第40話 高村の話2

 和久井は小石川希実から、高村家では上流階級の人々を集めておこなう月例茶会と、中流階級の奥さん相手に開いている茶道教室を知り、伯父が作る見事な贋作を何とかかしたいと大野にやって来た。同郷の小石川希実が裕介の友人を調べると、地方の小都市では直ぐに見つかった。その友人を通じて高村家で裕介が一番気にしているのが典子と判り、今度は彼女の友人を探すことにした。

 小石川希実が当時の同級生に当たると、希実が通っていた高校の同級生に由香と云う子のお姉さんが典子と親しかった。早速二人は由香に会って、お姉さんの真由さんを紹介してもらった。

 真由さんは高村家の典子さんと高校時代は同級生で一番仲が良かった。希実は由香を通じて姉の真由さんに頼んで典子さんとよしみを通じさせてもらった。会うときは手ぶらでなく、典子さんの伯母が開いている茶道教室の生徒に照準を合わせて、好みの茶碗を作ると云う触れ込みで会った。それを和久井は何人かの生徒に高村家御用達と称して売り込む計画らしい。どれほどブランドに近い茶碗なのか、その出来栄えを典子さんは鑑定を兼ねて高村に相談した。

「そこまでして近付くか、でも何で典子さんなんだ」

「姉貴の美紗和は向こうっ気が強くて一筋縄では行かないそうだ」

「それも謂うなら心意気がしっかりしているんだろ」

「似たようなもんだ」

 と云うとコップのビールを呑みほした。

「いや違う!」

 此の剣幕に高村は、冷蔵庫から新しい缶ビールを取ろうとして、浮かしかけた腰を落とした。

 坂部は美紗和さんとなると、目の色を変えて急に擁護し出した。それが高村には余りにも滑稽すぎたが、話を聞くことにした。

「心意気は気立てが良くてサッパリした気性だ、お前の云う向こうっ気とは負けず嫌いのことを云うんだ。そんなことより何処どこまで話は進んでるんだ」

 まだ日が浅いからそう進んでないようだが、肝心の典子さんはスッカリ弱ってしまった。なんせ久し振りに、高校時代の友達に会えると、張り切って出掛けた結果だ。それで困惑している典子を見かねて、その友人に高村が会いに行くと、あの女が一緒に居たんだ。お久し振りなんて大袈裟に挨拶された。あの女は俺に会うのが目的で、典子に近づいたんだ。

「お前でなくお前以外の周りにある資産が目的だろう」

 会社はおやじと兄貴が引き継いでいて、今の俺には余分な金はないし、小遣いだって知れている。それでも住まいは普通の学生より良い学生マンション、学食でも一番良い物を食べていれば、あの女はほっとかないだろう。

「確かに見せてもらった陶器は中々の出来栄えで見た目はよく似ていて庶民処かその筋の大家たいかでも手に入らない物だからまあ茶道教室では偽物と分かっていても見映えが良ければみんな欲しがるだろう」

 表や裏千家の本格的な茶会なら、趣味が悪すぎると恥ずかしくて出せなくても、近所で暇をもてあそんでる奥様方の嗜好しこうには、丁度良い贋作だろう。

「和久井が見せてくれた茶碗をみて俺はそう思ったよあの女もそうしてみると悪気はなさそうだ」

 その日の食費にも事欠く庶民の感覚からはズレているが、それでも中流階級の人々がそれがいきな遊びだと割り切れば、さらさらと騒ぎ立てることもないのか。それでも典子さんの胸中に去来するものがあるとすれば何だろう。彼女の母親の心境だろうか。

「美津枝さんは承知しているのか」

「勿論反対した」

 それで典子は諦めて友達の真由に「あなたの妹からの相談には乗れない」と断った。すると今度は和久井自身が裕介とは同じ大学でお友達どうしだから彼に一度説明して欲しいと頼まれて俺は会いに行った。そこで贋作の茶碗を見せてもらった。

「性懲りもなくどうして会いに行ったんだ」

「高校時代の真由って謂う友だちが典子に会いたいって云うから一緒に行ったんだ」

 それまで典子は俺や姉貴同様に自由にやっていたのが、利恒おじいさんが高校時代の終わり頃に、三代目当主の孫として自覚を促された。厳格に立ち回るように指導も受けさせられた。母親の美津枝さんはそれに反発して、それどころか居候として、叔母さんの家事を手伝うように仕向けられた。困ったのは叔母さん即ち俺の母が、祖父からは「典子には一目置くように、まして家事を遣らすなんてもってのほかだ」と云われるし、従兄弟いとこの美津枝さんからは手伝いによこされて、当の典子も心を痛めたときに、それを支えてくれたのが真由なんだ。その友達に久しぶりに会って頼まれれば、今まで彼女の苦労に報いたいと典子に言われれば、和久井に会いに行くしかないだろう。それで会って贋作を見て、茶道教室に来る奥さん連中の顔を浮かべて、先ず外堀から固めろそれで伯母がダメなら諦めろと言ってやった。

 そこで伯母さんにお茶を習っている千里さんに聞けば。

「利休のお茶はひとつの茶碗を回し飲みするのが基本だがうちの教室はみんなそれぞれが凝った茶碗を自慢の種にしてわいわい雑談するのが楽しみらしい」

 と言われて。それでもまあ一通りの作法はいつも教えている。そのあとの自由時間が楽しみの奥さん連中ばかりだからいい話の材料にはなる。これに和久井が目を付けて、一品しかない手作りの贋作を謳い文句に、茶碗を売り込もうとしていた。その相談を典子から受けて明日和久井に会うから、お前も同席してくれと頼まれた。それが解決すれば典子を説得して、祖父が典子の子供に利貞と命名した理由わけを話すと言われた。


 

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