第18話 祖父への最初の関門
朝倉遺跡から福井市内までは十キロも離れていない。ゆっくり走っても車なら二十分もあれば着いてしまう。まして三十年以上前の高級車のシーマは飛ばす車じゃない。こんな車はもうほとんど都会でも見ないし福井でも走っていない。三十年もすれば大卒の初任給は三倍になっている。当然に当時七百万のシーマも今じゃあ二千万を超える計算になった。今それぐらい出せば凄い機能の付いた高級車があるのに高村家では此の車に拘っていた。
此の車同様に高村家には身内を擁護する拘りがあった。特に亡くなった祖父にはその傾向が強かったと祖母は父の利忠に言って聞かせていた。しかし息子の裕介には父は話さないから、これは幼い頃の祖母からの子守歌代わりにしか残っていない。その微かな記憶を頼りに車内で裕介は坂部に喋っている。本当は彼でなく運転手に間接的に云っているのだ。これで大場さんが割り込んでくればしめたものだがとうとう福井市内に入っても話には乗ってこなかった。
「裕介さん、福井ですが先ずは何処へ行きますか」
「そうだなあー、おじいちゃんが
高村は家族について坂部には包み隠さず耳に入れて置くことにした。
「坂部さんは関心あるんですか」
と大場が訊いて来た。
「まあねぇ、これから暫く居ますから知っておけば
と此の時には高村の魂胆が解りきっていた。そこから更に大場さんが話に深入りしてくれればと、二人はあの手この手と策略を練ってこれはその手始めだ。
「そうですね、千里さんは中々面白みのある人ですから話の取っ掛かりにはいいでしょうね」
大場さんは何の屈託もなくハンドル操作をしながら喋った。しかし坂部にすれば観光してもらえるのなら美紗和さんの車に頼みたかった。彼にすれば今度の高村家に帰郷する目的は、彼女が出来ればとの期待からで、しかも美紗和さんに会って更にその期待が膨らんでしまった。図らずも高村の目論見と坂部の希望がズレてしまった。だが焦るな此処は高村の計画に乗っていれば、お姉さんとも近付けるとこのズレた希望を少し修正した。
福井市の中心は矢張り福井城だが、現在は城内には福井県庁のビルが建ち、当時の面影は本丸の石垣と堀が残り、それがかろうじてそこに城があった名残を留めていた。
ご覧の通りですと大場さんは堀の周囲を回ってから、千里さんの勤めていたデパートに向かった。地下の駐車場に車を駐めてエレベーターで、五階の洋服売り場に上がった。売り場に行くとアクセサリーや服飾品のショーウインドーが並び、洋服を着飾ったマネキンも所狭しと並び、その洋服の前に千里の友人は立っていた。彼女は大場さんを見付けると、お久し振りとペコッと頭を下げてくれて後ろの二人を覗き込んだ。それに合わせて大場さんは千里の友達の佐知さんを二人に紹介した。
「まあ、千里さんの義弟さんですか」
と佐知は周囲を気にせずに声を掛けて来ると、これは千里さんに似て気さくな人だと思った。
「どうですか千里さんは元気ですか」
「元気過ぎて困ってる」
と高村は少し冗談交じりに誇張して云うと、向こうもアラッ、もうー、一人だけ先に幸せになってーと言いながらも笑っていた。なるほど類は友を呼ぶかと坂部は納得させられた。
千里の実家は婚姻届を出した戸籍から解った。祖父はここに来て最初は佐知さんに目が留まった。それから似たような友を見て方針を変えた。なぜ佐知さんでなくどうして祖父が千里を選んだのか知りたくなったからだ。だがその違いは矢張り細かい所に長短があって一目見ても決めにくいが祖父は短期間で決めた。それをこうしてじっくり観察したが、千里さんとは昨日会ったばかりの坂部と、数年前から会っている高村とはイメージに少し違いがある。
大場さんも佐知をよく知っていた。祖父と一緒に此処へ品定めに引っ張り出された。
あの洋服売り場でお客さんに商品を説明している佐知と、その横に立っている千里と比べられた。それで横に立ってる子でしょうね、と答えるとその訳を聞かれた。
「あの子はじっと立ってるだけでも良い雰囲気をしてますよ。あの子ならお客さんは服を見る振りをして寄ってくるでしょうね」
「そんなオーラーがあるか」
と戦前生まれの先代には似合わない言い方をされましたよ。
「
「あの子の笑顔は作りもんじゃないですよ」
「もう一人の子もそんな気がするがなあ」
「いやあー慣れでしょう、でもこっちの子は自然と身に付いているような気がしますから」
と云ったら矢っ張りわしもそう思うと云われました。あとはもう独断専行の独壇場で、回数を重ねてとうとう食事に誘えるところまでこじつけると、次にはもう克之さんを紹介してましたよ。
千里さんは一流ホテルのディナーに誘われて、ルンルン気分で会場に入ると、ウェイターから招待された席で、祖父と同席した孫の克之さんと付き合うように紹介されたから、ハァ〜となって、最初はびっくりしたそうだ。
あの時の千里さんは呆気に取られていたけれど、直ぐに気を取り直すと、祖父にはちょっとユーモアの効いた小言を浴びせた。回りくどいやり方ね、将を射るのに乗っている馬が名馬ならどうするんです。これには祖父も参ってしまったようだ。
「佐知さんもけしてあたしは悪くないと思いますが、いやむしろ真面な佐知さんよりは千里さんが持っている雰囲気が先代には心に響いた」
先代が二人を見極めた時に心に響いたものは何だと思いますか、と最初の関門を逆に投げつけられた。
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