第2話 新学期

 そんな風にして新学期が始まって二人はいつも学食で顔を合わせていた。大学内の情報に関しては坂部の方が学業を二の次にして集めていた。一方の高村は全くの正反対で講義を聴く以外は洒落たワンルームマンションに籠もって勉強していた。授業のないときはお互い見知った住まいを往復しているが、そんな訳で行動力の違う二人が大学での唯一の接点が昼食に立ち寄る学食だった。最初の頃の話題は合格発表の日に決めた住まいだ。

 あの日は大学を出て直ぐ近くの不動産屋へ立ち寄った。先ず坂部が四十がらみの中年の男にこの近くで一番安い物件を探してもらった。

 坂部は築四十年はする木造二階建て一階と二階を合わせて四部屋でどの部屋も必ず角部屋になるが、通りに面しておらず細い路地を通り抜けた奥にあった。そのため重機が入らず立て替えも出来ずに、今日までそのままの状態であるのが坂部のアパートだ。

 高村は広い道路から大型車は通れないが、普通車なら十分離合できる道路に面して近くに公園もあり長閑な住宅街にあった。ワンルームマンションだけに結構学生以外にも若い女性にも人気のある総合住宅だ。そこからかなり奥まった路地を幾つか通り抜けたところに坂部のアパートがある。二人の住まいは紹介した不動産屋から歩いて十分以内だから、高村も坂部も此の時にはお互いの物件紹介に一緒に立ち会って部屋を見たが、その違いには何も口を挟まなかった。そこには紛れもなく同情心でなく、お互い干渉されたくない、と云う共通の概念が働いているようだ。

 このように住まいは近く、用があれば頻繁に行き来できるが、生活習慣の違いから余り顔を合わさなかった。数科目を除いて授業科目もほとんど別々なので唯一顔を合わせるのが昼の学食だった。

 坂部はいつも本日のランチメニューで、高村は一ランク上の物を食べていた。しかし特にこれを問題視する事もなく、食卓で会えば和気藹々と語り合っていた。不思議とこの二人は云いたいことは言うが、そこに悪意も軽蔑も含まれていない、ただお互いにわきまえているのだ。普通ならここまで辿り着くにはもっと多くの信頼関係を築く時間がこの二人には必要なかった。強いて言うならば出会った時に築かれたのだろう。だがこの二人にはそれが特異な出来事でもなくごく自然に世間で謂う普通に出来上がっただけだ。

 大学生活にようやく慣れた頃に坂部は有るサークルに入った。この日は坂部が最近になって入ったサークルが話題になった。

「何だそのサークルは」

 高村は此の学食では高級の部類に入り、皿からはみ出しそうな厚い牛ステーキをナイフとフォークで切り分けて、それからおもむろに箸を使って食べ出した。それを観察しながら坂部は「俺も良く解らん」と云って不純な動機を説明した。

 その前に坂部が入ったサークルは部員集めなのか、大体わけの分からない超自然現象研究会とか云う、おかしな名前が付いていた。高村に何だそれはと言われたが、入部した本人も本当の処はまだ解らない。ただチラシを持ってサークルへの勧誘を勧める和久井佳乃子わくいかなこちゃんに一目惚れしたのだ。今のところ二ヶ月前に此のかわいこちゃんに呼び止められたと云うから入学早々で「それだけか」と裕介に言われてまあ早い話がそうらしい。

 その時は、おう逆ナンパか凄い大学へ入ったもんだなあ、と半ば浮かれていると突然チラシを渡された。ハア? と浮かぬ顔をしていると、しめたと相手に思われたのか、機関銃のような言葉で説明を浴びて、訳の分からぬままに入部させられた。しかしこの二ヶ月でこのサークルの特異性が見えて来た。それは何だと思うと高村に謎掛けをしたが、鼻の下を伸ばして入ったサークルなんか知るわけないだろうと一蹴された。

「そうは云ってもこの大学では今はお前以外に誰も知らないんだ。そこへ可愛い女の子が寄って来れば理由の如何いかんに関わらず先ずは話に乗ってやるだろう」

 坂部の場合はあれほどの猛勉強の反動から入学できれば肩の荷が降りれば、学業以外に関心して入ったのだろうと想像が付いた。それでも入ったサークルの女に、福を招く猫ならず幸運が現れるという変な壺を売りに来たが、金が無いと云うと置いて行った。そのヘンテコな壺はあの古いアパートには良く馴染んでいるらしい。しかし梅雨に入ると狭い入り口の半畳にも満たない三和土たたきが雨の強い日は水浸しになる。それで見かねてあの壺を丈は短いが、傘立て代わりにしてからは、案外役に立つと気にならなくなった。そこで高村は最近見掛けたあの壺には、そんな経緯いきさつが有ったのかと笑われてしまった。

「お前があんな壺をまして傘立ての代用でも買うわけないが、置いて行った相手はどんな女だ」

「人聞きの悪いことを言うな」

 と坂部は言動とは裏腹に、頬が一瞬うっすらと染まったのを、高村は見逃さなかった。

「入学式が終わってあれほど盛んに新入生の勧誘をやっていたと云うのに、なんだお前はまだ色んな部活に出会ったことがないのか」

 どうやら高村には講義にしか興味はなく、授業時間以外は校内をたむろしない。ましてそんなサークル活動の勧誘にまで物見遊山で行ったりはしないそうだ。それで大学生活が始まったと言うのに教室以外では余り見かけなかった。それを言うと逆に何しに大学に来たんだと一喝される。勿論そこには学費を無駄にするなという高村の親心から来ているから胸に応えた。


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