第32話 全滅

 ダバスドのバリアは魔法の終わりまでしっかりと彼を守り、そして砕けた。クレーターの坂になった部分に彼は居り、ちょうど真ん中あたりにリュースが居た。そう、居たのだ。

「あいつはなぜ生きてるんだ?村も全て消えたんだぞ…」

 リュースの装備はぼろぼろになり、鉄の装備も殆どが壊れていたが、肝心の彼は無事だった。大剣を支えとし、ポーションを飲んで回復を自らに施していた。

 遠くに居た皆がクレーター内の様子を見に近づいて来ていた。爆風に飛ばされたが外傷は無かった。オルテン以外は彼女の魔法の偉大さを知ることとなったが、ダバスドが無事かどうかは分からず不安感もあった。

「よし、ダバスドは無事だ。だが、中央を見ろ。生きているぞ。どうやって…」

 クレーター内を見てグティスは息を飲んだ。ダバスドと同じく村を消し去った魔法に耐えられるはずが無いと思っていたからだ。相手は虫の息というわけでもなければ、五体満足でもあった。

 素早い治療を終えたリュースの大剣は赤黒く変色し、助走をつけるような態勢でそれを構えた。どこか遠くを見据えているようで、直近のダバスドを捉えてはいなかった。

「逃げて!あいつも何か大がかりな詠唱をしていたんだわ…」

 クレーターを覗き込む皆にオルテンは注意した。魔術師だからわかる、相手がこちらに甚大な被害を与えかねない予感があった。ダバスドの目の前でリュースは姿を消し、どこかへ行った。今度は短い距離の移動ではなく、この空間から完全に消え、目で追える範囲ではなかった。数秒後、急にグティスの後ろに現れ、攻撃を始めた。リュースから赤黒い針が無数に彼を囲むように突出し、彼の体を貫き、動けなくなったところに剣を振り下ろし、叩き潰した。防御する暇も、声を上げる間もなくグティスは絶命し、肉塊から血の付いた大剣が引き抜かれた。

「皆、無事か?畜生、グティスが。」

 クレーター内を自力で駆け上がり、地表に顔を出したダバスドだったが、グティスだった何かがリュースに潰されている光景が目の前にはあった。一旦はその赤黒い変色は収まり、コープルたちの方を向き直った。

 リュースは次にコープルに指を指した。死刑宣告というやつだが、それだけではなかった。同じように消えると、彼の後ろの地面がせり上がり、ダバスドたちを分断した。ダバスドは駆けつけ、前線を上げようと試みたが間に合わなかった。

「オルテン!これを壊してくれ!コープルがまずい。」

 狙いはこちらにも伝わり、辺りに焦燥感が走る。コープルも戦闘に自信が無いわけではないが、至近距離は彼の出る幕ではなかったからだ。

「分かってる…これ、ただの土じゃない。防壁で覆われてる…こんな手の込んだものを一瞬で?明らかに強くなってる…」

 オルテンは火や氷の塊をぶつけ、壊そうとする。ダバスドも剣で切り、氷をぶつけたが、防壁を突破してから土を壊す必要があるため時間が掛かった。グティスへの攻撃で大量の魔力を消費したわけではなく、全員を着実に葬る算段があったわけだ。

 コープルは接近してきた相手にポーションで対抗する。自分に当たるのは構わず、スタン、衰弱、毒、出血、何もかもを撒いた。少しの足止めにはなったが、リュースが自らのポーションでそれらを無効にし、黙らせた。スタンポーションを直接ぶつけたが、既に耐性を得ており、効くことは無かった。最後に激しい電撃を放出したが、避雷針のようにリュースを伝うだけでダメージを与えることは出来なかった。

「コープル!あああ!」

 豪快に壁は割れ、向こうの景色が見えたが、コープルの首からは血が噴き出し、頭は地面に転がっていた。コープルは膝から崩れて地面に倒れ、吹き出る血が地面を流れた。ここまでずっと歩みを共にしてきた親友があっさりと殺され、帰らぬ人となった。

「今は駄目…まずい、私は空から戦う…」

 オルテンはダバスドに嘆いている場合ではないと教え、次の標的が自分であることを察知し、距離を取るために飛び上がった。

「分かった。おい、お前、俺を狙えよ。」

 その通りだとダバスドは分かり、戦闘に集中した。ダバスドには目もくれていないリュースに剣を向け、挑発した。リュースは涼しい顔でダバスドを見た後、もう一度オルテンを目で追い、またダバスドの方を向いて頷いた。一対一の勝負を好んだわけではなく、オルテンは放っておいても良いという判断だったのだ。

