三、襲撃

 今日、葵達の一行は江戸城直下の宿まで馬を走らせた。



 明日はついに献上の日だ。



 実際、氷はすぐに溶けてしまうのでもう献上はしてある。


 


 毎年一回、大権現様に御目通りし、褒美を頂いて帰るらしい。




 葵は、宿の六畳の部屋を与えられた。



 まだ馬に揺られているような感覚のせいで、足が覚束おぼつかない。

 


 葵はふらふらになりつつやっとのことで部屋につくと、畳に飛び込んで突っ伏した。



 「はあぁぁぁぁ」



 溜め息をつき、ゴロゴロと畳を転がる。



 もし誰かこの部屋にいるなら間違いなく眉間にシワを寄せ、はしたない、と自分を叱咤しったするだろう。



 でも、葵は転がるのをやめない。

 狂ったように転げるのをやめない。

 次第に自分がどうしてこんなことをしているのかも分からなくなった。

 どん、とふすまに体が容赦なく叩きつけられる。

 また、反対に転げる。

 また、襖に体が叩きつけられる。


 そうしていくうちに次第に勢力を失い、止まる。



 天井の木目をなんとなく見ていると、違和感を感じた。


 人の気配が廊下にある。葵は人の気配と感情を察知するのが得意だ。



 おかしい。知っている者ではない。



 殺気を感じる。襲撃か?


 宿に入る際、女将が「最近、盗賊やらが多いから気を付けてねぇ」と言っていた。


 念のため、風呂敷を見えないように体にくくりつけ、髪をくくり直し、袖をたすき掛けにする。ふところにある短刀があるか感触を確かめる。


 幼い頃、武士である母方の祖父から教えられた。必ず懐刀を持っていなさい、と。



 外にいる者が刀を抜いた。その者が襖に手をかける。



 葵の手は緊張で震えた。でも、ここが一番重要な時だ。




 襖が派手な音を立てながら開く。その瞬間、葵は大きく息を吸い、


 力限りの声で、



   「襲撃だー‼️」



 、と叫んだ。

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