第7話 帰郷

 大学もいよいよ夏休みに入った。約束通り二人は一緒に行くことにした。だが高村と坂部の住まいは近いが、誰に出会うか判らない、そこで二人は個別に部屋を出て直接京都駅で待ち合わせた。

 高村は烏丸通り正面の中央改札口で待った。荷物は肩から提げているバックひとつの軽い身だ。坂部は大きいめのリュックサックを背負っていた。切符は買わなくて良いと云って、実家までの最寄りの切符を手渡してくれた。切符は普通乗車券と特急券の二枚あった。

「幾らだ」

「水臭い俺が誘ったんだ」

 そう言うなり先に改札を抜けていくと、慌てて坂部も後を追ってホームに立った。北陸線のホームは一番線で改札を抜けたま~まえ(真正面)だから、余計な在来線を跨ぐ必要がなくて楽だ。

「どうだそっちの田舎の方は」

「今頃は大助かりしているだろうなあ」

 盆暮れに数日帰って来るのはともかく、ひと月以上も居られると子供達に割り当てた部屋の組み替えが大変らしい。それを聞いて高村は、ならふた月で、秋の中頃まで俺の家に居ろとまで云ってくれた。お陰でお盆休みは実家でなく高村の家で過ごすことになる。お盆はなんか変わった事を遣るのかと聞いても、大したもんじゃないから気にするなと言われた。それもそうだ、そんなに変わった行事があるわけではない。だからのんびり過ごせると思った。

「広い家のようだけど何人住んでるんだ」

 え〜と考え出したからお前、自分の家に何人住んでいるか考えることはないだろう。それもそうだが、出入りが激しくて暫く留守にすると変わっているかも知れないらしい。何とも賑やかな家だと呆れてしまった。

「それよりいつも居る家族は何人だ」

「両親と兄弟三人と、おばちゃんが別に奥の離れに居る。他に兄貴のお嫁さんと住み込みのお手伝いさん。それと先代から住んでる父の車の運転手、この人は庭の手入れも兼ねている」

「それで全員か」

「ああ、あと三つか四つの子供が二人居る。一人は兄夫婦の子でもう一人はお手伝いさんの子だ」

「お手伝いさんの子 ?」

「典子さんだが、家ではのりちゃんと呼んでる。今年で確か二十四歳になる子持ちだ」

「大人なのにちゃん付けか、そしてシングルマザーか」

「そうだ」

「どうして子持ちのシングルマザーをお手伝いさんに呼んだのだ」

「去年に亡くなったおじいちゃんが三、四年前に呼んだ」

「それって子供が生まれた頃だよねぇ。それでお手伝いさんと亡くなったおじいちゃんとはどう言う関係だ」

「典子さんは死んだ祖父の親戚の娘だが、それを祖父が呼んだ理由は俺には良くわからないんだ。それに今では頼りすぎて彼女が居ないと何処に何があるか分からないから家がむちゃくちゃになるんだ。それでみんなは訊かないし彼女も言わない」

 それで夏休みにだけ来たお前なら家のもんじゃないだけに、聞けば言ってくれるかも知れない、と云う処をみると訳ありなのか。

「それはどう言うこっちゃ」

「嗚呼、電車が来た」

 そこで二人はホームに入り減速する列車を見詰めた。電車は静かに滑り込むようにキッチリと指定された乗車番号の停車位置に立つ二人の前にピタリと停止した。

「生活の苦労のない連中が住む家では、こうもピッタリと合わせてくれないぞ」

 警告か忠告か解らない言葉を発して、高村が先に乗り込んだ。なるほど俺が実家に帰郷すればみんな手分けして部屋を明け渡す準備に追われる。そんな余裕のない坂部家との内情の差がこれで一目瞭然と云う訳か。

「そんな神妙になるな、それだけに別な意味でお前を歓迎してくれると云うこっちゃ」

 二人は荷物を棚に上げると指定席に座り込んだ。プラットフォームを離れてトンネルを抜けると琵琶湖が見えて、直ぐに腰まで伸びた稲穂が波打つ近江平野が車窓に広がった。

「さっきの話だがそのお手伝いさん」

典子のりこさんだ」

「その典子さんだが、どうして三年前にお手伝いとして呼んだんだ」

「典子さんはその前から居たが結婚してあの家を出たんだ」

「じゃあ出戻りか」

「まあ母親が居候している娘だが、それよりも兄貴が結婚して子供の子育てが大変だからとおじいちゃんが家の内情を良く知ってる彼女を呼んだんだ」

「それは解るが、どうして子連れの家政婦を、いや典子さんか、雇い入れたんだ。しかもその子供が三、四歳なら来てもらったときはまだ乳飲み子だろう」

 坂部が言うのももっともだ。家事をしてもらうのにどうして乳飲み子の典子さんをおじいさんは連れて来たのだと思うのは当然だ。

「仕方がないんだ。典子さんはおじいちゃんが世話を受けた兄の子供の連れ子で向こうの家に居られなくなって出て来たんだからなあ」

「でも出戻りだろう。それでさっき離れには祖母が居ると云わなかったか」

「祖父が亡くなる前に離れの奥に増築して祖母はそっちに移ってもらった。だから今離れに居るのは祖父の兄の子供とその連れ子の典子さんなんだ。その連れ子の典子さんが五年前に結婚したが、子供が出来て離婚して祖父がお手伝いさんとして呼んで三部屋ある離れに叔母さんと住んでいる」

「じゃあその叔母さんって云うの幾つだ」

「もうとっくに五十は越えてるが、四十って事はないが、あの庭同様に手入れが行き届いているから若く見えて世間では四十で通している」

 祖父の兄が亡くなったときに独り身だった姪を、祖父は親子一緒に我が家に引き取った。その連れ子が典子さんだから実質は四人兄弟のようだった。だから姉と典子さんと俺の母と叔母さん、それと同じ歳頃の子供が二人居るからこの関係を間違えないように言われた。




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