第44話 交渉

 注文の品が来るまでに和久井から、此の前見せた茶碗の売り込み状況を訊ねられた。それはこれからの君の取り組み方に掛かっていてまだ相談していない。これには不満らしかったが、成功の鍵は此奴こいつが握っているから、此の坂部に今までの経過を言ってやってくれ、と頼むと和久井は躊躇したが観念したように頷いた。そこに次々と注文のパフェがテーブルに並びだして、いっとき休戦状態になった。クーラーの効いたファミレスで珈琲とアップルパイを食べながらどう展開するか気を揉んでいた。

 先ずは和久井が真由さんと関わった経緯を改めて坂部が訊ねた。真由はちょっと和久井の反応を見てから差し障りがないと見た。

 妹の由香からお姉ちゃん確か典子さんって謂う友達がいたねぇと言われたのが始まりだった。何の話かと妹に詰め寄ると小石川希実と謂う高校の同級生から典子さんについて尋ねられた。どうやらその人とはそんなに親しい間柄じゃなかったけれど断り切れない腐れ縁なんでしょうか。此処で和久井が嫌な反応したが、丁度メロンを頬張って食い意地がまさってそれどころじゃなかった。

「それが典子さんを紹介してほしい依頼ですか」

 と坂部は典子さんを見ると頷いてくれた。それがなにかの承諾のように続きを話し出した。

 典子さんを紹介する時に希実ちゃんと妹の由香は今隣に居るこの人を連れて来て妹の友達の友達と言われた。その時は何とも想わなかったんですが紹介が終わるとそこは典子さんと此の人との独壇場でした。此の人は典子さんだけを目当てにやって来た人だとその時に判った。

「そうですか」

 と坂部は和久井に聞いてみた。すると彼女はそうだとアッサリと白状した。

「何で典子さんなんだ」

「だってあの家の人はみんな何かおかしな気がして此の人が一番真面に見えたから」

 和久井が言うのももっともだと思った。坂部の場合は此の春に大学で会った高村から、特異な高村家が何処どこにでもありそうな、一般の家のように刷り込められたからだ。坂部もそんな前置きもなく、突然にあの家に招かれれば、今の和久井と同じ印象を受けただろう。だが高村の刷り込みのお陰で、一番真面な典子さんがあの家では一番に浮いていた。それに同調したのが高村だが。末っ子の彼にはどうしょうもなかったが、その根源の祖父が亡くなってから彼奴あいつは、本格的に高村家の改革に乗り出そうとして坂部に出会った。此奴こいつなら我が家の真面でない処が真面だと思うように見分けられる人物として近づいたのだ。

「それで和久井はどうしたかったんだ」

「伯父さんのやってる陶芸教室の経営が傾いて相談を受けたの」

 出来は良いが一般家庭に不向きな逸品物をいい値段で処分している和久井に伯父は目を付けた。そこで販路を持たない伯父は、更に倉庫に眠る家庭では使えない、凝った多くの掘り出し物を見せて、これらを何とかしてくれと頼まれたのだ。

「それがあの高村が鑑定した贋作か」

「本物と偽って売ればヤバいけれど偽物だと最初から説明すればいいでしょうけれど量産が出来ずに手間暇が掛かるから家庭の食器類と同じ値段では売れないのよ矢っ張りブランド品を欲しがる中流の人って絶対に手に入らない物だけに偽物と知っても良い値で買ってくれそうだから」

 まあ凝った物だからそう簡単に作れるもんじゃないし、それだけ手間暇を掛ければ製作費も嵩むが、そこそこの値段にすればそう簡単に売れるもんじゃない。だから手始めに高村家で上手く行けば、全国で茶器や花器のブランド品に似た物を欲しがる客層に、販路を切り開いていくつもりだ。

「だから手に入らない貴重な茶碗が贋作だから格安で手に入る。若い子が舶来のバックを求めるように茶の湯を嗜む人が利休好みの茶碗で飲めるんだから贋作でも一向に構わないはずだ」

 要するにそう謂う見栄の張った人の求めに応じて利休の真髄を味わってもらう試みと受け取って欲しい。

「それが和久井の真の狙いか、そこに一点の曇りもないか」

「ただの橋渡しをした典子さんや真由さんはそれでどうだろう。納得出来てますか?」

 本当に天下の名だたる名器に似せた骨董品を贋作と称しても、これは買う人が居るから売るという行為は売春に似てないか。あっちは快楽だけれど、こちらも貴重な品を手に入れて持った優越感を買うのだろう。

「いかに贋作とは謂えそれ程の価値は有あるのか。良し悪しは解らないが今、和久井が言ったように彼女が持って来た物はそれほどいいのか」

「兄貴は会社の経営や商売の仕方を祖父から教わっていたが俺にはそんな物は一切話さずに小さいときから祖父は何か催し物や展示があると俺を連れて色々な場所で祖父からその価値と特長を様々な貴重な美術品や古書や骨董品を眺めなから祖父からそれぞれの意義や特長や感触まで手に取るように教えられて育ったから奈良の正倉院に秘蔵されてる物以外は大方は見分けられる」

 いやに大きく出たが、何を吹っ掛けられるか解らない一癖有る和久井の前なら、それぐらいのほらは吹いておかないと、先行き押し通しても不安で困ることはないだろう。

「しかしそれだけの腕があるのなら自らの作品として世に問えばどうだろう」

 と突き放せば。

「でも先ずはその門戸を開けないと目に留まらないでしょうそうして口コミで広まれば打って出られるし、その第一歩をお願いしたいの」

 と珍しく彼女にしてみれば、随分と下手に出れば再考もあり得るか、と高村をみると彼も頷いた。           



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