第3話

 どうやるのか知らないが次回は山のようにモンスターの皮を持って帰ってくる、というゲオルギウスを送り出して数日後、ヴィト村では奇妙な騒ぎが起こった。

 村外れの墓場に怪しい光が見え隠れする、という話自体は良くある怪談なのだが、実際に墓場に踏み荒らされたような跡が有るのだ。それも墓場の外からではなく、墓穴の中から足跡が出てきている。

「アンデッドじゃないか、と村長は考えているんですね?」

「ああ、そうだ。なぜ人的被害が出ていないのかはわからんが…」

「う~ん、ゲオルギウスが留守にしているというのはタイミングが悪いですね。とにかく聖水を錬金してみます。程度の低いアンデッドならそれで一般人でもなんとかなると思うんです」

「頼んだぞ、エミリーさん」

 聖水を錬金するのはできるが、問題はアンデッドが墓から出てきたとして、村長も言うようになぜ誰も襲われていないのかが不明な点だ。アンデッドは一般的に死者が怨念によって動き出した存在。たいていの場合まだ生きている人間を憎んで、自分たちと同じ死後の世界に引きずり込もうとするものだ。聖水の錬金のほか、エミリーは墓場の夜の見回りにも立候補した。

 畑仕事で鍛えられた村の男衆に比べて小柄でほっそりしたエミリーはいかにも頼りない。しかし錬金術師として着実にレベルを上げている以上、実は並みの男よりもよほど力もあるし、機敏に動くこともできるのだ。

 以前村で力自慢が腕相撲で競っていたところに飛び入り参加したことが有るので、他の皆もそれを承知していて、錬金術で作った何日も輝き続ける明かりを持ったエミリーに向けるまなざしに不安の色は全く無い。

 まずは墓場全体の見回りだ。いくら明かりが有るといっても、やはり夜の墓場というのは薄気味悪いもので、みんなちょっと不安げに辺りを見回しながらあれこれと話している。

 エミリーも無理にお喋りを止めたりはせず、逆に自分の知る限りのアンデッドについての情報を一緒に見回る男たちに伝えていた。

 次第に真剣に聞き入って沈黙し、エミリーの声だけが墓場に流れる中で、何か物音がした。

「今、何か聞こえませんでした?」

「ああ、確かに何か物音が…」

「あっちの方だったと思うぞ」

 口々に確認しあって大体の方向を決めると、エミリーを真ん中にして全員墓場に踏み込んだ。実のところエミリーが先頭に立った方が良いのだろうが、その辺りが男のプライドという物だろう。

 エミリーたちが音の源へとおっかなびっくり近づいていくと、人魂のような光が遠ざかっていく。実体のないタイプのアンデッドかとエミリーは一瞬思ったが、押し殺したような足音が一緒に聞こえてくる。

 ひょっとしてと思い、光をよく見ればそれは人魂ではなくカンテラの光だった。

「皆さん、あれはアンデッドじゃなくて墓荒らしです!追いかけて!」

 気付かれたと知った墓荒らしは音を隠すのをやめて一目散に逃げだす。一方見回りの皆も化け物ではないと知って勇んで後を追いかける。

 エミリーも錬金術で作った明かりを隣の男に預けて全力で走り出した。そしてやはり錬金術師としてレベルの高いエミリーが一番身体能力が高く、墓荒らしに最初に追いついた。

 追いかけてくるのが女だと気づいた墓荒らしは逃げるのをやめて抵抗しようとしたが、エミリーはその怪しげな男をあっさりとノックアウトして、仲間たちが追い付いてくるのを待った。

「さすがエミリーさん、でもひやひやしましたよ」

「ごめんなさい、でもやっぱり私が行くのが一番確実なので」

 無自覚に男性陣の誇りを傷つけながらエミリーは気を失った墓荒らしを観察する。特別な所は何も感じないただの無法者のようだが、何故幽霊騒ぎを起こしてまで墓荒らしなどやっていたのか。

「誰か縛るためのロープとか…持ってませんよね」

「へぇ、まさか人間だとは思ってなかったんで」

「わかりました。見張ってますので、誰か村に縄を取りに行ってください」

「よろしくお願いします」

 これで幽霊騒ぎはおしまい、後はこの男が何故こんな事をやったかだが、それは村長が尋問するだろう。エミリーの役割はこれで終わった筈だ。そう思ったエミリーはふと今がまだ春の中頃だと気づいた。

「まったく、どうせなら夏になってから事件が起これば良かったのに」

「へ?夏だと何かあったんですか、エミリーさん」

「あ、そういう訳じゃなくて…あの、私の故郷では怪談とかって夏にするものだったんです、それで何となく…」

「怪談に季節とか有るんですか」

「確かに、なんで夏の風物詩みたいな扱いだったんだろう?」

 もしこれがゲームの世界のままだったら、すぐさまログアウトして理由を検索しただろうなぁ、と久しぶりに故郷を思い出したエミリーだった。


「それで、結局例の男はなんで墓荒らしなんかしてたんですか?」

 男を取り押さえてから数日後、エミリーは村長から事情を聴いていた。話してまずいことなら村長の方で黙っているだろうし、事件解決の立役者なのだから簡単な事情なら知る権利が有るだろう。

「それがまた馬鹿々々しい話でな」

 村長はそう前置きすると、男から聞き出した墓荒らしの理由を説明してくれた。それはエミリーにとってもあまりにも馬鹿々々しい理由だが、少し責任を感じてしまうような話だった。

