紅艶 〜椿売と鎌売〜
加須 千花
椿売の章
第一話 三人の新しい女官
天平十七年四月甲寅
是日通夜地震、三日三夜、美濃国櫓館正倉、仏寺堂塔、百姓廬舍、触処崩壊。
───
この日夜を通して
「
* * *
四月
───まだ四月の夜は寒い。
「こふっ、こふ……。」
倚子に座った
もう二十一歳の大人の
その事を忌まわしい、と思う。
背が高いのでそこまで貧相には見えないはずだが、肌の色は常に青白く、身体の線も
「まあ、いけません。お身体を冷やしては。すぐ
四十歳半ばになろうという
「
さ、挨拶なさい。」
「
三人のうち、ひときわ美しい
堂々とし、優雅な所作。
己の……おそらく容姿に自信があるのだろう。
笑顔が華やかであった。
「
丸顔で、優しげな雰囲気の
「
「いずれも、家柄の良い
意味ありげに、
たしかに、
それぞれ、
すでに
一人?
いや、三人まるごと、
(やれやれ……。)
父上が、良き家柄の
(この身体の弱い
今日、選ばなくても良いであろう。
「名は覚えた。」
下がれ、と言おうとして、
こう。
こう。こう。こう。
たちまちに、野鳥が一斉に鳴きだした。
ぎゃあ。こう。こう。ぎゃあ。
外の騒がしさに、
「……なんだ?」
と
ズズズ……。
不気味な地鳴りがし、
大地から突き上げるような振動があり、まっすぐなはずの床がわななき、大きな
「きゃああああ!」
優しい雰囲気の女官、
「落ち着け! 大丈夫だ!」
「はっ……、はっ……、
机の上の
床にも
鋭い顔の
目があうと、ニコリともせず、
「割れたら困ります。」
とだけ言った。
ひときわ美しい
とくに慌てた様子もなく、平然としている。
目があったら、にこっ、と華やかに笑った。
(……へえ。)
どういう
「もう大丈夫だ。」
己の胸で震える
「
丸い顔。うっとりした目で、頬が赤かった。
いつまでも自分から離れようとしないので、意氣瀬は苦笑し、一歩下がった。
「意氣瀬さま、あれを!」
ふくよかな身体を揺すりながら外に這い出していった
皆で外に出ると、
「おお……。」
夜空の闇を割いて、西の空が赤い。
不気味なほどの赤黒さだ。
何か恐ろしい天変地異が起こっているに違いない。
思わず、背筋をぶるりと震わせる。
と、
「こふ、こふっ!」
咳がこみあげた。
夜気を吸ったからだ。
(このような時にまで。忌々しい……。)
背中をさする手があった。
しっとりと微笑みながら、こちらを案ずるように背中をさする。
その顔には、今しがたの地震も、この空の異様さも、まるで映っていないかのようだ……。
「恐ろしくないのか?」
問うと、
「地震がですか?」
大きく煌めく黒い瞳が、こちらの顔を捉えた。
また、地鳴りがし、大地が細かく
「きゃ……。」
久君美良が、たまらず、といった風にその場にしゃがみこんだ。
ど、
と先程より小さな
意氣瀬は思わず、その手を掴んだ。
椿売は微笑みを浮かべた。
意氣瀬も、椿売も縦に揺れる。
すぐに
「そこまで怖くはありませんわ。」
と、握られた手をそのままに、一言だけ椿売は言った。
柔らかい手。
華やかで、謎めいた微笑み。
───まさしく、
椿売の面影は、その後いつまでも意氣瀬から離れなかった。
↓手書きの挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330663499422271
* * *
※地=なゐ、
震り=ふり。
地震を、やまと言葉でなゐふりと言います。
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