第47話 転機は来るか2

 彼女はだいたいジーンズにティシャツ姿が多かった。今朝もその出で立ちで時間を合わせたのか坂部と一緒に食堂に入って来た。典子さんと千里さんが社長と克之を見送って丁度一服しているときだ。高村はもうとっくに朝食を終えて出たと判った。行き先はどうやら和久井が寄宿している小石川希実の家だ。聞かされた坂部は、典子さんの顔を見て結論が出たのか訊ねた。彼女は首を振って、もうどうでもいいと言った。どう言う意味なのか隣の千里さんに聞いた。美津枝さんはお茶の器は問題じゃないって、その時に心に何を浮かべて飲むかだって。どう言う意味と美紗和さんに聞いても「それであの鑑定士が結論を出したのよ」と言われて益々頭の中が混沌として来た。そこで千里は急に笑い出して「今日はお二人で何処へ行くんですか」と冷やかされた。坂部は直ぐに美紗和さんの目を見てデートをばらしたのかと目で訴えれば、彼女の目は笑って「だからサッサと食べなきゃあ乗り遅れるわよ」と彼女には珍しく含羞はにかんでいた。

「昨日はあなた方の為に大場さんがシーマでなくあのコンパクトカーを整備してたわよ」

 大場さんは美紗和さんの乗りっぱなしの車もたまに見ているようだ。

「別に往復百キロそこそこなら大したことはないでしょう」

「普段から点検している人はねでも美紗和さんは全てそのままで第一にボンネットを開けたことがない気にするのはガソリンだけ」

 そう言われても美紗和は何のことって顔をして千里を見ていた。

 千里は美紗和が、遠乗りすると言うから、昨日は大場さんに鍵を渡して見てもらったようだ。

「千里さんは随分とお節介なんですね」

「そんなひと言で済む問題じゃないでしょう高速道でラジエーターに水がなくなれば車は止まっちゃうのよ」

「そうですねエンジンを冷却できなければオーバーヒートを起こして高速道で車が止まれば危険ですね」

「だからコッソリ大場さんに頼んだのよ」

 でももうこの段階でこっそりはないが、そう謂えば食後に庭の散歩のついでに表を見れば、美紗和の車はいつものバックでなく、ちゃんと石畳の道に向かって前向きに止まっていた。

「夕べだけわざわざそんな面倒な止め方をしないよね」

 これには美紗和もいささかか閉口した。

「どうして食後に周囲を歩くのよ部屋に居れば良いのに」

 いつもならそうして美紗和さんの来るのを待っていたけれど高村の部屋に行ったきり夕べは来なかった。ひょっとしてまた出たのかなあと玄関に回れば、美紗和さんの車がいつもとは逆向きに止まっていた。仕方なく庭を見ていたら、典子さんが池の鯉に餌をやるのが見えたから手伝いに行った。そうなのと美紗和さんは彼女を見た。送って貰って礼を改めて言っただけで、肝心な事は何も言わない。美紗和さんと同様に坂部も、本当は典子さんがどれほど気にしているか知りたかったが、淡々として調子抜けした。でも久し振りに高校の友達の真由さんと会って生き生きしていたようだ。

「でも美紗和さんは電話して直ぐに迎えに行ったんですねゆっくりさせたければ良かったのに」

 でもあの時は二人とも黙っていたわよ、と美紗和さんは典子さんの顔をまた窺った。 

「ちょっと二人切りになっただけであの頃が蘇ってそれでだけで良かったって典子さんあの時あたしに言わなかった?」

「わざわざ車を飛ばして来てくれたのに言えないわよね」

 と千里さんは典子さんの肩を持った。

「そんなことないわよ真由ちゃんまで送ってくれたから車の中で十分話せました」

 何だ真由さんまで送って行ったのか、それに引き替え俺たちは……。

「良いよなあ二人は高村と俺はもう十分に駅からとぼとぼと歩いて帰ったんだから」

「電話すれば良いでしょう」

「着いた駅から電話したけれど千里さんに出掛けて留守だと言われた行き先ぐらい言っとけよ」

「もう二人ともそんなことでいつまで油を売っているのよそろそろ義父と主人を会社へ送った大場さんが帰って来るわよ」

 それでせっかく点検した車があると、大場さんをがっかりさせないように、と追い立てられた。そこで二人は眼合わせをして出た。

「本当に車の中で十分に話せたの」

「でも真由ちゃんとは前から余り話すことはなかったのただ一緒に居るだけで和んでくるから」

「わあー、まるで恋人同士ね」

「へえ〜、恋人って何も言わないでいつも一緒に居るだけなの」

「そんなことないけれどまあ色々あるけれどね」

 色々か〜、と、急に克之さんについて訊ねられてドキッとした。なんせ克之とは見合いのようなものだ。義祖父の利恒さんに、ホテルのディナーに誘われて、そこでおじいさんの隣に座っている孫を紹介された。それが切っ掛けだった。

「その時はあたしもまさかお嫁さん候補とは思ってなかったからいつものように面白おかしく喋っていたらすんなり気に入られてしまったの」

 克之は堅苦しい人は性に合わないから、見合いは絶対にしないの。それであの人には良かったみたい。

「上手く引き合わせられたのね」

「あたしも克之もおじいちゃんに騙されたのよホテルのディナーショーを楽しむだけだと思っていたから……」

「でも席は三人分用意してあったんでしょう」

「それなの克之の話だとおじいちゃんの昔の恋人が来る予定だと聞かされたらしいの」

 つまりおばあちゃんの逢い引きに付き合わされて、主人はヤレヤレと思うまもなくあたしが来た。あたしもそうだけれど二人とも吃驚びっくりした。千里さんはそんな二人のなり染めを典子さんに披露した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る