第48話 二人はドライブに出る

 千里に追われるように飛び出した二人だが、どうも足取りはなんとなく軽くない。こんな時に限って赤いコンパクトカーは、石畳の引き込み路に向かって、行儀良く前を向いていた。いつもなら何度かの切り返してやっと鉄柱の門に向かって走り出すが今日はエンジンの始動と同時に走り出した。

 軽快そうですねと訊ねても、彼女はいつもの愛想の良さが陰を潜めている。

「どうしたんですか」

「昨夜から裕介と話し込んだのに今朝はサッサと出掛けてしまったのよ」

 どうやら和久井の話を美津枝さんと交渉するのは良くないと必死で止めていたらしい。茶器を買うのは教室に通う連中の勝手だと言ってもそれで話は終わらない。品物が良いも悪いもあの人達で止まれば良いが、鼠算式に茶道教室から販路を広げてゆけば祖母は驚くだろう。そうすれば典子さんは嘆き悲しむから、そこを良く考えろと云っても、弟は延々と否定するばかりだった。

「だから疲れたのよ」

「高村は小さいときから悲しむ人をほって置けないたちだから典子さんが悲しむような事はしないはずだその彼奴あいつが決めたんだから何もそんなに長い時間を掛けていったい何を話したんですか」

 生前の祖父が典子さんに、当家に相応しい人に婿入りをして貰う為には、相応しい人格を身に付けないといけない。それで仁徳を重んじる大学に入れて、せっせと修業させた時は黙って受け入れていた。その祖父が亡くなると、途端に典子さんに構いだした。本当に典子さんが望んでないのなら、もっと早く祖父と真っ向勝負すべきだ。なのにあの頃は無理だけれど、でもそれなりに見て見ぬ振りをするのではなく、どうしてもあの時から構ってやれなかったのか。それをあたしは延々と弟に説いていた。

「それは無理だろうお父さんや家の者全てが黙殺しているものを高村一人で立ち向かってもそれに彼奴あいつは小さいときから祖父には色んな処へ連れて行ってもらっていたそうだろう」

「物珍しさも有っておじいちゃんに気に入れられようと熱心に見ていただけよ」

「でも今朝も高村を鑑定士と言ったように一目置いていたでしょう」

「もうー、あれは冗談よ尤もみんなも真に受けてないと思うけれどね」

「祖父の決めた大学に行ったりして本当の処は典子さんの気持ちはどうだったんですか」

「それが解らないのよ」

「でも高村はそうでなく博愛精神から典子さんの気持ちに寄り添うようにしたんでしょう」

「弟はそんなだいそれた物は持ち合わせていない、いい加減なだけよ」

 どうやら昨夜はその違いを美紗和さんは、堂々巡りされながらも延々と説いていたようだ。全く御用聞きのように人の苦情を聞き入れるだけの男だと姉は弟をき下ろしている。しかし犬猿の仲でもない、むしろ互いの思いやりには、強い物を感じることも度々あった。おそらく高村が不測の事態におちいったら、ほっておけず鉄火場でも顔をだすだろう。それほど一心不乱になるだろうが、平穏な時は全くその逆に弟を罵り続けて、崖っぷちまで追い詰めて追い落とすだろう。それを辛うじて僅少差で保っていたのが、独壇場で家風をまとめ上げていた祖父だろう。あの祖父の強引な姿勢の中に埋没させられたのだろう。それが今、一家は発掘調査のように、祖父が埋めた家風を掘り起こして、ひとつひとつ吟味して残すか葬るかの攻防を家族は繰り広げている。それに坂部はひと役担がれたのだ。

「今もそうだが典子さんはどうも高村に良いように扱われていないだろうか」

 とそれを美紗和さんに問うてみた。だが車は山間部を抜けて今は交通量の一番多い福井市内に入っていた。それどころじゃないように、小刻みに運転操作をしているが「貴方も似たような処が有るのよ」と言って仕切りに巧みなハンドル操作で車の間を抜けていく。坂部の名前さえ言う余裕のないほどのハンドルさばきには感心して見惚れてしまった。

「それでどうしたの」

 と聴かれて免許取り立ての坂部は、危なくて見てられずにそんなに広い町じゃないから、今は喋るのを止めることにした。

 車が郊外に出ると坂部は続きを知りたくなった。

「何処が似てるんです」

「喋り出すまでの雰囲気」

 ウン? 何だそりゃあ。人慣れすると喋る間が持たないと彼女は言っている。

「相手に合わして聴いて喋るように」

 あたし以外の人にはねと付け加えられた。

「それで典子さんとは池で鯉に餌をやりながら何を聞き出したの」

 先ず祖父が色々とやることについて、余計なお世話じゃなかったのか聞いてみた。でも彼女は美津枝さんから、祖父の謂う事は良く聞くように言われた。だからそれに関しては不満もなく忠実に従っていた。その一点張りの典子さんに対して、頑強に粘り強く話して、初めて彼女はポツリと「気に入らなかったの」とひと言を聞き出せた。

「随分と庭で一緒に居たような気がするけれどそれだけなの」

 美紗和さんはかなり不満なようだ。

「翔樹さん、貴方曖昧な喋り方をする典子さんとペースが合うような気がしていたからもっと聴いていたでしょう」

 と追加をせがまれた。本当は典子さんはよそへ嫁いでないと判った。弟さえそんな話はしなかったのに如何して、とこれには驚いて越えたセンターラインを慌てて戻したほどだ。対向車がなくて坂部はホッとした反面、慎重に言葉を選び出した。

「それは亡くなった祖父がそのようにさせたようなんです」

「何のために」

 いっとき身を隠すためにそうさせたのか、その訳はとうとう聞き出せなかった。


 

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