第八話 丸鶏と浄酒と八十敷
「やっぱり、頬を張られてから、だな。」
言いにくそうに、八十敷は鼻の頭をぽりぽりとかいた。
それから、あたしを見て破顔した。目尻が下がっている。
「おまえのような
鎌売が良い。
必要とあらば、どんな
オレが一生を共に歩む
おまえと家柄の釣り合いがとれていたのは
「あたし、こんなに意地悪なのに?」
「それでも、鎌売が良い。」
「ふふっ。」
あたしは、信じられないことに……とても上機嫌になり、大きな口でしゃくしゃくと瓜を食べてしまった。
なんで、こんなに、心が弾むような気持ちになるのだろう。
「なあ、鎌売……、そろそろ、あり
真摯に言葉を重ねる
……実は、
「婚姻しても、あたしを女官として務めさせてください。」
と
「ほほほ……。
除外は
いくら名家の出身でも、己にそんなに価値があるとでも?」
と鼻で笑われた。
「あたしには、
今は誰のお
とあたしは己の心をぶつけたが、女嬬は上品にほほほ、と笑い、あたしをバカにした目で見るだけだった。
八十敷が婚姻後も女官を続ける事を許してくれても、実際、女官を続けるのは並大抵のことではないであろう。
ちなみに、
今は、
女嬬は、後ろ盾がいなくなれば、あっという間に零落する……。
「ふふふっ! 駄目よ、だーめ、だめ……。まだまだ、あり
あたしは上機嫌な笑顔のまま、倚子を立ち、瓜の食べかすを、瓜売りの台の横に用意された大きな
くるり、倚子に座ったままの八十敷を振り返る。
八十敷は瓜を食べいそぐ。
道端のいちしの花(曼珠沙華)が、秋風に優しく揺れる。
たくさんの人で賑わう道を、二人でぶらぶらと歩く。
「あともう一つ。どうして、そんなに、婚姻をいそぐの?
二十歳まで待てば婚姻するって、もう母刀自を通じて、正式に約束をしたでしょう?」
あたしが疑問を口にすると、隣りを歩く八十敷がいたずらっぽく笑って、顔をあたしの耳元に近づけ、
「早くさ寝したい。」
「バッ……!」
あまりの言葉に口が強張って、バカ、と上手く発音できなかった。
かわりに電光石火、八十敷の額をぴしゃりと叩いてやった。
「痛ぇ。」
「本当、バカ!
あたしは立ち止まった八十敷を放っておいてずんずん先を歩いた。
「待てよぉ。」
情けない声で八十敷が追いかけてくる。
随分歩いたところで、
「鎌売、ここ、寄りたい。丸鶏の塩焼き。良く来るんだ。美味いぞ。」
と、八十敷があたしの袖をひいた。
「あたしは、そこまでお腹空いてないわよ?」
「いい。オレが食べるから。鎌売はつきあってくれるだけで。」
「そう?」
と、丸鶏を焼く香ばしい匂いがぷうんと漂う店に、二人ではいる。
机と倚子がたくさん揃えられた店内。
客も多く、わりと繁盛しているようだ。
八十敷は丸鶏と
「ん〜、薄い。ほとんど水。」
一口、
「はは、そう言うな。
からりと笑った八十敷は、
(?)
何のつもりか、あたしは目で問う。
八十敷は、ふっと笑った。
「
この店は、まだ若い意氣瀬さまと二人で、
オレが絶品だ、って言ったら、どうしても食べる、息抜きがしたい、って意氣瀬さまは
八十敷は、じっと誰も座っていない倚子を見た。
「身体が弱い御方だった。たしかに長生きはできなかったかもしれん。
でも、あまりに早く逝きすぎだ。
オレは、
「八十敷……、あなたのせいじゃないわ。」
「いや、今でも思う。もし、オレがあそこで、もっと意氣瀬さまを探していたら。オレは、己の命欲しさに……。」
「八十敷。」
あたしは右腕をのばして、ぺち、と八十敷の左頬を優しく打った。
そよ、と優しく
「あの状況じゃ、無理よ。
それに意氣瀬さまの亡骸には、腹に剣が突き刺さっていたのでしょう?
あたし達が踏み込んだ時には、もう手遅れだったのよ。
あまり
「ふ……、ありがとう、鎌売。」
八十敷は温かい目であたしを見て、笑った。
丸鶏の塩焼きの店を出たあと、南大路をずっと歩くと、大きな敷地に建物が建設途中なのが見えた。
敷地と道の
敷地内を覗くと、木材が山積みとなっており、日焼けした
だが、敷地はめぼしい建物がない。
「国分寺だな。」
「まだ
「するだろ。案外、オレ達の子供が完成した国分寺に参拝したりしてな。」
「まっ……!」
いちいち、返答が困ることを言わないで欲しい。
↓挿し絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330664666121524
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