第38話 理
図書館の出口は白い古代文字が掘られた大きな扉だった。ここも他と違い特殊で、ただならぬ気配を纏っていた。その先も、暗く先の見えない螺旋階段で、今までのように踊り場はなく、段差の間に隙間もあるため不気味だった。
照明を点け、それを頼りに上っていったが、来た所が見えなくなった頃にようやく次の扉へとたどり着いた。扉は先程と同じものだったが、左右の壁には豪華な装飾が施され、蝋燭が揺れていた。
「やっと着いたね。いよいよかなぁ。」
扉の前に真っ先にリペロがつき、両手でそれらを開ける準備をした。その行動は警戒が強く、他の人員が援護できるようにとしっかりと考えられたものだった。ダバスドたちが配置に着いたのを確認し、扉を開いた。
中は何処までも広い宇宙のような空間だが、目に見える範囲に既知のものや未知のものが無数に置いていたり浮いていたりした。棚、木、日時計や果物、なんでもあった。この時代にはない自動車や、ライフル、汽車まであり、広々としたこの空間の際限のなさを助長していた。それに紛れるかのようにアポカルが居た。それはやはり特殊個体の様で、無機質な十二面体が中心にあり、それには薄い骨格が覆われ、さらに骨格には十字架が何本も突き刺さっていた。それを胴とするならば、仮面の様な彫があるものが連なり、翼のように左右に広がっていた。体と翼の随所に、三本指のような、触手のような器官がヴェールのように伸び、神々しい見た目をしていた。それは理と言う名にふさわしく、神だと言われても納得できるような風格があった。
理は器用に、まさしく指のように器官を使い、書物を読んでいた。その位置は十二面体の何かの前で、どうもそれが本体で、そこでものを捉えているようだった。ダバスドたちがこの空間に来たことに気づき、理は本を閉じた。敵意を出さず、一礼してから話し始めた。
「人間か。よく来た。皆まで言うな。目的は知っておる。しかし、私に敵意はない。私は調和を目指すことにしたのだ。」
それは優しく話し、本当に敵意を感じ取れなかった。低い男性のような声だが、柔らかく、抱擁感があった。身振り手振りでそれを表し、目の前にいる討伐者たちの警戒心を察知し、近づこうとはしなかった。
「それにしては、道中かなりのもてなしがあったが?」
フライマは矛盾を突き、指で弾丸を転がしていた。変異体のこともあり、特別この個体がこちらに敵意がないという思考は危険だったからだ。
「それについては申し訳ない。あれらは理性が無い故。私は理性を獲得した。これから私が生み出す者たちも同じく理性を持つのだ。ただ戦い、反抗するのでは戦争は終わらない。それが、私が出した答えというわけだ。」
理は手で本を撫で、絵画に手を伸ばした。それは人間が作ったものに見え、言っていることに矛盾のようなものは感じられなかった。
「それで?どうせ世界の半分をよこせ。とか言うんでしょ?やだよー。」
リペロは首を回し、いつでも切りかかりそうな雰囲気だった。最初から戦う以外は考えておらず、相手の思惑に流されたくはなかったのだ。
「調和だ。そんな野暮なことはせん。私は見てきた。人間の未来を。汝らも書庫、「真実の間」でその未来がどうなっているかは知ったはずだ。そう、汝らが進む道に未来はない。だからこそ、我々は共存の道を見つけた。過去に汝らが我々を蹂躙したことなどもう良いのだ。私は汝らの文化が気に入った。いがみ合うのはもうよそうではないか。汝らも私たちを滅ぼすことに重きを置いているわけではないはずだ。」
理は非常に理性的で、人間にとって何が不利な条件かもしっかりと理解して話していた。それを見たダバスドたちは警戒しつつも少し拍子抜けし、腕を組んだ。
「聞こうじゃない…どんな方法?それができるならもうやってるけど…」
オルテンは魔導書を閉じ、話を聞く態勢に入った。防壁は張ったままで、理を見つめた。
「よくぞ聞いてくれた。これを見てくれ。私は人間と我々にとって、どちらも適応できる環境を生み出すことができると知った。これには人類の手も借りなければならない…ただ…」
