それで如何するか(辿り着けない世界・夜叉ケ池)
和之
第1話 合格発表の日
大学の合格発表の日に余り期待出来ない足取りで、駅の改札を抜けるダサイ姿の男が居た。その手前で彼とは逆に薄手のジャケットに細く見えるバギーパンツ姿の軽い足取りで改札を抜けていく男が居た。
えらい自信家だなあと見送りながらバス停へ向かった。始発のバス停にはさっき追い抜いた男が、さっきの勢いは陰を潜めて片手に持った文庫本を見ながら立っていた。その姿は
やがてバスが来て、バス停に早くに来て一番に乗ったのは良いが、バスは始発駅で満員発車した。最初に乗った慣れない受験生の二人は、大学までは距離があると安堵してその内に空いて来るだろうと、当然最後部座席に座った。通勤する地元の人達は途中の四条通で降りたが、そこから今度は阪急電車で来た乗客でまた一杯になった。
「途中で乗客がすっかり入れ替わるなんて此処は凄い街だなあ、普通は段々減っていって最後はのんびり出来るのに」
と言われて同感だった。それを察したように高村は、ひょっとして地方からかと聞かれて頷いた。するとそこでまた福井県だと出身地を言われて、まだ受験結果も判らないのに坂部も若狭だと、云わなくても良いのに言ってしまった。これで二人とも不合格なら問題ないが、いやこの場以外では大問題だが、どう見ても高村の余裕に蹴落とされそうだ。
それでも受験生の二人は、郷里の田舎と違って、朝からの此の人の混み具合には眼を丸くしていた。目的の大学に近付いたが、乗り降りが激しくてバスの中は一向に空いてこない。この頃には始発から一緒に座っていた二人も、どうやら同じ目的地に向かっていると悟ったようだ。その決定的瞬間が、バスの車内から流れた停車名で二人は此処で、ほぼ同時に降車ボタンに手が重なった。そこで二人は顔を見合わせて苦笑いしたが、次の試練は最後部の座席から一番前の降り口まで、どうやって行くかとまた二人は見合わせた。
「合格発表の前にこんな試練が待ち受けているのか」
と坂部は、何だこれはまだ大学の合否を知るだけなのにと、此の難関に悲観した。
「ものは思いようですよ都会生活の洗礼だと思えばいいでしょう」
まだ合否の判らぬうちからこんな洗礼は受けたくない、と坂部は更に身構えてしまった。
「とにかく此の狭い通路を突破しましょう」
「そうだなあー、汝狭き門より挑めと云うからなあ」
これには高村も、気の利いた坂部の言葉に、彼を見直したように眼を丸くした。
「とにかく私が突破口を切り拓きますからしっかり付いてきて下さい」
とインテリにしては頼もしい事を云ってくれるとスッカリ気を良くした。
しゃあないタックルを組んで、中央部の僅かな隙間に、二人は掻き分けるようにただ
こうして大学にやっと着くと、開門を待って真っ先に合格発表の掲示板に齧り付いた。ふたりは受験番号を片手に掲示板と睨めっこする。先に高村が自分の受験番号を見付けた。その瞬間に坂部はドット気落ちしたように、掲示板と格闘する意欲を削ぎ落とされた。高村は彼の受験番号を見て「これはかなり後の方ですから」と先を急がしてくれるのとは裏腹に、じっくりと番号を見る気力が失せ欠けた。その時に高村が急に躍り上がって、有りましたよと坂部の肩を叩いた。この激励は有り難いが、もう掲示板は端の方に差し掛かっていたから、此の悪意なき友情には感謝しつつも今一度確かめた。そこには紛れもなく坂部が手にする受験番号と同じ番号が記されて、思わず二人は手を取り合った。
此の時ほど二人はお互いの合格を知ると、益々その存在が身近に感じられた。そこで地方から出て来ている二人は、近くの不動産屋で住まいの斡旋を頼んだ。此処で二人の家の事情で探す物件が別れた。
二人は出来るだけ近い場所を選んだが、坂部は木造築四十年は超えるという、これには斡旋した方も気が引けるような物件に決めたようだ。一方の高村は洒落たワンルームマンションに決めて、さっそく二人ともその物件を見て契約した。此処でそれぞれの賃貸契約書には
此処で奇しくも二人はお互いの環境と
山陰地方から出て来て、此の春に大学生になった坂部翔樹は、同じく地方の福井から来ている高村裕介とはこのようにして友達になった。
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