第15話 特別な食事2
坂部は一通り見回して、そしてひと言「これは俺のための食事会なのか」と訊ねた。
「あたしは大げさすぎると謂ってやった。いつものように時間になればお腹の空いた人だけ来れば良いのにと言ったのに、どうやら裕介がお昼の家族会議で此の夕食時にみんなを集めたかったのよ」
最初はみんなは反対したけれど、離れのおばあちゃんにお伺いを立てた。その祖母のひと声で決まったようだ。
「でもその決めた人が真っ先にひと言も俺の事を聞かずに行っちまったのはどう謂うわけなの」
「あなたを一目見て安心したからよ」
「あんな遠い処から見て一目で解る祖母は千里眼か」
「解るわけないでしょう。事前にあなたに関する情報を吹き込んでおかないと」
「そうだろうなあ、それで誰が吹き込んだ。俺を知っているのは高村だけだろう」
「あと二人居るでしょうあの大学に」
「和久井と小石川か、でもあの二人は俺の事を何も知らないだろう、少なくとも俺の実家の家族に比べたら」
「それがそうじゃないのよ。あなたの両親や家族には気が付かなかった事を知っていたわよ」
「それどういうこと」
「おばあちゃんが京都にある身辺調査事務所から届いた調査結果を拝見して、あとは照らし合わせるために本人を見ただけなの」
「照合するだけでこんな大層な夕食を催すのか」
「裕介のたっての頼みでもあるけれど、矢張り祖母のひと言でしょう」
坂部は美紗和さんの肩越しに裕介を見るが、彼は次々とテーブルの料理を平らげて、ワインまで飲んでいる。
「
この宴会ではそんなことは謂ってられない。それでも何しろ生まれて初めて目にする物だけに矢張り抵抗感はある。
「あなただってそうだけれどでも、もうあと半年で二十歳なんでしょう。そんなウーロン茶ばかり飲んでいないでこのワイン美味しいわよ」
とワイングラスを持ち上げて、美紗和は一口飲んだ。
「そうか初めてなら」
と坂部の前にグラスを置くと、彼女は「こっちの方が呑みやすいかしら」と水泡の在るワインを注いだ。
「その前にその調査結果には俺の事をどんな風に報告してたんだ」
「それは頼んだ祖母以外は誰も知らないのよ」
「裕介もか」
「勿論、そんなことよりさあ飲んでみたら」
ワイングラスを持つと
「お父さんも知らないのか」
「父は当家当主だから耳には入れてるでしょうね」
そうかともう一度見ると向こうもグラスを持って頷いている。と謂うことは当主が今持ち上げたワイングラスで、祖母から聞いた情報も別に気にしていないようだ。これで酒への
「何だこれは、妙な味の炭酸水だなあ」
と坂部は呑んだあとのグラスをしみじみと眺めた。
「あら知らないの、それはシャンパンよ、じゃあ結構非文化的な生活しているのね」
「オイそれは無いだろう。見たことはあるが呑んだ事がないだけだ。尤もまだ坂部は二十歳手前だからなあ」
と学食より数倍もあるステーキと格闘していた高村が、その手を止めて姉に突っ掛かって来た。
「それより姉貴! だから我が家の状態を知ってもらうには彼が必要なんだ」
「でももっと苦労した人が端に座っているけれど、どうしてみんなは無関心なの」
と矛先を変えられた。謂われて隣の典子さんを見た。いつもの彼女は此処でなく向こうのキッチンの
「どうしてそう言い切れるんだ」
「だって典子さんは母になる事で人一倍苦労したのよ」
と美紗和さんは坂部の耳元で、彼にだけ聞こえるように囁いた。
典子さんはおばと一緒に引き取られてこの家で家族同然に育った。そして真っ先にこの家から嫁いで独立して所帯を持ったが、夫婦間に揉め事が出来て離婚した。その時に祖父は昔のおば同様にまた引き取った。
「それで離婚なんですか」
此処を坂部が強調すると美紗和さんが、典子さんの恋のお相手はと言いかけて今度は本人に止められてしまった。
「どうしてこの席でそんな話をするんですか」
「でも典子さ、いつも母に見てもらっていて特に気にしていない。とハッキリ言われるともう話を続けようがなかった。
「だって典子さんと千里さんは此の食事の支度に追われてそれどころじゃなかったからよ」
と美紗和さんが代わって返答した。
「じゃあどうして千里さんの娘さんはちゃんと隣で食べているんだ」
「あの人には克之も義父母もいて面倒を見られているから、その余裕でああして親子一緒に食事が出来た。それに引き換え典子さんはおばさんが全て面倒見ているからよ」
なるほどその違いか、しかしどうしてこの家では、そんな違いが生じているのか、そこがサッパリ解らなかった。
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