第31話 封印

 目的の場所、エリア11、もとい「オンスネイ」という村の到着には実に半日も時間を有した。着いた頃には日は沈み、月が輝き、虫が鳴いていた。ここは元々リュースの故郷で、一度はアポカルに占領されたが彼が一人でそれらを殲滅し、奪還したという歴史のある場所だ。以来、悲しくも住民は居らず、ここに封印されることを彼自身が望んだというわけだ。

「着いたなあ。俺様は準備が出来ている。どうだ?村まではどのくらいある?」

 グティスは馬車から降りると肩を回し、オルテンに尋ねた。グティスは山男のような大きな体格をしており、防具も鉄で固められた厳重なものだった。武器には刀身が反った片刃の剣を持ち、両手でそれを扱うようだった。

「10分程度かしら…そんなに掛からないわ…」

 オルテンは歩き出し、三人を先導した。ここは禁域に指定されており、一般人はおろか、財団ですらこの件の機密事項を持っている者しか立ち入りを許されない。周辺は森の中、といった感じで、間接照明として街灯が置かれていたりはするものの、あまり人の手が付けられた痕跡は無かった。

 ちょうど10分ほど仇道を歩くと、村の入り口が見えてきた。懐かしさを感じさせる古風な外観が特徴的で、村自体の規模も大きくなく家は全てが木造だった。辺りが木であるためとても自然的で、空気は澄んでいた。しかし、村の中央に謎の石碑が割れた形で置かれており、幾つもの札や釘が刺さっていたため村の平和な空気を壊していた。

「完全に封印を解くわ…あそこに居るのは間違いないけど、くれぐれも油断しないでね…」

 オルテンは普段と変わらない魔女を彷彿とさせる格好をしており軽装だった。武器は持たず、近接戦闘はしなさそうだった。そのまま、ひし形の奇妙な石を前に投げ、目を閉じた。石は共鳴して光り、前にあった石碑もひび割れだした。中からは人影が見え、封印は解かれていった。

「武器や防具は持たせたままだったのか?完全装備に見えるが…」

 徐々に見えてくる姿にダバスドは疑問を持った。人影は剣と盾を装備し、鉄の装備に身を包んでいたのだ。

「いいえ、きっと自分で持ってきたんだわ…封印も既に解かれていたようね…到着が遅れれば大惨事になっていた…」

 オルテンは目を開け答えた。封印していたはずが既に行動しており、武具を装備して戻っているという考え難いことが起こっていたのだ。オルテンもそれに理由はつけられず、リュースだから。と思うことにした。

「何にせよ、戦う気みたいだ。前に出てきたよ?」

 コープルは相手の行動を察知した。敵もこちらの存在に気づき、剣と盾を構えたのだ。石碑の前に立ち、姿を完全に表した。村は壊滅した状態から復刻していなかったようで、見晴らしの良い場所であり、数件の家が残っているだけだった。リュースは話そうともせず、コミュニケーションを取ってこないためアポカルにより近い印象があったが、ダバスドたちとしては戦いやすかった。

 リュースが剣を軽く振ると移動し、戦闘が開始された。短い距離を瞬間的に移動し、ダバスドたちは移動の最中を目で追うことは不可能だった。

「あれも魔法か?来るぞ!」

 グティスは両手に剣を持ち構えた。皆も戦闘態勢を整えたが、相手の動きが早すぎるため、どう対処するかは思いつかなかった。

「止めてみるわ…」

 オルテンが前に手を翳すと、半透明な防壁が瞬時に展開され、ダバスドたちを守った。続いてそこから一方的に火球を通し、攻撃を始めた。火球は分散して散弾となり、広範囲を攻撃した。それでも到着したものは軒並み避けられたり、弾かれたりして足止めにもならなかった。

「近い。嘘だろ?」

 一定の距離まで詰めてきたと思った矢先、相手は消え、防壁を豪快に割りながらダバスドの前に現れた。それから心臓を一突きし、致命的な攻撃を繰り出した。ダバスドのレリックが激しく光り、割れ、その攻撃は逸れ、即死は免れた。リュースは下がり、もう一度攻撃を仕掛ける態勢に入った。

