第37話 善か悪か

 かなり上って来た所、木でできた扉があった。そこしか行く場所はないものの、今までは未知の素材のものばかりだったため、少し警戒を煽ることとなった。ゆっくりと扉を開けると、そこは本棚が並ぶこぢんまりとした書庫で、敵の気配はなく隠れられるよう場所はなかったため、休憩にはもってこいだった。幸い、おあつらえ向きに机と椅子まであり、静かに本を読めそうな場所だったのだ。

 ダバスドたちは奇妙だとは感じたが、城だしそういうものがあってもおかしくはないか。と考え、しばらくここに居ようかとも考えたが、オルテンだけはこの部屋の異質さに直ぐに気づいた。

「ありえないわ…財団の極秘の資料…いや、他の組織のものまで…」

 この空間には本だけでなく、財団が大事に保管しているはずの資料や、他の財団が保有するものまであった。そのどれもがトップシークレットにあたるもので、ここにあるのは明らかにおかしいことだった。

「そんなヤバいのか。まあ、とりあえずは休憩するとしよう。回ってみよう。」

 ダバスドはオルテンがこれまでにない程驚いていたが、何にしても休もうと思った。皆もそれに同意し、各々がこの異質な現場を休憩がてら回ることにしたのだ。

「凄い…まだ知りえない情報まで…これは?どこかの組織のものじゃないわ。嘘偽りはなさそう…へえ…」

 オルテンは驚きと関心と動揺が入り混じり、じっとしていられなかった。目に飛び込んでくる全てが核心に迫るようなもので、知識の大海とも言えるようなこの場所だったが、ここの存在をどうやっても立証できなかった。それでも、食い入るようにそれらを手に取り、自分の知識欲を満たしていた。

「これは…鳴動黙示録。カレンが言ってたやつか。読める。本当だ。歴史に沿っているようだ。これは大昔にあった災害だな。これも、これもか?所々違うが、信憑性は確実にある。…これにも書かれている、より良きモノは混沌を生み出す。どういうことだ?より良きモノ。リュースが言っていたやつか。オルテン。ここに、より良きモノは混沌を生み出すってあるんだが…」

 ダバスドもかつて話題にあった重要な書を見つけ、カレンの言っていたことがなんなく分かった。彼も、普通の部屋では無いと思ったが、それ以上は分からず、狂ったように本棚から本や資料を取り出して積んでいくオルテンに声を掛けた。

「ああ。ごめん。私ったら夢中になっていたわ…鳴動黙示録?確か、人間も混沌に染まるとかも…そっか…それ持ってきて。」

 彼女は少し恥じらいを見せ、落ち着いた。表紙も見せていないのにオルテンはダバスドが何を呼んでいたかを言い当て、自分の中で何かが繋がり、ダバスドを手招いた。ダバスドが傍まで行きそれを手渡すと、オルテンはそれを捲りながら話した。

「そもそも、より良きモノっていうのはアポカルの事を指すんだけど、そう呼ばれているのは起源がアポカルにあって、地球にとってより良い環境を生み出すのがアポカルなの…一度話し合おっか…」

 地球にとってより良い環境という話にダバスドは眉を顰めたので、その様子を見て一から皆に伝えた方が良いと考え、オルテンは皆を机に座らせ、今した話をし、それから続けた。

「それで、鳴動黙示録にある混沌が生まれるっていうのが、人間がアポカルになってアポカルにとっての住まう環境が出来上がる話だって言われてるわ…私たち人間は、元来アポカルを絶滅まで追いやってこの地に根を張った…人間はほぼ全てを人工的に生み出して、自分たちにとって暮らしやすい環境を作っていったわ。今いるこの地球はそもそもアポカルのもの、っていうと語弊があるんだけど、地球が一番良いとされている環境が、アポカルのいる環境よ…酷な話、私たちは自分たちが作り出したその環境にとって害をなす存在を悪って言ってるわけよ…」

 オルテンは机を囲む皆にざっくりと説明をした。アポカルの現在の行動は、長く続いていく地球に戻そうとする大挙で、それを人間が食い止めようとしているという構図だった。通常ならば隠しておかなければいけないことだったが、膨大な秘密を知ってしまい、彼女はここに来たからには彼らにも知る権利があると思った。

「アポカルにとって一番いい環境があるべき姿?それは本当なのか。」

 すんなり受け入れられるわけじゃなく、その可能性に誤りがあることを望んだ。誰しもが、自分たちは正しい。と思いたいものだ。

「変異体。それが動かぬ証拠…地球で生み出されたものがアポカルという性質をちゃんと持っているの。それに適応するために変異するの…これはさっき分かったことだけど。後、要因としてマナ以外だと、変異体になりやすい人は献身的な傾向にあるみたいだわ。そう、本来の姿に戻ろうという意思が強く働くの…」

