第14話 特別な食事
屋敷に戻るともう夕暮れ時だった。玄関から食堂を窺うと千里さんと典子さんが食事の準備をしていた。典子さんはともかく、なんで若奥さんの千里さんまで手伝っているのだろう。この疑問に美紗和さんが「今日はみんな一堂に会して食べるからよ」と説明を受けた。暫く覗いていたら食事はあと三十分したら来て下さいと典子さんに言われてしまった。
部屋へ戻るかと庭に面した廊下へ行きかけると、裕介が急に消えて引き返すと食堂奥にある階段を姉弟は上がって行く。到着した時はここから上がったのかと慌てて後を追っかけた。此処の階段は途中の踊り場で折れ曲がって、二階へ上がった踊り場で左右に廊下が分かれていた。二人は右に行ったので付いて行くことにした。ついでに左の行き先を聞くと長男夫婦の部屋だ。両親はその下の部屋に居ると美紗和さんに言われた。少し歩くと池のある庭に出た。今朝見た庭でも二階の此処から眺めると庭の配置が良く解った。この廊下の奥を右に曲がると坂部の部屋だ。手前が長男の部屋だが結婚して今は物置に変わっている。その隣が美紗和さんだが、サッサと部屋に入ってしまった。裕介は自分の部屋に立ち止まるとお前の部屋は何もないから来いと誘われた。
板張りの廊下と木組みの手すりに引き戸の入り口まで和風なのに中は洋室になっていて驚いた。床は厚めの絨毯が敷かれて畳でなく洋室だった。八畳の部屋にベッドと大きめの机に書棚と家具で大半を占めていた。二人はベッドを背もたれにして床に直接座り込んだ。坂部にすれば今朝玄関で別れてからやっとゆっくりと落ち着けた。
「今日の夕食は全員集まるのか」
「嗚呼、俺が久し振りに帰ってきたからなあ」
いつもは祖母とおばの美津枝さんだけは奥の離れで食事するらしい。
「じゃあ奥の離れにもキッチンはあるのか」
元々は祖父の生前までは一緒に食事をしていたが、祖父が亡くなってから奥の離れを増築したときに台所とトイレと風呂までも作った。
「じゃあ離れは完全に独立しているのか」
「おじいさんが亡くなるとおやじがそうしたんや、まあおばちゃんも望んだようやさかいなあ」
「それで美津枝さんはどうしてるんや」
「あの人も気楽なもんや、おばあちゃんと一緒にお茶をやっている」
「それで茶室があるんか」
「あそこで月に一回はおばあちゃんの主催で美津枝さんが補佐して月例で茶会を開いている」
「フーン、子供はどうしてるんや」
「町の保育園へ預けているがもう帰ってきて寝てるんやないか、千里さんと典子さんが交代で二人を一緒に面倒見てるさかい。おじいさんには一人見るのも二人見るのも一緒やってなったんやろうなあ、でも親権は別やと言われて祖父は難儀したそうや」
坂部の家とは別世界だ。特に下の子はあの狭い部屋を走り回ってギャアギャアと叫き散らす中で、机を食卓にして夜には寝室に早変わりさせてる俺の実家に比べれば到底考えられず、此処は夢のまた夢である。更にまるで旅館のように、夕食の時間だと裕介に言われて、さっきまで頭に描いていたものから、たちまち現実の夢の世界に戻されてしまった。
「坂部を此処へ招いたのは祖父が抱く生前の妄想からこの家を変えるためなんだから、もう少ししっかりとこの世界に浸ってもらわんと困るが取り敢えずは空腹を満たしてから考えよう」
「ああ、そうするか俺も今日は今まで育った中では一番真面でない現実の連続で少々疲れたからなあ」
二人は食堂へ足を運んだ。食堂は十畳程だが食器棚も何もなく、ただ奥行きだけがあるから広く、中央には料理が盛られた大きなテーブルがあった。テーブルの両側にある五つずつの椅子にみんな座っている。
坂部が着席したのを合図に正面の祖母の横に裕介の父親の利忠が「ようこそいらっしゃいました」と言うなり、坂部のことは倅の裕介から伺っていますと慇懃に挨拶した。その後は正面の上座に一人座っている祖母を紹介して、次に隣の妻と長男夫婦、その横の子供椅子には夫婦の娘、隣には大場さんまで呼び出されて座り、こちらの端に典子さんが座って居た。そこが一番食器や料理と飲み物の補充や入れ替えに必要な台所にもっとも近かった。
反対側にはおばの美津枝さんを紹介して、何故かその次の子供椅子には三つの前後の男の子が神妙に畏まっていた。次に裕介、美紗和と座っていた。
「じゃあ今日はどうしてなの」
「特別な日、例えばお盆とかお正月とか誰かの誕生日とか、今日みたいにひと月以上も逗留する人が来たときとか。まあおばちゃんもたまにはこうして顔を揃えたいから勝手に決めているのよ」
どうやら普段の食事はみんながいつもの時間に此処へ来て、食事の準備や後片付けで、典子さんや千里さんが困らないように、遅れれば各自勝手に食べているようだ。
「エッ、そうなの」
と坂部は普段と今日の違いに驚いた。
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