第七話 うらぐはし鎌売
「だっ、駄目だああ!」
野太い
小太りの
「父のうらぐはし(スイートBaby)
と言った。
竹のようにまっすぐ立つ凛々しい
「あなたっ!
「ちょっと?! 二人きりで歩くんだぞ?」
叫んだ父があたしの方を向き、両手を空中でぶんぶん振り回し、
「やはり行かせられない。ててて手でも繋ぐつもりかもしれないんだぞ?!」
と言った。
あたしは無言のまま、げんなりした目で父の
もう手は何回も握られました、とは、とても言えない。
兄、
「父上。もし手を繋いだとしても、冷静に考えてみれば、何がどうなるわけでもありません。ここは
母刀自が、
「これ以上、
ぴしゃりと言い、
「ひっ!」
あきらかに父が
しかし、眉をたて、
「だっ、駄目だ駄目だ! いくら愛する妻の言葉でも、オレは市歩きを許さ───ん!」
と叫んだ。
ちなみに、父が母刀自を呼ぶ時は、愛するとか、恋しいをつけて呼ぶ。これは母刀自の定めた、
母刀自の眉間がぴくぴくと動いた。
ふいに、
「あっ! 何を!」
父が驚いて、じたばたする。
「父上。───よもや、これまで。鎌売、……行け!」
億野麻呂は
何の
とあたしは呆れるが、つきあっているのもバカバカしいので、さっさと、
「では、行って参ります。たたら濃き日をや(良き日を)。」
綺麗に礼の姿勢をとり、部屋を退出する。
「わあ〜、父のうらぐはし鎌売〜!」
「ちょっとおー?! 離してぇぇ!」
「父上。これも父上を
今ならまだ、母刀自のお仕置きはほどほどで済むでしょう。
不肖の息子をお許しください……!」
「あ、な、た───ぁ。」
直後、ああああ〜ん。という
「あっ、鎌売、ご両親に挨拶を……。」
と言いかけるが、あたしはそれを遮り、
「さっさと行くわよ。父上に見つかると厄介です。」
と、足を止めず、門を出る。
ピューロㇿーオォ……
ピュ────ッ……
空の高いところで、
秋の白い
「う〜ん。」
あたしは両腕を上にあげて、思い切り伸びをする。
穏やかに吹き抜ける、乾いた風が涼しい。
道端には、いちしの花(
あたしはいちしの花が好きだ。
花の華やかさも良いが、一本の花の背が高く、
天に向かって真っ直ぐ立つ。
そのような、物言わぬ花の意思を感じるようで、あたしはいちしの花が好きだ。
食料、衣、装飾品、
よく探せば、奈良から流れてきたのか、という掘り出し物に出会える事もある。
昼をすぎ、
「めーやすし(
「うちのは美味しいよ!」
物売りの声が市歩きに華を添える。
「さて、今日はどうしましょうか。」
歩きながら隣の八十敷に訊くと、
「ぶらぶらと歩こう。何か欲しいものがあれば、言ってくれ。お腹は
と優しい笑顔で言う。
「うふふ、バカね。昼餉を食べたばかりじゃない。
と、くすりと笑うと、八十敷が目を細めて、
「そういう顔も、恋しい。」
と笑顔を深くした。
「まっ、本当、バカね。」
とあたしは
(……そんなまっすぐ言われると、照れるじゃない。)
「あそこで
そう言うと、
「良し。」
と、さっそく八十敷が、道端に台を置いて瓜を売っている
八十敷が交渉の末、一握りの米が入った麻袋と、大きく切った二切れの瓜を交換した。
ちょうど、座って食べれるよう、丸太を切っただけの倚子が近くに用意されている。
腰掛けながら、あたしは片眉をつりあげ、
「甘いでしょうね? 甘くなかったら、どうなるかわかってる?」
と意地悪く言った。
緑の縞模様の瓜、食べてみないと甘いかはわからない。
「……あの瓜を売ってる
顔をしかめ、八十敷は低い声で答えた。あたしが瓜を食べるのを、注視する。
あたしは、しゃくっ、と水気のある音をたてながら瓜を食べた。
「甘いわね。」
そうニヤリと笑って言うと、八十敷が息を吐き、ぽろりとこぼした。
「どうして、おまえってそう……。」
「意地悪かって?」
まさしく意地悪な笑顔をしたまま、あたしは切り込んだ。
まずい、という顔をした八十敷は、ぴっと背筋を伸ばし、
「あ、いや……。」
と訂正しようとするが、
「あたしはこういう性格なの。ずっとそう。あたしこそ、どうしてってあなたに訊きたいわ。なんで、あたしをそんなに……?」
そんなに恋うてくれるの?
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