第40話 死、そして決着
戦闘の終わりは来るはずだった。核は粉々に砕け散ったが、中から出てきたのは巨大な臓器のようにも見える球体だった。終わりはまだ見えず、理は息絶えてはいなかった。
「そろそろか。終わらせるとしよう。」
理の球体からは青白い液体が噴き出し、辺りを染めていた。痛手は与えられたようだったが、次も同じような攻撃を要求されたのだ。
また戦闘が開始され、近接と遠距離の両方から理にアプローチを仕掛けた。理はこれまでも戦力を惜しむことは無かったが、弱ったダバスドたちには力が強まっていくように感じた。それもそうで、単調な魔法ではなく、ダバスドたちが飛ばされたような複雑な複合魔法を連発し、ダバスドたちを死へと近づけていった。雷は撃たれると共に燃え上がり、突風はあられを含んだ吹雪を生み出し、レーザーは屈折して角度を変えた。その範囲は膨大で、常に誰かには当たるように放たれ、もはや防壁は意味をなさなかった。それを耐え、躱しながら前衛の二人は連携を取り、核を守ろうとする触手や、骨格を削いでいっていた。
「リペロ。君はもう限界だ。下がれ。」
炎の防壁を再設置し、弾丸を射出しながらフライマは前衛に近づいた。リペロはタンクとして、多くの攻撃を受け止め、守るという役目を果たしていたため、体中が傷だらけになっていた。回復に集中できれば再び最前線に復帰できるため、自分が前線に入ることにし、オルテンの方へと向かわせた。
「助かるよー。じゃあ下がるね。」
防壁は理の攻撃を一度止め、リペロに下がる猶予を与えた。彼女はバックステップで距離を取り、降り注ぐ魔法を弾きながらオルテンの方へ下がった。
「死からは逃れられない。黙示録を見たな?人類の使徒はどのような最期を迎えたか、覚えているか?」
理は奇妙なことを言い放ち、ダバスドの攻撃を避けて後ろに引いた。黙示録を隅々まで読んだことのあるのはオルテンだけのため、この意味が解るのは彼女だけだった。彼女がその意味を解き、ハッと声を上げると共に、一面は暗転し、静寂が時を包んだ。
その暗転が止み、辺りに光が取り戻されると、リペロが居た場所に、大きく、彼女を象ったしっかりとした台座のある石像が立っており、彼女はそれに潰されてペースト状になっていた。黙示録の一節には人類が混沌を払うために使徒を派遣するが、"神"の裁きによって一斉に首を落とされるというものがあった。理はこれを啓示し、傷ついた彼女に死を送ったのだ。理の言った通り逃れられるものではなく、攻撃が開始されれば死ぬしかなかったのだ。幸い、一度に何度もできるわけではなく、発動までに時間が掛かるが、長引けばどれだけ強くとも、このように一瞬で命が終わらされることが判明した。
「ダバスド、カバーはする。こう見えて至近距離の戦闘も可能だ。得意ではないがな。」
フライマがダバスドの元へ到着し、彼の治療を初めながら次の攻撃に備えた。リペロが居なくなった以上、ダバスドだけで核を狙うのは不可能に近いため予定を決行した。オルテンも若干距離を詰め、なるべく固まって行動することに決めた。
オルテンは集中し、理と同じく複合魔法を生み出して対抗した。リュースを葬った時に行ったような複雑な術式を組み、攻撃だけでなく防御も行った。ダバスドたちには攻撃を反射し、魔法を吸収するバリアを張った。当然、彼女は無理をし、守るという名目を除けば、その魔法は苦労に見合ったものではなかった。攻撃も残存し続け、雷は周辺を撃ちながら何度も理の元へ帰り、直撃と共に凍らせるものや、土が盛り上がり爆発し、爆風で舞い上がった岩が更に爆発するなど、非常に手の込んだ、おそらく彼女にしかできないことを一度に幾つも行った。中には大魔法も含まれ、旋風が何度も往来し、理の翼に似た部分の大半をごっそり持って行ったりもしていた。