研究資料を宙に漂わせ、オルテンの元にそれを届けた。そこには未知の素材が書かれていたものの、その道に精通しているオルテンはそれが可能であることは看取できた。しかし、申し訳なさそうに理は口ごもり、目を伏せるように下を向いた。
「なんだ?まだ信用したわけではないぞ?」
ダバスドは問い詰め、吐かせようとした。筋は通っているかもしれないが、そうですかと引き下がるわけにはいかないのだ。理は、致し方ない。というように手を上げ
「その、かなりの犠牲がでる。その素材を作るには臨床実験も必要でな。そもそも、マナの含有量が少ない人間は淘汰されることになる。マナが少なければ、その環境には適応できないのだ。つまり、先ほどで言う所の人口の半分、いやそれ以上は死滅する。だが、それだけの価値はある。その中で人類は繁栄し、子孫も残せる。地球は長く続き、何億年と言う年月を全うできるのだ。我々も理性を持ち、互いにできぬことができるようになり、手を取り合って未来を歩めるのだ。」
と答えた。犠牲と言うことに目を瞑れば、確かに意味のある行為だった。人間が生き残っていく過程で、地球を殺してしまうという問題を解決し、人類滅亡を救う大きな手立てだった。
「この、最終段階の、種族の統治って何?」
オルテンはこの間にも驚くべき速さで資料に目を通し、その内容を頭に入れていた。睨むかのように理を見て、良い話ばかりに耳を傾けなかった。
「私は、いや我々は汝らよりも高度な文明を持つ。その上で我々が先導者となる必要があるのだ。そして、最後には種族そのものを統治し、我々と同じ次元に引き上げるのだ。勿論、人間を無下に扱うようなことはせぬ。権利も尊重し、奴隷のように扱うようなことは決してないと誓おう。」
理が提示した最終段階は全ての存在をアポカルへと昇華させ、それによって高度な文明を維持するということで、現世のダバスドたちには関係のない話ではあった。
「じゃあさ、じゃあさ。あんたらは支配階級の一番上に立って、私たちを導いてくれるってこと?その上で今いる家族とか、その大半が死ぬってこと?他に道もない。」
リペロは楽し気に手を上げ、理に質問した。いつもの様に薄ら笑いを浮かべ。
「そういう事になるな。人類が残るには必須だ。とはいうものの、その犠牲には供養をせねばならんな。我々も、苦労の多い道…」
理が言い終わる前に、フライマの弾丸が理に着弾し、仰け反らせた。フライマはそのままマスケット銃をくるくると回し、こう言った。
「交渉決裂だな。話にならん。結局のところそれは支配だ。そのために適合などと言う理由で、必死に生きている命を殺すことなどできん。」
あまりに行動が早すぎるかもしれないが、他三人も異論はなかった。共存はできるかもしれない。でも、今いる大切な人を多く殺し、何かに上に立たれて操作されるのは嫌だった。そして何より人である以上、人として生まれ、人として生き、人として死にたいのだ。それが形を変えてしまうならば、それは人じゃない。マナを多く含む人間以外を淘汰するというのも、自分たちが長く生きられるように他を苦しみのふるいにかけることと同義なのだ。だから、戦うしかなかった。真の意味でそこに調和があるなら選んでいただろう。だが、人間にとってどちらの未来が理想的かと問われれば一目瞭然だった。また、口ではこういうものの、支配できる立場にあれば支配するというのが知的生命体の常なのだ。人間も、その歴史を懲りることなく辿ってきた。飲むことはできなかった。皆ももう一度戦闘態勢を取り、世界を救う、あるいは滅ぼす準備をした。
「悲しい…誠に悲しい…私は共存の道をようやく見つけたのだ。それを選ばぬというのなら。新時代の、人を超える存在というものを知らしめてやろう。」
今度は女性の声になり、翼を広げた。十二面体、核は七色に光り、ダバスドたちを迎え撃つ姿勢を見せた。これ以上は話し合う必要もなく、どちらかの生存を掛けた戦いが始まるのだ。
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