第3話 坂部の話

 高村にすれば坂部が俺に言いたいのは、サークルの話か彼女の話なのか、こう混ぜて話されると判らなくなる。だが突き詰めて整理するとサークルはどうでも良くて、その和久井と云う女の話に尽きるようだ。そこから想像するには、どうも坂部は実家の田舎では邪険にされてるようだ。もちろん虐待ではなく、子供ながらに甘えたいときに構ってもらえなかった。要するに家族の愛情を知らずに育ち、ここに来てから急に彼女に優しくされてその反動が出たのだろう。だが女にすればそれほどの気持ちは持ち合わせていない。それどころか適当に相手にしていたのだろう。それでも子供の頃から母親の愛情に飢えていた坂部にとってはかなりの刺激のようだ。

 これが高村が受けた坂部が語る和久井佳乃子の印象だ。坂部は家族から受けた愛情が気薄なのをあの女で紛らわしていたのだ。親はそんな坂部一人に構っていられない事情から、お前をほったらかした過去に報いるために、せっかく大学に行かせてもらえたのだ。少しはそれに応えろと云った。具体的には学費を払っている以上はもっと貪欲に勉強しろ、無理ならせめて授業には集中しろと言った。これは正論だけにそれに生活費を切り詰めながら払った学費を無駄にしている矛盾点も突かれると、反論は愚か何も云えなかった。そこから少しは引け目に感じているのだろうか、余り女の話はしなくなった。そうなると入学と謂うひとつの目的に今までの人生の大半をすり減らしたような凋落ぶりに坂部が気の毒にも見える。それでも坂部が和久井佳乃子を嬉しそうに語る姿に、彼奴あいつの良さも否応なく伝わった。

「じゃあ今度俺の身内に居る女を紹介してやるよ。何でも夏休みには既にみんな相手を見付けたいと女の子が多いサークルのはしごをしていやがるんだ、だからひとりでも入れるために、お前のような堅物でも相性を無視して寄ってくる女が居る研究会も有るんだ」

 少し気を抜くとあれほどの説教にも堪えてない。これにはいったい何しに大学へ来ているんだと呆れていた。まあ町中で知らん女に声を掛けるより、じっくりとサークル内で選り好みして付き合うのも、それも大学生活かもしれんと暫く様子を見た。そんなこんなでいつも落ち着いている高村が、数日後には珍しく講義室の前で待ち受けて、近くの喫茶店に無理矢理誘われた。

「あれほど真面目に講義を受けるように言うお前が今日はどうした」

 と席に着くなり珍しく血相を変えて慌てる高村を見て驚いた。そこで高村は珈琲を注文する前に坂部に「あの女が急にサークルの勧誘にやって来たのはお前が紹介したのか」と問われた。どうやら今朝校門の前でサークルの勧誘を受けたが、そいつが和久井佳乃子と知って振り切って飛んで来たようだ。

「いや俺はひと言もお前の事を言ってない。あの女が勝手に自分で勧誘に行って偶然会ったのだろう」

 と言っても「お前から話を聴いた後ではどうも腑に落ちない」と聞き入れない。

 そこでそれほどまでにして付き合いだした佳乃子ちゃんが、急に降り出した雨で雨宿りを口実にやって来たが、どうもそれは高村の事を訊きに来たから俺は断ったよ。

 その日は来るなり佳乃子ちゃんが以前に五千円も吹っ掛けて、結局タダで置いていった壺が、入り口の傘入れ代わりに置いて有るのを見て驚いていた。バカね、あの壺をこんな傘立にして、でもこんな傘立てなら百均で売っているわよ、と知らされても恨めない女だった。確かに顔立ちは良いが取って付けたような器量が気になった。

 よくよく聞くと此の壺は彼女の伯父がやっている陶芸教室で、毎回出来る焼き具合の悪い不良品らしい。それをたたき割らずに引き取って来ただけに、日用品以外の骨董品的な価値を付けて売るらしい。

「それを買わされたのか、お前はいいカモだろうなあ」

「そうでもないらしい。金が無いと言ったら置いて行ったから」

 元々の原価はただでも、金持ちの息子には十万で売り付けているから「あなたは良い買い物をしたと思わないとバチが当たる」と言われてしまった。しかしそんな細面ほそおもての能面のような古風な顔立ちをした佳乃子ちゃんは、普通の女の子より活発で誰にも愛想良く振る舞うから、その手のかわい子ちゃんの部類になるのだろう。

「だからそんな彼女が急に雨宿りに来たんだよ」

「ただの壺を五千円も吹っかけられてよく部屋に入れてやるよなあ」

「余り降ってなくてもお前の事で雨宿りを口実に相談に来れば断り切れないだろう」

 これには高村も悪い気がしなくて苦笑いしている。

「何故、俺のことを知ってるんだ」

 だから最初に言ったように俺も彼女に問い質した。

「どうやらその陶芸教室に福井から来てる小石川希実こいしかわきみと云う女の子が高村を見知っていてそれを佳乃子が聞きつけて俺のアパートへ押し掛けて来たんだ。それで高村、お前は地元では有力者の息子として知られているそうだなあ」

「おやじは派手に事業をしてるから山あいの田舎では目立つんだ。でもそんな田舎から京都の大学へ来ている女学生が居るとは知らなかったなあ」

 そんな地元の名士なら佳乃子ちゃんは直ぐに嗅ぎつけるだろう。それを云うとあたしは犬じゃないわよと一蹴された。

「いつも愛想の良い八方美人の佳乃子ちゃんに初めてそんな風に言われりゃこっちは八方塞がりになっちゃって、そんなに邪険にされればいつもの美人が台無しだよ」

 と言うと彼女は急にお淑やかになって「そう言われたのはあなたが初めてね」と言うから「裕介にもあの壺を売るつもりか」と言ってやると彼女は「そんなええとこの子のボンボンなら壺よりあたし自身を売り付けてやる」

 と息巻いているから気をつけろ。


 

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