第35話 閑話休題

 様々な組織が交差し、世界の危機に備えている間、ダバスドとオルテンは落ち着く時間を作ることにした。財団もリュースとの戦闘に勝てたことは奇跡だとも思えるもので、決戦までは休暇を与えることを許可し、大きく動く情勢には関わる必要が無いとした。そういうわけで彼らはそれまでの間休み、日常に溶け込むのだ。

 ダバスドにはまずやることがあった。コープルの遺品整理だ。彼の家は賃貸で、亡くなったことで契約も切れ、新たな住民が使うことになるのだ。引き取れるものはダバスドが引き取り、それを紡ぐためコープルの家のカギを開けてもらい、その一軒家に入った。

「コープルらしい。結構綺麗にしてたんだな。」

 男の部屋と言うのは取っ散らかっていたりするものだが、コープルの部屋は整理整頓が行き渡り、生活感を前面に押し出してはいなかった。何度か家に集まったこともあったが、客人が来なくとも綺麗にしていたことが明らかになった。ダバスドは部屋を回り、彼が生前気に入っていたものなどを探した。

「あっちに行くのは時間もないからな…オルテンが妙案を出してくれて良かった。」

 ダバスドは丁重に包まれた彼の鎖骨を包のまま取り出した。オルテンは弔いの形として彼の遺骨の一部を持ち帰り、それを彼が休まる場所にしようと提案し、埋葬前にそれを取り除きいてきれいな状態でダバスドに渡していた。よって今回は彼への供養の品を探す目的もあった。部屋を回っていると、丁度よさそうなものがダバスドの目に留まった。

「春雷の薬師か。あいつ、普段から薬品の調合をしてたのか?仕事人間だな。」

 普段上がらなかったその部屋には、オルテンの家にあったものと同じような調合台が部屋の奥を陣取り、色鮮やかな薬草やキノコが保存され、エスニックな香りが充満していた。横にあったレポートを見ても、彼が興味を示し、好き好んで研究に明け暮れていたのが現れていた。その一部を供養の品にすることが決まったが、彼の知りえない興味も見つけることができた。彼の衣装棚にはお洒落で、気品のあるものが掛けられ、彼が密かにファッションに興味を示していることが分かったのだ。棚の引き出しからは最新の服などのデッサンも見つかり、それを楽しんでいたことが明らかになった。ダバスドは、武具を揃えるときも、コープルは少し整っているものを選ぶ傾向にあったのを思い出していた。

「まあ、俺が疎いから、この話では盛り上がらなかったな。俺はいつも着れればいいといってたか。今度からは気を遣うことにするよ。」

 ダバスドの目からは涙が流れた。彼の部屋を回り、彼がいない。ということを全身で実感したため、戻ってこない日々があることを痛烈に感じたのだ。今まで抑えてきた憂鬱感がどっと押し寄せる。調合台の椅子に座り、彼の遺骨を優しく握りしめ、声を殺して泣いた。しばらくそうした後、目を開け、顔を上げようとしたところ、調合台の足元に小さな引き出しがあるのに気が付いた。ダバスドは何か彼を感じれるものは無いかと目をこすりながらそれを開けた。中から出てきたのは一枚の封筒だった。表紙には何も書かれておらず、中に紙が入っているだけだった。その中身は手紙で、彼の遺書にも当たるものだった。その手紙にはこう書かれていた。


 最期の言葉やあれこれ

「誰かがこれを読んでいるということは、僕はこの世にいないのかもしれない。それか、強盗とか?だったら盗んだものを正直に返しなさい。謝れば多分許すよ。多分。

 冗談はさておき、僕は今日、英雄になった。人々からは春雷の薬師なんて呼ばれるようになった。だけど、正直言って僕で務まるかは怪しい。僕はそんなものになる予定なんかなかったから。僕は世界を救ったのかな?それは凄いこと?僕にはわからない。討伐者になったのも正直、兄弟の敵から始まったし。でも自分の力に自信がないわけじゃない。ただ、時々戦う意味を失ってしまう。どんなに褒めたたえられても、それがどれだけ良いことなのか僕にはわからないんだ。それはもう、規模が大きすぎるから。自分が世界を救うヒーローになるなんてただの空想みたいなんだ。僕は討伐者としてのゴールはあまり見てない。近いうちにやめて、薬剤師にでもなるのがいいんじゃないかと思えてきた。だから、世界の危機とか、それが僕に果たせるのかとか、よくわからないことが増えたってわけさ。

 最も、この人生に後悔はない。僕には親友もできた。彼はとても心が強い奴で、背負いし不屈なんて呼ばれてる。彼とは大喧嘩したことがあって、その時こいつは約束を無下にしたんだ。って心の中で軽蔑してた。でも彼は、ダバスドは、僕が怒りを覚えたこの世の理不尽に自分で突っ込んでいって、それでも希望を持って前に進むと言い出した。その時に気づいた。僕はなんて小さな基準で物事を判断してたんだろうって。ダバスドはあの時のことをなんとも思っていないけど、いまでも僕の胸の中では罪悪感が溢れ出てくる。本当に心無い言葉を吐いてしまったんだ。それだけが心残りさ。まあ、それがあったからここまで死闘を潜り抜けてこられたのは確かだ。機会のある時に、大きなお礼がしたい。僕の討伐者人生は彼なしでは語れない。ダバスド、もし君がこれを読んでくれているなら嬉しいよ。僕は幸せだった。それだけは言える。もしそうでなかったらこの手紙はないはずだから安心してくれ。気持ちが変わらない限り、書き直すこともなさそうだ。そうだ。やり残したことが一つだけあるんだ。僕の故郷に手紙を送ってくれないか?毎年送っているんだ。僕はいつ死ぬか分からないって散々言ってるからそこまで動揺しないかもだけど、伝えなくちゃね。

 最後まで読んでくれてありがとう。エンドロールはないから、代わりに歌でも歌ってよ。

 コープル」

 コープルの手紙はユーモアがあり、最期の言葉と分かっているのに茶化して明るくしようとしていた。彼らしさ、というものが存分に発揮され、ダバスドは気持ちを軽くするどころか、むせび泣くことになった。ダバスド自身のことまで明記されており、彼が心から敬愛してくれていたことが伝わった。

「お前は、世界を救ったぞ。お礼は届いた。手紙もお安い御用だ。俺もお前に礼が言いたかったよ。」

 散々泣き涙が枯れると、そっと彼の手紙をしまい、呟いた。自分も気づけば世界を救うような人間になっていた。それがどれだけ凄い事かは確かに実感できなかった。自分がこれから行く決戦も、果たして自分がそれを倒すことが世界を救うことになるのかと、線で繋がってくれなかった。ダバスドはただ夢のために進む。それだけで十分だったのかもしれない。栄光が欲しいと願っていた日も、今では懐かしかった。

 彼の中では心の準備が完遂し、後は向かうだけだった。彼もコープルとの出会いが無ければどこかで挫折し、英雄なんて夢のまた夢の話だったかもしれないのだ。オルテンのように、天賦の才があるわけでもなければ、いつだって簡単に勝てたわけでもなかったのだ。いよいよ彼の中でも終着点が見え、明るい未来に手を伸ばすところまで来た。

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