第一章 鳴沢氷穴

一、桐と葵

 ー時は江戸。まだ大権現様だいごんげんさまが勢力を振るっている頃ー


 

 「はいよー上げてくれー」


 「せいのっ」


 「よしゃー」

 

 掛け声が飛び交う。父が指揮を執る声が聞こえる。


 私・あおいはただただ圧倒されるだけで何もできない。

 

 ここは、鳴沢氷穴なるさわひょうけつという洞窟。今の時期、外はとても暑いが、ここはひんやりしていて、寒いくらいだ。

 

 でも、これを見るのが初めて、というわけではない。


 しかしながら、大分昔から、というわけでもない。2、3回目だろう。

          

 これは、生業という“設定”なのだ。

 家では生業を二つ手掛けている。1つはこれ、もうひとつは蚕の卵の冷凍だ。


 昔、父はこんなことをしていなかったし、ここの辺りにも住んでいなかった。



 どうしてこんなところに来たかというと、




 ・・・言ってしまえば、分からない。




 だって、分からない。


 記憶に残っている部分を繋ぎ合わせると、こうなる。



 1、小さい頃、母と父と私で上方に住んでいた。

 2、ある時、母に逃げろ、と言われ、父が私を背負ってここ、富士山の麓にきたこと。



  事実はこんくらいのものだろうか。




  あぁ、後、私は上方にいるとき、葵という名前ではなかった。

 理由は知らない。前は、きりだった。



 桐は母が名付けたらしく、葵は父が名付けた。



 最初は納得がいかなかった。大体、10年も桐だったのだ。まだ葵は3年だ。




 仕事をする男達に目を向ける。



 運んでいるのは、氷だ。冬の間に池の氷を切り出し、ここ、鳴沢氷穴に貯蔵しておくのだ。ここは夏でも寒いため、氷が溶けない。


 それを、夏になると大権現様などに献上する。

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