第53話 越前大野城へ

 車は山間部を抜けて再び拓けた大野盆地の田園地帯を流れる九頭竜川の土手を走った。暫く走って川から離れても田畑の間に家がある程度だ。やっと駅前の店と民家が疎らに立ち並ぶ町並みを抜けるともう直ぐ城が見えてくる。

「昔と今では価値観が随分と変わったなあ」

 と突然に高村が言い出した。

 何の話だとルームミラ越しに彼奴あいつの顔を見たが、相変わらず殺風景な町並みを見ていた。

「多分江戸時代の頃の話でしょう」

 と隣の典子さんも突然に言い出して高村以上に驚いた。

「江戸時代って?」

「今は何でもあるけれど昔は土地が一番やったけれど土地はいつ人の手に渡るかも知れへんがその家の名声は末代まで子孫に遺るさかい殿様が土地か名か与えると言われれば矢張り名を頂いたそうです」

「そうだそれで藩主の名前を貰ったのだが昔は偉い人の名前の一字を頂戴するのが名誉だった時代に藩主と交わした覚え書きだからこれは当家に取っては最高の財産だと昔の人は名誉に思ったんだ」

 いつの間にか高村は前屈みになって運転席の坂部の直ぐ横で喋っていた。

「これから行く大野城には特に復興に力を尽くした七代目藩主土井利忠の功績が展示してあるからその子の利恒が廃藩置県の折に当家に賜った覚え書きを交わした由来がそれで解る」

「しかし前に連れて行ってもらった時はそんなものは見なかったなあ」

「わざと飛ばして城内を案内したが今度はその功績を見るのが目的なんだ」

「あたしも詳しい話を聞いておじいちゃんが二転三転と迷いに迷った面影をそれで偲んでました」

「平成生まれのお前や俺たちからすれば何でもないが昭和のおじいちゃんにはまだ迷える要素が残っていたから典子や千里が振り回されたんだ」

「典子さんはともかく千里さんもですか?」

「そうあの人とは一緒に台所仕事をしていたけれど結構あたしに愚痴を溢していたのよ」

「へ〜え、千里さんがねえ」

「だから直ぐに馴染むためにあたしのお母さんの茶道教室へよく行ってみんなの足手まといにならないように個人レッスンを受けていたのよ」

「そうだったのかでも典子さんはそんなお母さんの教室には全く顔を出してないの?」

「母が出掛けて忙しい時は準備の為にあの茶室に入ったぐらいですから……」

「あのおごそかな雰囲気は合いませんか」

「細かい決まり事が合わないんです」

「それで良くあのきびしい曹洞宗関連の大学へ通ったんですか?」

 幾ら祖父が指導したとしても美津枝さんなら行かなかったのに。そんなお母さんを模範としないで高村家の兄弟同様に育ったのが良くなかったのか。祖父も祖父だよなあ。途中から二転三転と迷ったのか知らないが、方針を変えるなんて子供の将来に良くない。

「千里さんが家に来てから典子さんは他へ嫁がれたんですか」

「坂部! その話は典子に訊くな。いずれ俺から話すからもう少し待てッ」

 とこれまた後部座席に凭れていた高村が突然に運転席の背もたれに手を掛けながら話してきた。

「高村、何だ、どうした。勿体ぶって此の前は美紗和さんからも追求されたのにまだ引き延ばすのか」

「あたしがそうしてるんです」

 ウッと坂部は喉を詰まらせた。

「おい高村、それより城が見えてきたぞ」

「南側の駐車場へ廻ってくれその方に利忠の功績が展示してある」

 それなら最初にここへ来た日にどうしてはぶいたんだと言いたくなる。

 南側は城の作りが良く解るが天守には遠回りになる。そう謂えば前回は大場さんのシーマは、天守に近い西側の駐車場に駐めて、そのまま天守に上がって市内を一望して帰った。

「どうして俺を郷里に呼んだ経緯いきさつが解るのに大場さんの車で来た時は天守だけ上がって帰ったんだ」

「先ずは順序立てして我が家の置かれている立場をじっくりと見てからでないと藩主の功績なんて見ても意味がないだろう」

 最初から当家の特殊な事情に坂部が何処まで関心を示してくれるか。それには近辺を観光目的で案内して、次に当家にそっぽを向かれないように、姉に頼んで暫く坂部に関心を惹かせた。

「何処まで我が家が抱える伝統産業や技術でもないただ江戸時代から続いた旧家の単なる後継者問題に何処まで立ち入ってくれるか。それにはいきなり何処にでも有る旧藩の歴史解説を見せても仕方がないだろう」

 丁度、高村が説明するうちに車は南側の駐車場に着いた。此処で高村は、こちら側は急な斜面の山道だから典子には車で待つように勧めたが彼女は「あたしもこの目で確かめておきたい」と一緒に車から降りた。

 三人は当時の登城口で有る、江戸時代に作られた百軒坂から入り、直ぐに続く山道を登りだした。此処でスカートが多いのにこの日は、彼女が珍しいジーンズ姿なのがこれで判った。

「今日は珍しく美紗和さんと同じスタイルですね」

 典子さんはちょっとはにかみながらも、ええ此の山道ですからと観念したように歩き出した。

「典子さんは此の城は初めてって言うことはないでしょう」

「あたしは地元ながらいつも眺めるだけで来た事はありません」

 エッ、と驚いて高村の苦笑いで事実だと確信した。

「でも狭い町ですから他に行く処はないでしょう」

「高校時代は真由と一緒に福井市内で映画を見たり、ウィンドショッピングして楽しんでました」

「男みたいに活発な姉貴なら別だけど大抵の普通の女の子は福井へ行って愉しんでるよ」

「それじゃあ美紗和さんが普通じゃないみたいで坂部さんが誤解するでしょう」

 これには初対面でも言いたい放題の姉貴なら心配は入らないと高村は大笑いした。



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