 ダバスドが足を動かすと同時に戦闘は再開され、剣が交えられた。勿論、リュースに手加減するような義理はなく、溢れ出る魔力は存分に活かされた。氷柱が地面から生え、ダバスドの足を貫いた。そこに電気が流れ感電する。その間も剣が振られダバスドを殺そうとする。ダバスドは自分の氷で相手の氷を砕き、振り下ろされる手に剣の柄を当てて拳を砕いた。

 オルテンも援護し、空中から攻撃を仕掛ける。リュースの頭上から雷を落とし、火を弾丸のように飛ばし、地殻を変動させて地面からも岩を突き刺し、ダバスドに手を貸した。剣の戦いにありながらもリュースはそれらの攻撃を防ぎ、魔法で相殺するだけだった。ダバスドに向かう攻撃もバリアが張り防いだが、直ぐに割られ劣勢が加速していった。しばらく空から攻撃していると、リュースが移動しながらオルテンに剣を振った。剣からはミサイルのように火球が何発もが放たれ、様々な角度から彼女の元へ飛んでいった。

「相殺できない…どこまでも来る…」

 最初の方は避け、魔法で消そうと心みたオルテンだったが、どうにもこうにも弾くだけで威力を殺すことは出来ず、再び戻ってくるだけだった。空中で目を見張る機動力を駆使し、それら全てに対応していたが、火球が学習するかのようにそれを追い、近くに来たものは爆発し出した。

「これで…何よ…」

 その爆発に巻き起これないようにバリアを自らに張り、その間に数発の火球を落とすことに成功していたが、一発が彼女のそれを貫通し、届いてしまった。それと共に爆発し、彼女の体は吹き飛び、奥の木の上に掛かって姿が見えなくなってしまった。受け身を取る様子もなく、生きている可能性は低かった。

「ふざけやがって。何が絶後の鬼神だ。そんなもんに全てを奪われてたまるか。」

 実力ではオルテンに負けていたかもしれないが、それが討ち取られてもダバスドは絶望ではなく激しい怒りに包まれた。そんな怒りで勝てる相手ではない。だが、無念は一欠けらでも晴らすべきだった。オルテンが何度か治療し、傷は浅かったが、完全な状態でも渡り合うことは難しいのも変らないが。

 ダバスドは防御を諦め、相手に深い傷を負わせることだけに重点を置いた。盾を構えるのをやめ、両手で剣を持ち、型を替えた。今までは防御と攻撃をバランスよく行うことを意識した戦いをしてきたため、完全に攻撃に振るというのは新鮮だった。

 正真正銘、一対一の戦いが始まる。殺すことのみを考えたダバスドの剣はリュースを守りに転じさせる勢いがあった。首筋を狙い剣が振られ、リュースはそれを避け大剣で胴を割こうと振るが、所かまわずダバスドが差し違えようとするため、迂闊な攻撃はやめざるを得なかった。ダバスドを風で飛ばし、切り傷を与えながら距離を取った。

 間が出来たリュースが下に剣を構えると再び剣が赤黒くなり、戦いに終止符を打とうとする意図が現れた。

「それか。確実に一人を持って行けるんだろう?受けてやるよ…」

 ダバスドはその意図に触れたが、もう怯む必要はなかった。彼は死を望んだわけではないが、逃げれないなりの覚悟があった。ダバスドの周りではあられが舞い、美しい情景が生まれていた。それは彼の魔法だったがリュースの様な着実な手段ではなく、最後の策と言っても過言ではなかった。

「どうなるかはわからん。しかし、お前の攻撃を止められるのなら十分だ。」

 グティスが死んだときの挙動を知っていたため、離れて攻撃をやり過ごすことは不可能だとわかっていた。絶対に当たる距離におり、問題はその攻撃をどう食らうかという事だけだった。故にダバスドの言う所の、死に向かっていくしかなかったのだ。

 ふっとリュースの姿が完全に消え、その空間にダバスドだけが残った。永遠にも思える数秒が経過し、いつ何時どこに現れるかもわからない状況だった。そしてその時が来る。全方位から赤黒い球が接近し、それの到着と同時に右斜め後ろにリュースは出現し、目にもとまらぬ一閃を放った。

 完全に命を持っていかれたかに思われたが、ダバスドはハリセンボンが針を突き出すように太い氷を、自分を取り巻く一帯に勢いよく突き出し、それらの弾と一振りを防いだ。しかし、自分に纏わせるかのようにそれを行ったため、もろ刃の剣となり、ダバスドの腕や足、肩などを貫いていた。当たった氷は瞬く間に消滅し、あの攻撃の危険性を象徴していた。ダバスドに致命傷は無かったがまともに戦える状態ではなく、一方、リュースは攻撃を少しくらっただけで、軽症で済んでいた。残った氷も崩れていき、小さな水たまりが幾つも出来た。