「オルテン。十分だ。直ぐに決着を付けよう。」
その間にもダバスドは理に刃を振るい、何度か攻撃を核に当てていた。核は見た目に反して固く、剣は通るものの、未だ破壊されることは無かった。フライマも弾丸だけでなく、火を鉤爪のような形で実態を持たせ、それで攻防を行っていた。理の近接攻撃も、先の見えないものばかりではなく、魔法も使われダバスドたちが使う魔法を打ち消したが、オルテンのバリアが致死性の高いものは防いでいた。
「ああ、次だ。」
理はふとそう言い、翼を広げた。またもあの攻撃が来ると思ったが違った。フライマの前に目にもとまらぬ速度で移動し、無数の剣で囲い、彼を貫いた。バリアは簡単に割れ、剣の刀身は様々な火や水、雷などの魔法を帯び、それを突破したのだった。彼は弾丸で骨格を撃ち割り、完全に核をむき出しにしたが、無残にも全身を突かれ、溢れ出る血に染まりながら崩れた。
「フライマ!よくここまで耐えたよ…また、俺たちだけだな。オルテン。」
ダバスドやリペロのように守る手段が多くないフライマがここまで前線で戦えたのは、信じがたいことだった。彼は何度も弾丸を帰らせ、自分の周りを周回させるようにして、相手の攻撃にそれを合わせたり、本体へ打ち出したりしていたのだ。炎も自在に使い、それを防壁だけに使わず、攻撃の手段としても存分に扱っていた。
「そうね…もう守るモノは無いわ…」
オルテンはそう言ったが、彼女の攻撃を遮るべく、理はダバスドの前に立ちはだかり、翼を増幅させて、切り離し、彼を取り囲んだ。オルテンからは完全に壁がダバスドと理を囲っており、攻撃を届けることは出来なかった。
「一対一か?上等だ。この距離なら仕留められるぞ。」
壁は大きく、中はまるでアリーナのようになったが、ダバスドには好都合に感じた。接近できる。というただそれだけの理由でしかなかったが。
「そうか?お前だけに集中すれば、いとも簡単な事よ。」
理は笑い、熾烈な近接戦闘が始まった。普通にやって勝てるものではなく、その圧倒的な手数の前にはダバスドは倒れるしかなかった。彼は食らいつき、核の目の前へと氷で自分を飛ばし、移動した。そこは格好の餌食で、四方八方から理の触手や、現れた剣などが彼を刺した。理はそのまま押し出し、核に触らせないようにした。
「討伐者とは儚いものだな…これが終わり。先もなく、未来も無くなる。して、俺はたまに無茶をするんだ。未来では俺も名が残っているか?」
ダバスドは体中に氷を張り、理と自身を密着させた。それは決死の覚悟で、彼が唯一今の状況で勝てる手段でもあった。当然、圧倒的な力を誇る理の攻撃により、体中の肉が離れ、脆くなった部分から粉々になっていた。その状態で、残した腕で何度も核へ剣を突き刺した。どれだけ自分の体に被害が出ようとも、それを止めることなく繰り返した。レリックは共鳴し、光り輝き、ダバスドの刺突の威力を底上げした。どんどん傷は深くなり、ついには剣の柄まで到達し、刺さったままになった。ほぼ一瞬の出来事だったが、彼の体はバラバラに成り、原型を留めなくなった。最後に残った首を理が跳ね、その首を土の塊で潰した。
「本当に無茶をする。こんな命を惜しまない者がいるとは。油断をした。」
理は疲弊しきった様子だが、悲しくも死なずに浮いていた。翼の障壁は崩れ、オルテンと対峙することになった。オルテンは必死にそれを突破するために魔法を放っていたが、なぜかどんな魔法も通用せず、破壊できずにいた。そして残った理を見て、目の前の赤いかき氷がダバスドだと確信し、オルテンの悲愴に撃針が走ることとなった。嗚咽するような感情が彼女を満たすが、彼の残した未来を繋ぐために、唇を強く噛んで感情を押し殺した。
「あと一歩。あんたは後一撃、それで死ぬところまで来た…」
