第58話 裕介を誘い出す

 高村自身の告白がなかった以上は、此の家で問い詰めてもハイそうですでは済まない。現に高村はあの騒ぎ立てる子供たちに全神経を逆なでされて部屋に籠もっていた。

 典子さんが低い声で耳元で云った言葉が、あの恋に鈍くさい高村の耳には絶対に届いていない。今日は祖母から重要な話があるからみんなは夕食に顔を揃える。これで彼奴あいつがどんな顔して席に着くか興味が湧いてきた。

 時間より数分前に食堂に行ったが殆ど顔を揃えていた。広い食堂だからいつもは疎らに座っているが、今日は詰めて一同揃って席に着いた。

 一番奥の上座に祖母が座り角にはどう言うわけか利貞ちゃんが小さい椅子に座っていた。順に美津枝さんその次に高村が座っている。その隣が美紗和さんだが、高村と雑談すると謂って彼女には一つ空けて貰ってその空席に座った。向かい側には高村の両親、その次に克之夫妻、千早ちゃんと大場さんまでその隣に座っている。なぜが典子さんが美紗和さんの隣に居た。

 全員が揃った処でこの日の夕食は祖母から「主人が亡くなって半年以上このままにするわけにも行かず、今度の休みの日に蔵に眠る貴重品を開封するから出掛けないように」と伝えられて食事が始まった。

「どう言うわけで利貞ちゃんがあそこに座ってるの?」

「美津枝さんから祖母が相談を受けてそうしたみたい」

 言っている美紗和さんは訊いた坂部よりも良く解らないようだ。反対隣の高村が「俺から伯母さんにそうするように言ったんだ」

 まさか此奴こいつは急に親としての自覚に目覚めたわけじゃないだろう。美紗和さんの隣で黙々と食べる典子さんには誰も生母とは気付いてないのか変化はなかった。二人とも俺に期待しているのか。重責だがしかも隣の美紗和さんに相談する切っ掛けかも見付けられずに歯痒い思いだ。出来れば明日辺り高村をどうして誘い出すか思案したが、肝心の彼奴あいつは隣の伯母さんと和久井から受けた話をしていた。美津枝さんは最初から贋作と承知で買うなら別に生徒の好みで構わないそうだ。要は茶道は利休の真髄より、地域社会の和が保たれるのに重点を置いているらしい。

「高村の話を小耳にするとそうなのか?」

「そうらしいわよみんなは茶道と言うより茶飲み友達のおばさん連中で真面に習っているのは千里さんぐらいじゃないかしら」

 その千里さんは娘の千早ちゃんと面白おかしく喋っていて、それに大場さんが合わせていた。どうやら今日の夕食は、祖父亡き後に半年以上続いた当家の遺訓に対して、祖母も四代目を承認するようだ。それが証拠に祖母は食事を終えると利貞ちゃんを連れてサッサと引き上げてしまった。それから美津枝伯母さんが次に退席した。その次に両親と克之が千早ちゃんを連れて退席すると大場さんも出た。千里さんと典子さんは食器を片付けてそのまま奥で洗っていた。釣られて退席する高村を坂部は押し留めた。

「何だ今日はあの天守で走り回ったガキで気分が悪い」

「そうかじゃあ丁度都合が良い明日こそはお前が招待した時のように気分転換にお前と二人でドライブしないか」

「大場さんはもう帰ったぞ」

 千早ちゃんの遊び相手になっていたが克之と一緒に引き上げるのに合わせて出て行った。

「会長と社長の送迎用のシーマは堅苦しいだろう」

 今更もうシーマでもあるまいと、坂部は美紗和さんに伺うといいわよと言ってくれた。

「姉貴は明日は福井へ出るそうだが車は使わないのか」

「他にも車を持ってる友達が居るからそう謂う理由ならもう一日使ってもいいわよ、だからユックリ気分転換しなさいよ」

 別に用事も無いのにドライブを渋っていた高村だったが、用事か無いのなら尚更でしょうとまで言われて返答を詰まらせた。


 翌朝は朝食時に美紗和さんから車の鍵を預かり楽しんでらっしゃいと見送られて屋敷を出た。事前に決めてないから特に行く当てもなく走った。先ずは夕べの一同揃えての食事について利貞ちゃんが祖母の直ぐ側に居た。いったい美津枝さんに何を話した。和久井が持ってきた陶磁器の茶碗を売り込み、そこから利貞ちゃんの話になったようだ。

「おじいちゃんが決めた四代目を此の際は祖母の隣に座らせてハッキリと一同に継承する意志を示しただけだ」

 その同意を取り付けるための腹づもりだった。そう謂う段取りを高村は伯母さんに説明した。もっともな事だとそのまま祖母は承諾した。

「何でここに来て矢継ぎ早に決めようとするんだ」

「もう祖父が亡くなってから八ヶ月以上もほっとくわけには行かないからさ」

「その辺の話を俺は知りたくてドライブに誘ったんだどうだろう九頭竜川を見ながらあの鮎釣りの時はいつも帰りに立ち寄る喫茶店で話さないか」

 これには高村も思う処があるのか直ぐに同意した。話が決まれば俄然と運転にも力が入った。

「どうしてお前が今になってそんなに気にするんだ」

「決まってるだろう昨日説明してくれた藩主土井利忠の銅像傍の東屋に掲げてある功績と当家の関わりだ」

「あれは典子に説明したがお前には関係がないだろう」

「そうは行かなくなった典子さんから相談されるまではなあ」

「典子が何を相談したんだ」

「ちょっと込み入ってるから喫茶店でゆっくり話そう」

 そこで見えて来た九頭竜川に沿って車を走らすと、高村は直ぐに川を眺め出した。やがて川が大きく蛇行する淵に建つ、喫茶店の駐車場で駐めると、川がよく見える一番端のテーブル席に座った。

 もう坂部にも顔馴染みになったマスターが愛想良く迎えてくれた。



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