「ちっ。まだピンピンしてやがる。だが、まだ…」

 ダバスドは立っていられるのも不思議なくらい足が震え、剣を握る手にしか力は入って無かった。もう勝負は着いたのだ。リュースは近づき、隙だらけのダバスドの首を跳ねるため後ろに手をやる。

 だが、月夜に照らされてた水たまりが何かの光を反射した。ダバスドの後方から凄まじい音と共に光線が放たれ、音の速さでダバスドの腕を貫通して落とし、リュースの胸を貫いた。即死はせず、危険を察知し、距離を取ろうとしたリュースだったが、ダバスドが咄嗟の判断で氷を使い進行を抑えた。貫通したレーザーは無数に分断しリュースを追い、彼の体中を貫通してどこかに飛んでいき、戦闘不能まで追い詰めた。

「間に合った…これだけの術式、初めて組んだわ…どこまでも貫通して、分散して、帰ってきて、一人の人間を仕留めるまで追うものなんて…ダバスド、止めはあなたが…」

 それはオルテンだった。枝に腰を据え、肩で息をしていた。彼女の全身には煤けている跡があるため、彼女自身がそれを直したことが予想された。

「俺は一人ではだめなのかもな…さあ、終わりだ…」

 と膝から崩れ、剣を捨てたリュースにダバスドは近づいた。ダバスドと同じく戦える状況ではなかったが、リュースの方が傷は深かった。なんせ、全身を後ろから貫かれているのだから。

「私は…多くの命を奪ったようだ。それは悪かもな…だが、気を付けよ。「より良きモノ」を妨げるのは果たして善だろうか…もちろん私のことではないぞ。さあ、楽にしてくれ。」

 ダバスドが剣を振り上げるとリュースは初めて口を開き、よくわからない忠告を挟んだ。彼がダバスドに一矢報いるような意図はないというのはなぜかはっきりと伝わった。それを言及したかったが、様々な感情が渦巻く彼はその言葉を耳に残したまま剣を振るうしかできなかった。

「この腕くらいならくっつけられるわよ…ごめんね…アイツの予想を上回るにはあなたを巻き込むしかなかった…」

 オルテンが下降し、ダバスドに語り掛けた。彼女も命からがらといった感じで、責める要素はないに等しかった。

「構わない。もっと大切なものを失ってしまったし…コープルは何を望んで生きていたんだろうか。どうせなら何を目指しているのかくらいは聞いてやりたかった…」

 ダバスドは崩れ、それをオルテンが支えた。ダバスドの視線の先には討伐者人生の苦楽を共にした英雄がいた。もう動くことも話すこともできない。あまりにも疲弊しすぎて、心の底から嘆くことはできなかった。

「埋めてあげましょう…語弊のある言い方だけど、私たちだけでも生き残れたの…」 

 オルテンはダバスドをゆっくりと座らせ、腕を拾い上げて治療を開始した。消費量を抑えるレリックが功を奏しているのか、まだ回復力は健在で、瞬間接着剤のようにダバスドの腕は元に戻ってしまった。

「リュースは、より良きモノが何とかって言ってた。オルテンは何のことかわかるか?」

 ダバスドは治療の間、リュースの遺言をオルテンに共有した。自分では解釈できず、それに何か大きな意味があることしか伝わらなかった。

「…さあね。きっといつかは分かるわよ。遺言だし、あまりいい意味では無いと思うけど…」

 オルテンは目を合わせず、多量の血を流すリュースの死体をじっと見つめ答えた。ダバスドはその悲し気な彼女の表情を見たが他意はないと思い、小さく息を吐くだけだった。

 コープル、グティス、そしてリュースの死体はこの地に埋めて弔う事となった。村が消滅したこともあり、財団が指定する禁域からは外れると予想できたからだ。調査は行われるだろうが、墓を掘り返すような不届き者はいないと考え、そうしたのだ。(財団ならやりかねないというのは不安材料なのだが。)レリックを戦利品として持ち帰り、ダバスドはコープルが愛用した弓を形見とした。ダバスドが使うことは無いが、コープルの面影がそこに移り、数々の思い出を語ってくれるようだった。

「これは?リュースのレリックか?」

 帰り際、血だまりに落ちているものにダバスドは気づき、足を止めた。それは糸で包まれた髪の束で、普通のレリックには見えなかった。

「カースドレリックね。これは呪われてるわ…比喩じゃなくてね。私たちが装備しているよりも強く、圧倒的な力を授けるもの…だけどその呪い故に副作用は強く、常人ならまず手を出さないものよ…一生手から離れなくなるものもあるから触っちゃ駄目よ…」

 新たな存在をオルテンは示し、それについて話した。その存在は表立っておらず、正式なルートからの入手はできないためダバスドも知識が無かった。それがどんなものかは気になったが、好奇心は猫をも殺すだ。深く関わることを避け、心の隅に残したままその場を立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る