第56話 新たな疑問

 遅い昼食を済ませて屋敷に帰り着くと高村はそのまま自分の部屋に行った。そこで食堂に居た千里さんに典子さんを聞かれて、真由さんの処へ行ったと伝えた。

「そうなのじゃあ部屋へ戻っても何もないから珈琲でも淹れるけれど」

 と誘われてお邪魔した。

「典子さんがまっすぐ帰らずにお友達のところへ寄り道するなんて珍しいわね」

「余計な女に割り込まれたお陰で昔の旧友との仲が復活できたのが嬉しいんですよ」

「じゃあその和久井さんって謂う人は福の神なのかしら」

「さあなァ」

 典子さんにすれば疫病神と福の神の両方をあの女は持って来たようだ。

 念のために千里さんに大野城に有る藩主土井利忠の功績を見たか聞いてみた。すると彼女はその為にわざわざ行ったようだ。なんせ此の家に嫁いだ以上は知らないと困るものは徹底的に調べたそうだ。それでも藩の功績に当家が関わった事は知らなかった。そしてあれ程典子さんとは家事を任されて一番近いところに居た彼女でさえ、利貞ちゃんの父親は皆目見当も付かなかった。当人同士とおそらく亡くなった祖父以外は誰も知らないようだ。此の事実を美紗和さんに言えば、真っ先に彼女は弟を問い詰めるだろう。それより此の家は蜂の巣をつついたようになってしまう。しかし子供は直ぐに大きくなるから、それほど時期を延ばせない、待てない。典子さんは、当家に全く関わりのない坂部なら、利害関係を抜きにして良い解決策を導いてくれると思って、いつかは伝えようとしてあの天守閣でのあのタイミングになったのだろう。

「処で利貞ちゃんはどうしているの」

「離れで内の子と遊んでいるなんか義祖父が亡くなってから利貞ちゃんはあの年頃の子供らしくなってきて千早の良い遊び相手になっているのよ」

「半年前まではそうじゃなかったの?」

「そうね千早も取っ付きにくそうだったなんせ義祖父がその前に立ちはだかってそれに女の子が生まれてから義祖父はあたしには余り関わらないようになったの」

「それは典子さんが妊娠したから」

「それなんだけれど未だに分からないのよね相手の人が、怪しいと思わない?」

「まだここに来てひと月も経ってないからその辺のことは良く解らないなあ」

 と誤魔化して見たものの困った事に、急に此の家では重要な立場に置かされてしまった。これは早く何とかしないと、一つ間違えればとんでもない結果を招きかねない。先ずはあの二人がそこまでになったのは偶然の成り行きか、または何が別の力による必然の結果か。後者とすればあの祖父が一枚噛んで居るのは確かだ。それをこじらせないで裕介か典子さんか、どっちに訊けば良いか、天守閣の一件からして裕介より、典子さんの方が云いやすいだろう。

「それで典子さんがいつも買い物に出掛ける幾つかの店舗を知りたいんだけれど」

 いつもの千里さんには珍しくおかしな顔をされた。

「急に変なことを聞くのね今日なんか有ったの? 裕介さんはあたしが声掛けてもそのまま部屋へ行っちゃうし典子さんは典子さんで寄り道しちゃうし、そんな典子さんに聞きたいことがあるの?」

「だから有るんです」

「そうなの? 珍しいわね。いいわよ帰って来ればあたしから貴方の部屋へ行って貰うように話したげるけれど……」

 あの孤立した祖父の隠居部屋なら話しやすいだろうと此の提案に乗った。

 これで典子さんが戻って来るまでに、坂部は借りた車の鍵を返しに、美紗和さんの部屋を訪ねた。彼女はわざわざ翔樹さんを運転手にして、何で弟が典子さんとドライブに出かけたのか色々と質問された。

 大野城へ藩主利忠の功績を見せるために行ったが、どうやら美紗和さんも城には行ったことがないようだ。

「それは利貞ちゃんの生母としての自覚を促す為かしら?」

 もっともな疑問だが、今はそれに関わりたくなかった。

「結構全国的に天空の城として人気があるのに行ってないのか」

 と話題を変えた。

「あたしは余りそう謂うのには興味がないのよ弟は小さい時からおじいちゃんに連れられてあっちこっちのそう謂う所へ行ってるからその反動かも知れないけれど強がりもあって行かないようになってしまったの」

「それより典子さんとは小さいときからは三人でよく遊んだんですか」

「家の人は特におじいちゃんが典子さんを不憫に思って一緒に遊ばせていたけれどあたしはそんな輪には余り加わらずに二人が遊んでいるのを見ている方が多かった」

「なんでですか」

「だって結構あの二人はおじいちゃんの贔屓もあって遊ばせていたからそれが子供としては面白くなかったから此処でもおじいちゃんへの反発が今思えばあったようね」

「じゃあ全ておじいさんが仕組んでいたのか」

「多分そうなるように仕向けていたのかも知れないわね」

「そこに何か魂胆でもあったのかなあ」

「まだ子供よ知るわけないでしょう有ったとしてら遊びたい年頃を上手く祖父は利用したのかも知れないわね」

「じゃあ矢っ張りあったんだ」

 こうしてみると祖父は祖父になりに、二人の子供を見ながら当家の将来を見通していた。それで子供がもの心つく迄に、あの手この手と矢継ぎ早に、仕組みを整えようとしたのか。これは祖父が亡くなった以上はあくまでも推測だが、これからはそうなるとは思えない。

 全てはあの祖父が、人生と謂う卓上にここまで、お膳立てしていたようだ。しかしこれが不釣り合いとなれば、そのちゃぶ台返しが始まるかも知れないが、その波乱は誰も今は知り得ない。


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