第8話 帰郷2
福井駅に特急雷鳥が到着すると、ここから越美北線で普通列車の九頭竜行きに乗り換えて牛ヶ原駅まで乗る。到着した福井駅では九頭竜行きの一両編成のジーゼル車が既に二番線で待機していた。
「ここからはえらいちんけな電車になるんだなあ」
「贅沢言うな、これでもいっときは廃線の憂き目に遭ったんだぞ。それが地元の人達の努力で何とか存続してるんだ」
なるほど、たった一両で運行しているのを見ればなんとなく切なく胸に響く。ホームで待機しているのはキハ百二十型の気動車でセミクロスシートに向かい合って座った。座ると高村は、
「ところで、その大場さんも同じ屋敷内に住んでるのか」
「ああ、古い日産のシーマが入ってる車庫の二階に住んでる」
「日産のシーマ?」
「何でもバブルの全盛期の八十年代には飛ぶように売れた高級車らしい。これを祖父が気に入って大場さんにあの広い庭同様に手入れさしてるんだが、去年祖父が亡くなった折に処分するはずがおやじと祖母が気に入って大場さんがそのまま今も手入れしている」
どんな車なんだと聞けば、駅に着けば迎えに来ているから解るが、最近は滅多に見かけない車だと自慢の祖父が亡くなっても、まだそんな車に良く乗ってるよと高村は呆れている。
「さっきから聞いていると大所帯だなあ。それで何人住んでるんだ」
「ざっと十二人か、お前とこの実家は八人だから少し多いだけだ」
「頭数だけはなあ、しかし住まいは大違いだ建坪だけで百坪はあるのだろう敷地を入れると俺の実家の百倍はあるだろう」
「だがなあ、みんなよそ行きの言葉で罵り合っているんだ、だから他の家では狭いながらも愉しい我が家って云うだろう。俺は坂部を知ってからそんなイメージを持ったんだがなあ間違っているか」
「楽しいかどうか分からんが、物がないからいつも不満たらたらで兄弟げんかばかりしていて生傷が絶えないんだ」
「思っていることを直ぐに声に出せて、その方がサッパリして良いだろう」
「まあなあー、とことんやり合うから
「まあそんな感じでいつもみんなきれい事しか言わないから何を考えているのか分かったもんじゃないから行き違いが多くて、後で大場さんに相談すれば俺なりに納得さしてくれたよ、だから俺はお前の話を聞いて逃げも隠れも出来ずに、全てが数歩の距離で済んでしまう坂部の家の方が楽だと思った」
たった一両の電車が長閑な田園風景から山間部を縫うように走り出した。その山間部を抜けると高村の家に近付いたようだ。しかし車窓から見えるのは田圃ばかりで、その中に点々と瓦屋根の家が建っていた。田舎には違いないが藁葺きの家が一軒も見当たらなかった。
列車の止まったのは駅とは名ばかりで、線路に沿ってポツンと片側だけ長いホームが一本だけ在る無人駅だ。辛うじてホームの中央にあるプレハブの三畳ほどの小屋で駅らしく見えた。だが周りは田圃でホームの端の道路まで歩いた。踏切の遮断機が上がった向こうの道端の空き地に、角の取れた柔らかいラインでまとまったセダンの乗用車が止まっていた。
「珍しい車だなあ、あれがシーマって云う車か」
「千八百八十八年式の初代のシーマで七百万ぐらいした車だ」
「随分とお高い車だなあ」
「なんせバブルの頃は飛ぶように売れた高級車であの頃の金余りを象徴する車だ」
ホームの端、道路と接する遮断機まで来ると、シーマの運転席のドアが開いて、白髪で六十前後の初老の男が直ぐに歩み寄ってきた。
「裕介坊ちゃん、お待ちしておりました」
「大場さん、祖父も亡くなったことだし、もう俺も大人なんだし、その坊っちゃんって云われるのはもう堪忍してくれ」
「じゃあどう呼べば良いんですか」
「普通にさん付けで良い、ああ、それからこっちが同じ大学生の坂部だ。暫くはあの屋敷に厄介になるからよろしく頼む」
坂部と大場が自己紹介すると直ぐに車に乗った。三十年以上前の車にしては手入れが良いのか快適に走り出した。車は曲がりくねった細い道を山手の方に向かって走って行く。
「どうしてこんな古い車に乗ってるんですか」
「昨年亡くなられたおお旦那様がこよなく好きでしてね。それを今の若旦那さまもそのまま使っていますから」
「大場さん、もうおやじは若旦那じゃないぜ、それに兄貴も代替わりしてるからなあ」
「そうですね、ツイ口癖でお父様がもうおお旦那様でお兄さんの
「長男は克之って云うのか、みんな古風な名前だなあじゃあお姉さんはなんて云うんだ」
「みさわ」
「あの青森の三沢か」
「違う美紗和だ」
と手に書いて示して「祖父が付けたが由来は分からん」と身も蓋もない言い方だった。
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