第17話 朝倉館跡、

 車は広い駐車場がある一乗谷城朝倉遺跡博物館に止めた。

「こんなセダンの車は何度見てもいいもんですね」

 と坂部は最初に見た印象が気に入ったようだ。

「先代に習って今の社長も買い換える予定がないようです」

 と大場も快く答えていた。 

 此のシーマは今更ながら角張ったところがなく、全てに丸みを帯びた車の外形が現代にはないたおやかさを彷彿させた。

 朝倉遺跡博物館に入ると、先ずは二階建て遺跡博物館の一階で、発掘状況や遺構の展示を見る。此処ではガイダンスに添って廻るから、大場さんは一階の総合案内で待った。

「今思ったが、社長と高村では車の乗り降りが徹底しているなあ」

「あれで世間は子供を甘やかしてないと判るし、第一に祖父は若いときは苦労は買ってでもせいが口癖だったからなあ」

 そうかと二階へ上がる階段の手すりから一階の案内場を見ると、ロビーで大場さんはもう珈琲を飲んでいた。

 二階は朝倉家の歴史、文化と館の一部の原寸展示に、城下町の町並みは縮小して再現していた。

 二人は見学しながらも気になるのは、十代で家出した伯母の話だった。二階に上がると眼は展示物を追っているが、話は祖父に関してばかりになった。

 祖父が家を継いだ経緯は、父の利忠がまだ子供ながらにかなり憶えていた。

 祖父のお兄さん、つまりおやじにすれば伯父に当たる人だが、会社についてはこの人より祖父の方が適任だった。だが曾祖父は頑固として病弱な長男の伯父さんに決めてしまった。伯父はやむを得ず会社の切り盛りをするが、此の辛苦で先ず妻が病死した。これに美津枝さんがかなり反発した。妻の病死と娘の家出で、元から病弱な伯父さんは、福井の病院で養生したがそこで亡くなった。

「それでおじいちゃんが跡を継いだのか」

「そうだ。おじさんの娘の美津枝さんは病死したお母さんの事で確執があってそれが家出の原因らしい」

「美津枝さんは幾つだったんだ」

「おやじとは二つか三つ違いだから中学生か高校生で十五、六歳だった」

「じゃあ高村が生まれるずっと前でお父さんもその歳なら何となくしか解らんだろ。矢っ張り傍でつぶさに視ていた大場さんしか知らないだろうなあ」

「ああ、大場さんはその時はもう二十代半ばだから大凡おおよその見当は付けられるだろうが、多分祖父は誤解のないようにある程度は大場さんにだけは話したと思う」

 どうやら高村は、長年大場さんに接して、そんな感触を掴んだらしい。それが当家にお世話になっている大場さんにすれば、揉め事の種は自ら蒔く訳がない。そこへ行くと当家とは全く関係のないしかも地元と縁もゆかりもない坂部なら、大場さんが長年溜めていた鬱積を、ふと漏らしても不思議ではないと高村は推測していた。おそらくそれが今度の帰郷に当たって高村が、どうしても坂部を実家に呼びたかった最大の理由かも知れない。

「それで俺にどうして欲しいんだ」

「まあまだひと月あるからゆっくりと大場さんに接して懐柔するのに越したことはないが、どうや坂部にはそう難しい人でもないやろ」

「だいたいあの人の気心が解ってきた。あの人は煩わしいのが嫌なんや」

「やっばり毛並みが違うのやろうなあ」

 これに坂部はハア? とおかしな顔をした。そこで大場さんはお前と同じ苦労人やと言われた。話では貧乏人の子だくさんで、坂部で同じように高校生でバイトに明け暮れて、十八歳になる前から教習所通いして、ギリギリの十八で免許を取った苦労人だ。

「多分そう謂う処も似てるさかいなあ」

「それって高村が大場さんに俺のことを耳に入れたん?」

「そうや、大場さんは普通免許があれば体力が落ちても何とか喰っていけるちゅうってなあ」

 そうか大場さんもひょっとしたら厳しい環境の中で育って来たのかも知れないと思ってふと目の前の展示物を見た。そこにはミニチュアのように質素な町並みの展示に眼をやると、さっきの朝倉家の豪華な館とこちらの質素な町並みを見比べた。瓦屋根の館の中央には花壇があり、鮮やかな花を愛でていたのに比べて、町民の板葺きの屋根にはめくれないように重し代わりに無数の石が乗せてあった。時代こそ違えども身につまされるミニチュアの光景だ。

「大場さんは生まれはどこなんだ」

「飛騨地方で、それも出稼ぎに行くしか生計が立たない奥飛騨でひっそりとした温泉街の旅館業ぐらいで、耕す田畑も少ないから食い扶持を減らすために福井へ出て来て運送屋で働いていたところを祖父が我が家へ住み込みでお抱えの運転手として雇ったが、かなりまめな人で送迎が終わって手空きになると庭の手入れを始めて今では庭師か運転手か分からないぐらい丹精にあの庭を育てているんだ」

「じゃあ大場さんもおじいさんには世話になってるんだなあ」

「ああ、祖父は人を見る目と女にはまめだったんだ」

 高村からそんな大場さんの話を聞いてから、一階の総合案内で会うとさっきより又印象が深まった。

 三人は遺跡博物館を出ると、建物こそ少ないが現場で実際に再現された場所へ行った。朝倉の館跡と区画整理された武家屋敷や、町並みの一部が復元された跡を、散策するように見て回った。

「ここら一帯は信長の焼き討ちに遭ってからはずっと何もない空間で全部田畑だったんですよ、だから綺麗にそのまま土の下に眠っていたのを掘り起こして再現しましたから電柱一本もない、本当にあの当時の物以外は何も此処には存在しませんから」

 と大場さんは発掘現場に向かって両腕を広げて披露する後ろ姿は、再現された夢の跡に向かって虚しく何かを心の中で叫んでいるようだ。


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