剣は突き刺さったままで、ダバスドが生み出したと思しき炎が微かに揺らめいていた。相手の吹き出る青白い体液が血であるならば、出血多量でも死んでしまいそうな勢いだった。それに追い打ちを掛けることができれば、確実に勝利があった。
「かもしれない。しかし、時は満ちた。裁きの時だ。」
また暗転し、オルテンにも死が訪れる。パーティは全滅する。人類が生き残る妥協案すら彼らが投げ捨てた形で。それが終わると、彼女の石像に潰された彼女がそこにはいた。しかし、上半身は無事で、もうじき死ぬが息をしていた。
「使いたくは…無かった…こんな死は冷たいな…」
オルテンは多量の血を吐きながら、真っ赤に染まった魔導書を抱えていた。彼女が抱えていたそれは呪われたもので、その封印を彼女が解いたことでなんとか生きていたのだ。それを解いてしまった彼女はどのみち死が確定しており、魔法と寿命を取り換えるというものだった。
「死から逃れるとは。だが、その詠唱は間に合わん。」
理は最後に残ったオルテンを倒すため力を溜める。跡形もなく消し去り、呪い以外の魔法でも対抗できない程の。それは一点に集中し放たれたが、理に謎の衝撃が加わり、それは結果的にオルテンの右半身を焼くこととなった。
「ヒーローキーック!はっはっは。一度やってみたかったんだよねー。」
リペロが遠くから走ってきて理に飛び蹴りを放ち、位置をずらしたのだった。
「汝、なぜ生きている…」
完全に死角からの攻撃で、それも確実に死を与えた相手が生きてそこに居たのだ。彼女は間違いなく、裁きに巻き込まれていたはずだった。
「私も、呪われてるから…レリックでね。そこの虫の息さんと同じでもうすぐ死ぬけどー。」
リペロは体が半分溶けてしまっているオルテンを顎で指した。リペロは潰されたとき、液化し、時間をかけてその体を再構築していた。彼女の言うとおり、彼女のそれはカースドレリックによる力で、それを取ることはもうできず、その代償に体は崩れていく事になるのだ。
すると、オルテンの残滓が成就し、呪われた大魔法が発動した。理の周りの空間がそれごと圧縮され、捻じ曲げられ、潰れていった。鼓膜が破れる程の音と、あらゆる衝撃を閉じ込めたかのような破壊が、周りにあったもの全てを巻き込み、それらは闇に飲まれていくかのように消えていった。空間が圧縮されたことで周りのモノをどんどん巻き込んで亀裂も大きくなり、石像や、残っていた瓦礫なども全てがそれに飲まれては消えていった。オルテンの死体もそれに巻き込まれていき、最後にはどこまでも続く空間と、理の核の一部だけが残っていた。
攻撃が終わると、その空間に沢山のモノが出てきて、地面に落ちた。これらは理が攻撃に使っていた武器や消したフライマの弾丸、最初この空間に無かった様々なもので、出て来た傍から地面に落ちていった。それは理の力が亡くなったことを示していた。その中で、異質で巨大なガラス玉が出現し、落ちてその中身をぶちまけた。その中身はアポカルの赤子たちで、無機質な見た目だったが鼓動があり、息をしていた。それらが床に大量に散らばり、後から後から赤子だけが出現しては地面に落ちていった。
「とどめは刺してあげる。まだ生きてるようだから。」
有象無象が落ちていっている中、リペロはその赤子を踏みつぶしながら、鎌を引きずって核の元へ歩いていった。どうやってか彼女はオルテンの攻撃を避け、一命を取りとめていた。今に死んでもおかしくなく、体はボロボロと崩れ出していた。だから、このとどめが最期の役目だった。死神のように命を潰しながら、理の場所までたどり着く。
「わた…し…ても…じん…の…レキ…」
壊れた機械のように理は遺言のような言葉を残そうとした。リペロは唾を吐きかけ、その魂をもぎ取った。
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