第13話 何が問題なのか
この店に飛び込んで本題に入る頃には、出されたこの店自慢の珈琲は少し冷めかけていた。熱いうちに飲めと美紗和のひと言で、高村はやっと鼻腔を突いて脳天を刺激する、ここ独特の珈琲を味わった。
一人のうのうと大学で遊んでいると思われたくない高村は、おじいさんの事を考えるにはその過去をまず知らねばと訊ねた。
「それで大場さんとここへ来ると祖父はどんな話をするんですか」
これでどうだ俺は一人で浮かれていないと美紗和を睨み付けるように見たが、却ってそれがどうかしたのって顔をされた。此の姉弟はどう何だろうと坂部は傍観している。
そうだねえ、あれは冬だったかねえ随分と雪が降っていた。珍しく一回り以上も歳の離れた女性と一緒だった。ふとカウンターから表の駐車所を見てもシーマがなかった。その代わりに空車に切り替えて走り去るタクシーと、目の前の二人を見比べて珈琲を出した。
「その人は誰ですか」
「美津枝さんとか言ってましたね」
「いつですか」
どうやら祖父は亡くなる前の冬に、二人だけでしかもタクシーでこの店へやって来た。祖父と美津枝さんはカウンターから一番遠いテーブル席で、ボソボソと話していた。マスターは珈琲のお代わりを持って行くと、相手の女性の名前を小耳に挟んだだけで、あとは聞こえなかった。
「じゃあどんな風に話していたんですか此処からでも判るでしょう」
「それが屈み込んでひそひそ話されているので、それでも旦那さんはいたって明るかったですよ」
高村はカウンター席から祖父が座ったであろう一番遠い席を一見した。此処から屈み込んで話せば一方の美津枝おばさんの表情は見えないだろうなあ。
「どんな風に聞いてました」
後ろ姿だからおばは神妙だったのか、それとも陽気だったのか、どうもどっちとも取れる微妙な身体の動きだった。時には双方とも感情の高ぶりが見て取れるような動きを交互にしていたそうだ。
「裕介、もうそれじゃあ埒が明かないんじゃないの」
「おじいちゃんは美津枝おばさんに、多分あの子を里子に出したいって言ったようなんだ、だから二歳までなら何も憶えていないからって知らない人より今ならいっそう千里さんに年子として育ててもらえと言ったけど再婚の相手次第では育ててもよいと言うからおじいちゃんは子供を何て思っているんだ。もうむちゃくちゃなんだよ」
「それ誰から聞いたの」
「誰だと思う」
と勿体ぶらされて千里だと判ると、それはもう良いからここまで呼び出したあなたの考えを聞かせてと迫られた。
「良くはないでしょう」
と黙っていられない坂部が横から口を出した。
「もうあなたは裕介のお客さんだから余計な事を云わないでよ」
こんな時でもムッとする気持ちが湧かないほど美紗和の口調は穏やかだ。
「でねえ、千里はおじいちゃんからそんな話を聞くと一人育てるのも二人育てるのもこの際一緒でも構わないって言うから、千里も何を考えてるんだと言いたくはなるけれど」
弟の話に美紗和は苛つきながらも、彼女はまだ我が家の状態を飲み込めてないからだと聞き流した。
「判ったけど、離婚したのりちゃんを引き取ったのはおじいさんでしょう。それを今度はその子を里子に出せって言うのは筋が通らないでしょう。ひょっとしたら今日はそんな話はなかったの」
「時期的には合うが、それにそんな話は家では出来ないからうちのような店なら丁度話せるかも知れませんね」
返事を渋る高村に代わってマスターが答えた。
「それで今日の家族会議はそんな話は出たの」
「千里さんは美紗和さんの話だと出る人じゃないって言うけれどどうなんです」
と坂部が聞いた。
「兄貴が重要参考人として呼び出したそうだ」
「千里さんは堅苦しい話は好きじゃないから針の筵でしょうね、それで事実は
「子育ての仕方であって親の親権問題ならパスするって千里に言われて、慌てておやじがそうじゃないと否定してこのおじいさんの遣り方に対してどう思っているのか意見を聞いたが、もっともらしい答えが出ないからこうして俺は千里とは仲良くやってる姉に聞いているのだ。坂部にはこれらを全て聞いた上で自分の考えを言ってもらいたい」
「それりゃあ無理だ。だって今まで聴いた処をみるとおじいさんは何者か皆目見当が付かないだろう。第一に一度も会ってないのに朧気すぎて想像すら難しい」
「坂部さんの言うのもごもっともでしょう。二十年以上おじいさんと暮らしてきたあたしでさえ判らないもの、それより良くおじいさんと遊んでもらった裕介の方が詳しいでしょう」
「それもそうだが、肩入れしないで見られる第三者の意見を知りたいんだ」
「その方が的確かも知れないわね。両親だってあたしの倍以上はずっと一緒に居たのに裕介の話だと何も進展しなかったそうじゃないの」
「だからこうしておじいさんの過去の断片を拾い集めているのさ」
そう言うなりマスターにおじいさんに関する情報を更に催促した。もうこの世にいない人だから、洗いざらい言ってもらえれば、京都へ帰ったらこの店を宣伝しておくよ。
これに刺激されたわけではないが、祖父と美津枝さんは結構この店に来ていた。こんな田舎町ですから同居する旦那さんの姪御さんだと収まる範囲に回数は減らしていた。もっとも話は聞こえないが、それほどそう想わせる要素があの席から漂って親しげだったそうだ。
「そんな風に二人っきりで来ていたのですか」
「それは大場さんも知ってるはずですよ」
「大場さんが」
「そうですようちの店へ来て事情聴取するより遥かに価値ある人だと分かると思いますがねえ」
ウッ、と姉弟は灯台もと暗しかと顔を見合わせた。
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