 オルテンは今しがた繋がった線を開示し、説得力のある説明をした。ダバスドは固唾を飲んだ。今まで変異体とは二度も対峙したが、カレンは言うまでもなく、リュースは故郷を愛し、その傾向に沿っていたのだ。

「じゃあなにかい?本当は地球を蝕む続けてるのは俺たち人類で、生き物までも作ってしまったからそれを基準に考えるようになったと?そういうことなのか?」

 普段、落ち着き払っているフライマもこの事実には目を見開き、思考の展開をせざるを得ない話についていけてなかった。今自分たちを取り巻いている環境が、全て人間自身で生み出したものという事も水を飲むように信じられる話ではない。

「そうよ。だから回帰っていう災害も、鳴動黙示録の混沌を生み出すっていうのも言い当ててるわけね…それと、私たち人間が作る環境がこのまま続けば、あと二百年もしないうちにこの地球は駄目になるみたいよ…そればっかりは信じたくないけど…」

 オルテンは抱えていた資料の束から自分が見た情報を皆に出し、それが事実であることを証明した。それと共に人類が悪だという事を具現化するようなデータを知らせた。それは人類が続いてはいけない決定的な証拠でもあった。中にはダバスドたちの言語ではなく、オルテンにしか読み解けないものもあったが、彼らでも、他の財団などが保有する核心に近い秘密は読むことができた。それらに人類の寿命を紐解くデータは無かったが、変異体や人間の生み出す環境の害について事細かに表記されていた。

「なにそれ、面白―い。じゃあ理殺しちゃったら、どっちにしても人類は滅びるんだ。でも倒すよね。今死ぬか明日死ぬかなら明日死ぬし。」

 リペロに危機感はなく、資料を鼻で嗅ぎ子供のように体を揺らし始めた。と思ったら急に止まり、落ち着いた声でダバスドたちに確認を取った。

「そうね…結局、終わるんだわ…技術で何とかなるかもしれないし…未来を手放す理由にはならないわ…」

 オルテンが変わらなかったことは、その決意だった。ダバスドたち以上に真相を知り、その意味を解っていたが、曲げれない理由も人間にはあるのだ。皆が頷きかけたが、ダバスドは納得できてなかった。

「待ってくれ。だったら、俺たちはその地球を滅ぼす選択をすることになるんだろ?アポカルがいる環境ならもっともっと続いていく星をさ。勿論、皆のやらなくてはいけないって気持ちはわかるんだ。だが、他に道はないのだろうか?」 

 ダバスドは自分たちが人類を救うはずが、その破滅の片棒を担がなければいけないことが気に食わなかった。究極の二択。またも、どうしようもない選択を迫られ、それを選ぶのだが今回ばかりは仕方ないと割り切れなかった。

「分かってるわ…それでも私たちにとって敵なの…確かに私たちは悪かもしれない…でも、あっちも私たちの未来を奪おうとしているのは事実よ?本来の悪とか、そんなの関係ないの…あなたも自分の人生を奪われて、それが善なる行為だなんて認めないでしょ?」

 オルテンの言っていることは一理あった。実際には客観的に見て人類は悪かもしれないが、人間が善悪の判断を持ち、自分たちにとって害を及ぼす存在を悪と言うのも間違いではないからだ。人間にアポカルを惨たらしく蹂躙した歴史があっても、今この瞬間に生きている人間の害になるというのも事実なのだから。それをよくわからない、散々自分たちを苦しめてきた存在のために、この地球を譲るというのは容易なことではない。

「ダバスド、「死に律することなく」だ。これは、それがしが導かれた一つの教えだ。それがしらは直ぐに死、あるいは終わりを基準に物事を判断してしまう。明日もし死んだらとか、死ぬときになったら後悔しないように…とかな。そうじゃなく、終わりがあるからと考えず、今を生きるために何をすべきかと考えるということだ。それがしらは奪い、奴らを苦しめた過去があるかもしれない。しかし、それと自分たちの死を紐づけるのは頂けん。それがしは、人類を守るためではなく、自分の未来を守るために戦うのだ。終わりが来るかもしれない。悪の道かもしれない。だが、そればかり考えて生きられないのなら、生きることを考えればいいのだ。悪は思ったよりも転がっている。」 

 フライマは自分の中にある格言でダバスドを説得した。彼も今回、ただの人類滅亡を止める戦いではないと知ってしまい思う所はあったが、アポカルへの敵意と引き換えに、自分の人生を十分に謳歌しようという気持ちが芽生えた。

