の指輪》があるにしても、心は縛れない。


 余計なこと伝えて心を壊されては元も子もない。とはいえ、やり方が本当に気に食わない。

「私、心臓の病で、あと一年もしないうちに死ぬって言われてるの。そんな私が突然、元気に歩き回ったら家族がきっと大喜びすると思うわ。それこそ、入れ代わりに気が付かないぐらいに、ね」

「そ、そんな……、ごめんなさいごめんなさい。止めたくても、止めれません! 許してとは言いません! ちゃんとバツは受けます! だから、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 嗚咽混じりに、何度も謝罪する推し。ん、ちょっと、調子にノリ過ぎた。

「私のほうこそ、ごめんなさいね……推しと話すのが嬉しくて、つい調子に乗っちゃった、反省反省」

「そんな……ミージェ様が謝ることなんて……!」


「もう一度言うけど、私はいずれ死ぬわ。だから貴方が、手を下す必要はないの」

「でも……! へ?」

 彼女の嘆きは唐突に終わりを迎える。

 理由は他でもなく、彼女の小指に嵌められている指輪が光輝きだしたからだ。


 その輝きと共に、指輪が人知れず抜け出す。

 ポトッと、音にもならない音を立て、彼女を縛っていた忌々しい《隷属の指輪》は、私が寝ているベッドへと落下。

 突然のことで、理解が追い付かない彼女に、私は出来るだけ穏やかな笑みを浮かべ、告げた。


「ふふ、驚いた? これが、私が持つ聖女の力」

 やり込み要素の一つに、王城の書庫で、歴史書を読むというものがある。

 言うなれば、ストーリーでは、出てこなかった物語上の設定や、謎を蛇足的に解説しているだけの場所だ。


 そこで、この国には聖女の魔力は、二つの家系がそれぞれ、保有していたらしい。そして、その魔力を最愛の娘に代々受け継いできたと言う。しかし、そのうちの一つの家系では、子宝に恵まれず、聖女の魔力は失われたとされている。


 ここからは、私の推測なのだが、おそらく別に血筋は重要ではなかったんだと思う。重要なのは、誰かを溺愛していたかどうか。

 子供が出来なかったその家系では、使用人等がたまたま連れて来ていた子を、我が子同然に愛した結果。その子に聖女の魔力が渡ったんだと思う。


 その後、聖女の魔力は人知れず、受け継がれていき、その子孫がこのゲームの主人公のララだと考えると、いろいろ辻褄が合う。

 そして、今日までこうして、聖女の魔力を受け継いで来たのが、私の家、カストル家なのだ。


 私を暗殺することにより、教団は、聖女の魔力をも断絶させようとしていた。そう考えると、なぜミージェ=カストルが狙われたのかも理解できるし、筋が通っている。

 と、まぁ、こんな感じで、私は聖女の魔力を使い、忌々しい指輪の効力を、一時的に打ち消した訳だ。


 ん、本来なら、こんなちんけな指輪なんて、完全に破壊出来るほどの力らしいんだけどね。

 私にはこれが精一杯。今も全身の血が沸騰してしまいそうなぐらい、身体が熱い。

 下手したら、私、ここで死ぬかも?


 ま、それでも良いや。

 だって、推しを自由の身に出来たのだから……。

 ベッドの傍らで、泣き崩れて嗚咽を漏らしている推しの頭を撫でながら、私は静かに眠りについた。


 あ、死んだ訳じゃないよ?

 その後、半年間は生きて、彼女に出来る限りの原作知識を語り、事前に父様や母様に話しておいた甲斐もあって、この世界では家族公認での、私の入れ替わりの準備も完了。


 あとは、彼女がどうしたいか、その意思を父様と母様も尊重してくれると、約束してくれた。

 別に、私が話した知識で、皇子様と幸せになってくれても構わないし、普通に平民としての暮らしを送ってくれても構わない。

 彼女には幸せになってほしい。


 つまるところ、ここからは、彼女自信の物語という訳。

 ただ、それだけだったんだけど……。

「ん、まさかこうなるとはね」

 死んだ筈の私が目を開けると、すっかり成長したミージェの姿があり、私は思わず苦笑を漏らしてしまった。

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