 このヴィト村はクラント王国の中でも辺境に位置しているが、魔族が頻繁ひんぱんに侵入してくる場所ではないため、領主などが重点的に兵士を配備しているわけではない。ところがここ最近、村で多くのモンスターが狩られるようになった。それはゲオルギウスの活躍によるものだったのだが、あまりの戦果に自称情報通の間でヴィト村に冒険者の集団が滞在しているのでは、という噂になったそうだ。そしてゲオルギウスが以前エミリーに語ったように、冒険者のほとんどは功成り名遂げる前に命を落とす。

 今回の墓荒らしはそんな冒険者の遺品いひんを漁り、装備品を剝ぎ取るつもりだったらしい。だが実際にはどれが冒険者の墓か見当を付けられずに、手当たり次第に掘り返していたようだ。あまりにも無計画でお粗末な発想だ。しかし墓荒らしでなくアンデッドの出現を装うなど、変な所で手が込んでいる。

 もちろんエミリーが責任を感じても無意味なことだが、ゲオルギウスの大活躍が結果として今回の事件を招いたことになる。

「ゲオルギウスが帰ってきたら、冗談の種にでもすることにします」

「まぁ笑い話になるのであれば遺体をはずかしめられた連中の供養にもなることだろう」

 村長の返答に確かに全く無意味に遺体を掘り起こされた被害者がいるのだ、と気付いてエミリーは帰宅する前に墓地に寄って、念入りに手を合わせることにした。


 エミリーの薬草園にはあまり季節感という物がない。スロー・ガーデン時代からそうだったが、根から引っこ抜きでもしない限り薬草たちは年がら年中葉を生やして早く収穫しろと急き立ててくる。

 正直言って手に余っているのだが、冒険者として稼ぐことに余念のないゲオルギウスは、エミリーの限界ぎりぎりまで回復薬を錬金するよう要求してくる。

 あれこれと思案した末、エミリーは給金を出して手伝いを募ることにした。農村では今は様々な作業が進行する重要な時期だが、錬金術師であるエミリーには手伝うことで失う農作物よりも、多くの賃金を出すことができる。金銭という形では農村部ではあまり意味が無いように思えるが、税を払うのに使用できるので問題ない。しかも収穫そのものは減っているので、税の取り立てそのものは少なくなる可能性がある。

 かくしていつも世話になっている隣のマーサを含む数名の女性が薬草園で働くことになったのだが、ここでエミリーの計算違いが発覚した。エミリーの収穫技術はスロー・ガーデン時代に鍛えられたもの。エミリーが何気なく適切な時期の葉や花を見計らって摘み取るのと同じことを、手伝いの女性たちはたっぷり10分はかけて行っている。

 これではさすがにエミリーの収支が釣り合わない。しかしわざわざ来てくれた女性たちに、あなたたちは予定通り働けないので帰ってくださいとはとても言えない。

「ゲオルギウスが私の立場だったら言ってたのかな…言っちゃうんだろうな…」

 一応夫婦という形になってからしばらく経つが、最初に思っていた通りゲオルギウスはあまり人間的には尊敬できないタイプで、エミリーは話していて時々猛烈に引っ叩いてやりたくなる時が有る。

 しかし今は形ばかりの夫のことなどどうでもいい。手伝いに来た女性たちを何とか鍛えることはできないだろうか。エミリーは自分が上達していった過程を思い出すが、そもそもそこにゲーム的な見極めスキルや器用さのパラメータという物が絡むのだから、ゲームでなくなった今理屈だけで説明することができない。

 農園を駄目にされるなどのマイナス要素が無いのでよし、とするしかないと思って取り敢えず一旦慣れない作業で疲れてるであろう女性たちに休息を取るように勧めた。

「ごめんねぇ、エミリーさん。あたしら結局ほとんど役に立てなくって」

 エミリーが呼び掛けて一緒に休憩に入った途端、謝られてしまった。実際あまり役には立ってもらえていないのだが、そんなことは言えないので誤魔化す。

「いえ、そんな…急にいつもと違うお仕事をしてもらったのだからしょうがないです。それに、普段は一人でやってることだから…その、誰かと一緒なのは楽しいです」

「エミリーさんは優しいねえ。それに実はすごく強いんだって?こないだの墓荒らしを一発でのしちゃったって聞いたよ?」

「あはは…錬金術師として技を高めると筋力も付くみたいで」

「こんな細い腕なのにねぇ。それに綺麗な白い肌!羨ましいわあ」

「肌はまぁ、農作業で焼けてないから…その分皆さんは農業についてよく知っているわけですから」

 元々はいつか農業に生かしたいと思ってスロー・ガーデンを始めたエミリーには重要なポイントなのだが、それが当たり前の奥様方にはいまいち伝わらない。それからもしばらく褒め合い合戦が続いたが、話が進まないので休憩を終えることにする。

「それじゃ、午後もよろしくお願いします」

 そういえばこの世界に来てから一日二食が基本となっている。昼休憩の時は何かちょっとした果物をつまむ程度だ。体の方はもうそれに慣れているので気にならないが、せっかく今は一緒にお昼を摂る仲間がいるのだ。サンドウィッチでも作って出してみようか、とエミリーは思った。

「はいよ、午後はもう少し手際よくこなせると良いんだけどねぇ」

「無理に焦らないでくださいね。元々ちょっと扱う量が増やせたらな、くらいのつもりだったので」

「そうだね、焦ってエミリーさんの大事な薬草園を無茶苦茶にしちまったらかえって悪いもの」

「それじゃ、あたしらはあっちの方から始めるよ」

 賑やかなやり取り。誰かと一緒に作業をするというのは本当に楽しい。エミリーは採算度外視でしばらく手伝ってもらうことを決めた。

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