第3話 坂部の話
高村にすれば坂部が俺に言いたいのは、サークルの話か彼女の話なのか、こう混ぜて話されると判らなくなる。だが突き詰めて整理するとサークルはどうでも良くて、その和久井と云う女の話に尽きるようだ。そこから想像するにはどうも坂部は実家の田舎では邪険にされたようだ。もちろん虐待されたのではなく、子供ながらに甘えたいときに構ってもらえなかった。要するに家族の愛情を知らずに育って、ここに来てから急に彼女に優しくされたのでその反動が出たのだろう。だが女にすればそれほどの気持ちは注いでいない。それどころか適当に相手してだけだろう。それでも子供の時から母親の愛情に飢えていた坂部にとってはかなりの刺激だったようだ。
これが坂部が語る和久井佳乃子から高村が受けた印象だった。だから女から受けた印象を是正することより、
「じゃあ今度紹介してやるよ何でも夏休みには既にみんなは相手を見付けたいと女の子が多いサークルのはしごをしていやがるんだ、だから一つ入ればお前のような堅物でも寄ってくる女が居る研究会も有るんだ」
少し気を抜くとあれほどの説教にも堪えてない。これにはいったい何しに大学へ来ているんだと呆れていた。まあ町中で知らん女に声を掛けるより、じっくりとサークル内で選り好みして付き合うのも、それも大学生活かもしれんと暫く様子を見た。そんないつも落ち着いている高村が、数日後には珍しく講義室の前で待ち受けて、近くの喫茶店に無理矢理誘われた。
「あれほど真面目に講義を受けるように言うお前が今日はどうした」
と席に着くなり珍しく血相を変えて慌てる高村を見て驚いた。そこで高村は珈琲を注文する前に坂部に「あの女が急にサークルの勧誘にやって来たのはお前が紹介したのか」と問われた。どうやら今朝校門の前でサークルの勧誘を受けたが、そいつが和久井佳乃子と知って振り切って飛んで来たようだ。
「いや俺はひと言もお前の事を言ってない。あの女が勝手に自分で勧誘に行って偶然会ったのだろう」
と言っても「お前から話を聴いた後ではどうも腑に落ちない」と聞き入れない。
そこでそれほどまでにして付き合いだした佳乃子ちゃんが、急に降り出した雨で雨宿りを口実にやって来たが、どうもそれは高村の事を訊きに来たから俺は断ったよ。
その日は来るなり佳乃子ちゃんは五千円で売り付けた壺が、入り口の傘入れ代わりに置いて有るを見て驚いていた。バカねこんな傘立てなら百均で売っているわよ、と知らされても恨めない女だった。確かに顔立ちは良いが取って付けたような器量が気になった。
よくよく聞くと此の壺は彼女の伯父がやっている陶芸教室で、毎回出来る焼き具合の悪い不良品らしい。それをたたき割らずに引き取って来ただけに、日用品以外の別な価値を付けて売るらしい。
「それを買わされたのかお前はいいカモだろうなあ」
「そうでもないらしい」
最初に原価がただでも、金持ちの息子には十万で売り付けているから「あなたは良い買い物をしたと思わないとバチが当たる」と言われてしまった。しかしそんな
「だからそんな彼女が急に雨宿りに来たのだ」
「ただの壺を吹っかけられてよく部屋に入れてやるよなあ」
「余り降ってなくてもお前の事で雨宿りに来れば断り切れないだろう」
高村も悪い気がしなくて苦笑いしている。
「何故俺のことを知ってるんだ」
だから最初に言ったように俺も彼女に問い質した。
「どうやらその陶芸教室に福井から来てる
「おやじは派手に事業をしてるから山間の田舎では目立つんだ。でもそんな田舎から京都の大学へ来ている者が居るとは知らなかったなあ」
そんな地元の名士なら佳乃子ちゃんは直ぐに嗅ぎつけるだろう。それを云うとあたしは犬じゃないわよと一蹴された。
「いつも愛想の良い八方美人の佳乃子ちゃんに初めてそんな風に言われりゃこっちは八方塞がりになっちゃってそんな邪険にされればいつもの美人が台無しだよ」
と言うと彼女は急にお淑やかになった。
「そう言われたのはあなたが初めてね」
「裕介にもあの壺を売るつもりか」
と言ってやると彼女は「そんなええとこの子のボンボンなら壺よりあたし自身を売り付けてやる」と息巻いているから気をつけろと言ってやった。
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