第16話 観光に出る

 食事会が終わって玄関から駐車場に帰る大場さんを石畳の途中で呼び止めた。屋敷内とはいえ暗がりでいきなり呼び止められた大場さんは驚いていた。

「裕介さんですか、坂部さんもご一緒に部屋へ戻らなくてどうしたんですか」

「夜空が綺麗だから酔い冷ましに散歩に出たんだ」

 そこで明日は坂部を福井へ案内したいのでシーマを出してもらえないか頼んだ。大場さんの日課は、朝夕は社長と克之さんを会社まで送り迎えして、昼間は家の人に頼まれれば車を走らせていた。昼間にシーマを使うのは祖母と伯母ぐらいだ。千里さんは買い物は自転車でそれ以外はバスだから、祖母の了解を取り付けたのならと引き受けてくれた。

 翌朝は食堂とは廊下を挟んで、庭に突き出るようにして有る居間で大場さんを待った。高村と坂部は典子さんの淹れてくれた珈琲を飲みながら、居間から奥に広がる庭に眼を投じていた。

「この家では亡くなった祖父の次に古いのが大場さんって云っていたけれど。じゃあ昨夜見たおばあちゃんは大場さんより若いはずだが、どう見てもおばあちゃんの方が上だなあ」

 長男は病弱で、祖父は次男でこの家を継いだ。その母も美津枝伯母さんを産んで直ぐに亡くなった。病弱な長男は美津枝さんが家出すると、家督を祖父に譲ってそのまま他界したんだ。

「それで祖父がこの家に戻ったときにはもう既に大場さんが居たから、おばあちゃんは年上だけれど今は大場さんの次に古いんだ」

「待てよ。美津枝さんが家出したってどういうことだ」

「そんなの解るわけないだろう。俺の生まれる前の事は知るかよ。だけど大場さんなら現場に居たから事情は知ってるが、今まで家の者には話してないから言うかどうかは解らんが、無理だろう。それにもう時効だ」

「そうか、当事者がまだ居るから大場さんも話しにくいんだ」

 身内には、と高村は意味ありげに付け加えた。つまりはいっときだけ逗留する坂部は例外かも知れないが、それでも彼は口は堅いとも云った。

 そこへ社長と克之さんを会社に送り届けた大場さんが迎えに来た。大場さんの話だと社長から夕方までゆっくり観光案内してやれと言われたそうだ。

 二人はキッチンに居る典子さんに珈琲カップを返すと大場さんと一緒に家を出た。シーマは玄関前の石畳に留まっていた。後部座席のドアを開けようとする大場さんを制止して勝手に乗り込んだ。大場さんもそのまま運転席に着くと車を出した。表の門柱でも来たときと同じように高村達が鉄柵の扉の開け閉めをして大場さんは乗ったまま屋敷を出た。

「社長と克之さんを送り出すときはああしていないだろう」

 と坂部が訊ねると、まあ誰が見ているか解らないから一応は世間体もあるから、社長の時は大場さんが門と車のドアの開閉をやってるようだ。

「山手にある家ですから滅多に近所の人は通りませんが屋敷の前を犬の散歩で通る人も居ますからね。社長と克之さんが勝手に車に乗る処を見られたら変な噂が立ちますよ」

「そんなもんか、矢っ張り田舎だなあ都会じゃあわざわざ立ち止まってまで視る人はいないのに」

 坂部はおかしな処で感心するなあと笑われてしまった。

 シーマは屋敷を出ると直ぐに曲がりくねった林道を走り抜けてゆく。幾つものカーブを曲がっても身体はどちらかに傾く事はなく真っ直ぐ座っていられた。まるでついこの前に自動車教習所で教えてくれた教官と変わらぬ滑らかさである。更にあの教習所より更にきついカーブをスムーズにシーマは通り過ぎていった。

 大場さんは運転が上手いですね、と思わず声を掛けた。するとこの道は毎日じゃないが三十年以上走ってると言われた。特に祖父には福井市内までよく走らされたようだ。

「それは何しにですか、うちの会社は福井には何もないでしょう」

「おじいさんは次男ですからあの家を出て福井で所帯を持ったんですよ。だから向こうには結構知り合いが多かったですよ」

「今でもですか」

「いやもう長男が亡くって会社を任されてからご無沙汰でしてね、でも息子さんの利忠さんが会社の切り盛りをすると又この道をよく走らされました」

 祖父は福井市内のあるデパートに立ち寄った時に、客あしらいが実に上手な店員を気に入り、それで口説き落としたそうだ。

「まさかおじいちゃんが、ええ歳してそれはないでしょう」

「七十の古希ですからそれは無いですけれど、先代は女の人にはまめな人でしたからね」

「それでそのデパートの店員さんはどうしたんですか」

 大場は笑いながら、その人が今の克之さんの奥さんだと暴露した。

「千里さんですか」

「そうです、先代も三十年若ければ別な事を考えたでしょうね」

 その頃は頻繁にこの道をよく走ったそうだ。 

「でも二十年以上前でも伯母さんを引き取ってるんでしょう。あれはどうなんですか亡くなったおじいちゃんのお兄さんへの配慮ですかね」

「その辺のことは勘弁して下さい。それよりもう直ぐ福井に出ますがその手前に少し入った所に朝倉の居城だった一乗谷城下がありますが寄り道して坂部さんをご案内されればどうでしょう」

「坂部、如何どうする」

「一乗谷の朝倉遺跡は織田信長に城下が焼き払われて、その後は開発されずに埋もれていて昭和になって発掘してほとんど当時のまま残ってるから見てみたい」

「坂部さんは詳しいですね。そうです昭和四十二年から発掘が始まりましてまるでタイムカプセルみたいにその全貌が出て来ましたから是非ご覧下さい」

 じゃあそうするかと大場さんに案内を頼んだ。


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