第12話 裕介の事情

 随分と待たされた坂部はまだ良く事情が飲め込めないまま高村を見た。だが高村は姉の方に向かって、もうウンザリしたと少々疲れ気味に町まで出たいと美紗和に催促した。流石に田舎だけあって車は必需品のようだ。高村は免許はないが坂部は去年免許を取った。早生まれの坂部は高校三年生で直ぐに十八歳になると、兄弟が多い彼は早く自立する為にも直ぐに普通免許を取った。此処が苦労人の坂部と坊ちゃん育ちの高村との違いである。

「大場さんに頼めばいいんじゃないの」

 とアッサリ拒否された。

「おじいちゃん以来居続けてる古株はダメだ。嫌なら車を貸してくれ坂部に運転してもらう」

 そんな言い方はないでしょう。大場さんには、みんなの送迎とこの庭がいつでも見飽きないようにしてもらっていて、と窘められた。

「だからのんびりしたいんだ。それにお前にも言いたいことが山ほど出来た」

 坂部は免許取り立てのようで運転が物騒で承諾した。美紗和は庭を抜けて玄関から続く石畳を外れた疎林の間に止めてある赤い小型車で三人は屋敷を出た。

「これは美紗和さんの車」 

 後ろに乗り込んだ坂部が訊ねた。

「そうよ、福井の大学に通うのに買ってもらったのよ」

 運転免許に興味のない高村に、坂部はだから困るだろうと言いたげだ。美紗和さんの運転は普通だが大場さんの車に乗ったあとの所為せいか少しぎぐしゃくしている。その典型が曲がり角に差し掛かると、少し余分に外側にハンドルを切ってから曲がり出した。

「どうだったの」

「何も変わってない、おじいさんが死ぬ前と」

「のりちゃんのことは何もなかったの」

「彼女はいとこなんだよね」

「何言ってんの、またいとこよ」

 高村は頭は良くて計算高い男だと思っていたが、親族間の間柄に関してはかなり出鱈目だ。こんな男に両親と長男はいったい何の相談をしていたのだと坂部は呆れてしまった。

「典子とは、はとこか。じゃあお母さんの美津枝さんはいとこ叔母さんに当たるのか」

「まあそうだけれど、訊く処を見ると今日の話題に上ったようね」

 親父にしてみれば引き取った経緯が解らないまま祖父が亡くなった。知っている祖母は離れに引き籠もったきり茶会以外は顔を滅多に見せない。だから同じ離れに居る典子さん親子だけが唯一の窓口になって両親は弱り切っている。別に離れに住んで貰って邪魔にならないと云われても、今は長男も結婚して孫が出来ている。一旦結婚して出て行った典子さんが離婚すれば、おじいちゃんは又呼び戻している。その当人がもう亡くなった以上はその権限は親父に移った。それでどうするかで集まったが、この際はおばあちゃんにハッキリ訊くべきだと言う事になって、誰が聞きに行くかで話は行き詰まった。

「そう云う話なら同じ離れに居る典子さんから聞いて貰えばいいんじゃないですか」

 彼女なら気さくそうだし、なんせ高村がいとこと勘違いするほど眼中になかった人でもあると坂部が軽いのりで言った。これには急に二人とも振り向き眉を寄せて難しい顔をされた。裕介はともかくハンドルを持った美紗和さんまで振り向かれると危なかった。案の定、車は急ハンドルを切られて、上半身がドアに引きつけられたのもつかの間に、車は一軒の喫茶店で停められた。

 此処にしましょう、と云う言葉に裕介も頷くと二人は車から降りた。

 高村家は町の外れの山裾だが、十分ほど長閑な田園風景を走ったかと思うと、もう市内に入っていた。そんな雰囲気をもう少し眺めたいと思うまもなくお目当ての店に着いたようだ。

 此処は珈琲にかけては老練のマスターが一人でやっていて都会には負けない味を出している。それだけに若い女の子向きじゃないのよね、と美紗和さんはそれでも軽い足取りで高村に続いて店に入った。五人掛けのカウンターとボックス席が三つの小さな店だ。カウンターの向こうで新聞を読んでいたマスターは「珍しいお客さんですね」と新聞を畳むとカウンターの下にしまい込んだ。三人は空いたボックス席には目もくれずにカウンター席に座った。

「この冬には関西の大学に行かれたって大場さんに伺いましたがじゃあ受かったんですね」

「そうだなあー」

 と少し照れくさそうにしながらも同じ学生の坂部を紹介した。大学へ行った裕介も珍しいが、滅多に来ない美紗和もこの店では珍客のようだ。

「此処はおじいちゃんと子供の頃によく連れて来てもらった」

「あの頃はいつも大場さんとご一緒でしたね」

 マスターの話から車を運転しない祖父は大場さんをいつも連れ添って出掛けていたようだ。あの頃は裕介君にはいつもミックスジュースを作らされたお陰で、メニューに幅ができて少しは若い女の子も店に来るようになった。

「どっかのテレビ局が雲海に浮かぶ大野城を見せてから結構観光客が増えたんだ」

「ああそれ見たことあるなあ」

 どうやら雲海の城が受けて、訪れる観光客も増えたようだが、それ以外では余りここまで足を伸ばす人が少なかった。

「そう言えば昔は高村の旦那さんは、大場さんと一緒に九頭竜川へ鮎の友釣りに出掛けていましたね」

「祖父は釣りをやるんですか」

「還暦過ぎまではよく行ってましたよ。帰りはいつもうちの店へ寄ってお裾分けに鮎を頂いてましたね」

「大きい川ですか」

「俺は一度嵐山の渡月橋から松尾橋辺りの桂川をバスから眺めたがあんな感じだが、九頭竜川の川辺にはあんな賑わいはなくもっと野生っぽい暴れ川だがなんせ福井を象徴する川だ」

 二人の会話に、美紗和がこれから祖父亡きあとをどうするかでしょうと言い出した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る