「どの視点から悪かを判断するかと聞かれれば人間か。難しいな。それが悪い結果を引き起こすと知っても、この先人間は生きていくんだろうな。」

 ダバスドはフライマの言葉を聞き、自分でもそうするだろうということに気づいてしまった。例えそれが今、まさに誰かを土台に、下敷きに生きていたとして、それを知ってしまったとしてももう、この自分の人生をそれらに捧げて代わりにそれを生かすということはできないものだと。それが未来を導く方法だったとしてもだ。人間は生に縋り、その一度しかない人生を何よりも大切にする。それはここに居る誰もが同じだった。しかし、まだ答えは出せずダバスドは口をつぐんだ。

「鳴動黙示録の最後…なんて書いてあったかしら…そうそう、これも良くできてるわ…情報と一致する…もう一つ、理の目的は、アポカルにとっての地球に戻すことなのは間違いない…その中で、会議では人間が消滅するなんて言ってたけど、滅亡の過程で私たちはアポカルに変異していくらしいわ…つまり、最終的には全員変異体になる。基本的に人間よりアポカルの方が強いから、その過程は変異体による殺戮、今いる誰が誰かわからないまま人類は滅んでいく…それが、混沌を招くって意味だと思うわ…」

 オルテンは黙示録を見た後、資料の束からその一部を引き抜き、指の腹でそこの文をなぞった。その話は、カレンが言っていた話にぴったりと当てはまる様だった。

「昔カレンは、放置すれば概念そのものが瓦解すると言っていた。それも何か関係が?」

 静かに息を吐き、ダバスドはその事実と向き合った。悪しきを浄化するのではなく、調和のために戦っているという彼女の言葉を思い出し、善悪だけで物事を判断するべきではないと少し思えた。

「恐らくは…環境の変化ね。フラッドボイドとか見てきたんでしょ?アイツは世界的な水害を起こす力があったはずだけど、とてもじゃないけど人間に良いものではなかったはずよ?それが全て…この世にあるものの全てが人間に適合しないものになる…という事じゃないかしら…悪いけど、宗教には造詣が深くないわ…鳴動黙示録に頼りすぎるのは良くないわね…」

 宗教の絡む話だったが科学的な証拠とそれは結び付けられ、そうとしか思いようがなくなった。ダバスドは話しているうちに自分ならどうするかという答えに手を取り、戦う意思が再び宿った。最も、全部を理解したわけでもなく、自分たちが悪の権化であっても、自分の生涯は守りたいという決心だ。つまるところ、彼は誰かを守り、誰かを笑顔にして、それを生きがいにするはずが、最終的には自分の人生という、切っても切り離せないものを天秤に置かなくてはならず、その根底を守ることができなければ幸せも未来もないという現実に直面するしかなかったのだ。

「最後に…今話したことは、財団のナルターやランダでも知りえないことよ…中には“人の書いたものじゃないもの”まであった…くれぐれも他言のないようにね…近い将来に滅びることになるって科学的証拠も、今はどうすることもない事実だっていうことは言っておくわ…しかしまあ、酷いものよね。財団は回帰については知ってたんだし、今までもこの地球にとっての害が私たちだっていうことは理解して、討伐者に殲滅を任せてるんだもの…ダバスド、大丈夫?もう少し休む?」

 オルテンはぱたりと本を閉じ、自分たちが帰って、その確定的な恐怖の未来を公言しても仕方がないことを明確にした。そして、ダバスドのつま先をいつかのように軽く踏み宥めた。

「いや、心配いらない…行こう。世界を滅ぼしにな。それでもこの生涯は間違いではなかった。」

 ダバスドは部屋の中央にあった、吊るされてゆらゆらと燃える蝋燭を見上げ軽い皮肉を言った。自分が今まで何のために戦ってきたか。きっと討伐者になったばかりの彼が今のことを知れば、その栄誉や栄光が淀んで見え、将来が潰されただろうが、彼の歩んできた道は確かに明るく、華やかで、自分や他の者のために戦えていた。それが答えだった。今でも彼は未来と、その先に居る自分の大切な人のために刃を振るうのだ。それを守るためには、地球を蝕み、人として生きるしかないのだ。

「良いじゃーん。うちは例え人類を滅ぼしてくれ。っていう依頼でも行くけどね。」

 リペロは両手を頭に回し、けらけらと笑った。正直彼女の思考はまともではないため、全員が冗談かどうか疑ったが、悪い空気にはならなかった。真相に辿り着いたことで、全員の中で戦う意味が膨大に膨れ上がり、これから向かう決戦の地は英雄としてだけでなく、一個人としても非常に濃厚で意味のある場所となった。

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