五、大権現様

  駆けつけてくれた父やその仲間たちは手放しで私から武士を守れたことを喜んでいる。



 その喜びには、もう危険はない、という感情が含まれているだろう。



 しかし、葵の喜びにはその感情がない。




 どうしても、あの武士の確信に満ちた顔と、父の言葉であっさりと引き、去っていった姿だけ、繰り返し頭に蘇る。



   体が警戒している。駄目だ、危険は去っていない、と。

 



   ◇◆◇




 太陽がすっかり上り、日がさんさんと降ってくる。


 

 葵と父は江戸城の門を潜り、歩いていた。やがて、部屋に通される。


 その部屋には、上座があり、きらびやかな座布団が敷かれている。

 上座の側にはお歳を召したいかめしそうな近習きんじゅうがおり、微動だにしない。


 葵も父も最上級の訪問着をまとって、上座にむかってひれ伏している。



 急に近習が、



 「大御所様おおごしょさまのおな~り~」



 と、御老体とは思えないほど大きな声を出して伏した。




 豪華な服を纏い、のしのしと上座に上がっていく人物。



 伏していても威圧されるような感覚に襲われる。




 「おもてを上げい」



 とどろくような声を響かされ、葵はびくりとしたが、父と共に頭を上げた。


此度こたびもご苦労。わしは削り氷を楽しみにしていたのじゃ。」




 父は噛みながら答える。



 「は、ははぁ‼️ありがたき幸しぇにて」




  近習は、

 「大御所様が直々じきじきに褒美をそなたらに授けられるそうじゃ」


 と言い、




 大権現様は、

 「そこな女子おなご、そなたには着物が良いのではないか?儂が見繕みつくろってやろう」

 と言った。




 

 葵は緊張しながらも、

「大権現様に見繕って戴ける着物はさぞかし御趣味おしゅみがよろしいことで、この上ない喜びでございます」



 と言った。






 「うむ、それと引き換えに、一つ条件があるのだ」



 大権現様は突拍子もないことを、言い出した。

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