「強か《したたか》ね…ダバスドのレリックを見破って剥がしに来たんだわ…ダバスド、今度はないわよ?」

 オルテンも焦りを感じていた。最後の希望が戦闘開始から1分もせずに潰され、ダバスドはレリックが無い状態で戦うことになったのだ。オルテンが深呼吸すると前のように本がどこからともなく沸いてきて、宙に浮いた。相手を仕留めることに重きを置き、詠唱を始めたのだ。途端に、災害にも受け取れるような複数の魔法が現出し、リュースを襲った。台風が巻き起こり、吹雪が薙ぎ、雷が撃たれては、激流が押し寄せた。村の中だけでそれが起こっているため、立体的なジオラマで幻想的な風景を見せられているかの様だった。これまで複数の、それもこれほど大規模な魔法を使える者は見たことはなく、ダバスドは彼女が永劫の魔道と呼ばれている所以を知った。

「これだけやってもだめなのか。来たぞ!」

 グティスはその魔法を目の当たりにし、それでも倒れない相手が絶対的に見えた。リュースは盾で守ったり、避けたりするだけでなく、自身も魔法を駆使してそれらを打ち消し、その総攻撃から身を守っていた。そして攻撃の合間にこちらに接近し、グティスに攻撃を仕掛けた。接近の予兆を知ったグティスは剣でそれを受け止めたが、一対一で勝てる相手ではなかった。剣でそれを押し返し、切り返す。それも空を切った。後衛を守る責務は果たせていたが相手が相手だった。

「これなら。駄目だ。予測して投げたのに…」

 すかさずコープルはポーションを投げ飛ばし割ったが、炎で焼き切られ介入は許されなかった。グティスへの攻撃が続き、タンクである彼はそれを何度も返したが、こちらの攻撃を食らうことはなかった。

「霊剣が利かない相手などいなかった…こいつ、当たっているはずなのに。」

 グティスはしっかりと自分の特性を発揮していたが、それも無駄だったのだ。彼の霊剣と呼ばれているものは、霊界の力を借り、相手を腐食させる剣だったが、それが掠ったものの、何も成果が挙げられていなかった。

「ああ駄目だ。早すぎる。剣術も異常だ。」

 ダバスドも加わり、二人がかりでリュースに切りかかっていたが、全てが無駄だった。相手は縦横無尽にダバスドの周りを駆けまわり攻撃をするので連携も取りづらく、飛び道具の類も安全拓をとってダバスドたちを掠めるだけだった。完全に相手の独壇場で、手も足も出なかった。

「大丈夫。こうしている間にも詠唱は続いている…あっちに追いやるから…コープル、そこにポーションを投げて。早すぎるくらいのタイミングが良いわ。ダバスド、グティス、私が攻撃を当てたら近接攻撃に行って終わらせて…」

 オルテンは指示を出し、皆に案があることを知らせた。間もなくして、リュースが前に移動したタイミングで、遠くからその場所に氷を津波のように発生させて、リュースにぶつけた。リュースはもろにそれを食らい、前面に押し出されて膝をついた。コープルは言われた通り、下がっている途中でスタンポーションを軌道上に投げた。成功するかは分からないが、体が勝手に動いていたのだ。

 ポーションは見事に命中し、レリックのお陰かリュースの動きは完全に止まった。それと同時に、激しい光の柱が敵の頭上から振り下ろされ、リュースを覆いながら地面に降り注いだ。直径5メートルくらいのその柱は、地面を軽く陥没させた。辺りにはその衝撃と波動が流れ、地面を揺らし、風を起こした。それだけやっても致命的なものにはならず、リュースは盾で受けていたが、幸い動けずにいた。

「でかしたぞ。食らえ。」

 ダバスドとグティスは駆け寄り、追撃を行う。グティスが一足先に着き、重い一撃を食らわせた。剣でそれを受けたリュースは数メートル吹き飛び、奥の家、というよりは小屋に突っ込んだ。小屋は脆く崩れ、リュースはその瓦礫に埋もれた。

「変だ。今の飛び方。剣を食らってあんなにも飛ぶか?」

 ダバスドはそれに違和感を覚えた。いくら重い一撃だったとしても、衝撃を上半身で受けて数メートル吹き飛ぶというのは人体の構造的におかしなことだ。案の定、リュースは瓦礫の中から出てきて立ち上がった。

「そうね。確かあれが彼のお気に入りの武器…」

 オルテンは思い出した。と言いたげに前を見ていた。瓦礫から出てきたリュースは、身の丈程の大剣を下手でもってこちらを見据えていた。彼は生前、武器も様々なものを使いアポカルを討伐してきた。大剣は一番手っ取り早く、身のこなしにも影響が出なかったため、彼が愛用していたものだ。

「怒った訳だ。丁度目も慣れてきたころだし、丁度いい。」

 この時、コープルは思っても居ないことを口にした。彼の攻撃を見切ることは出来なかったし、オルテンの指示が無ければ完全にポーションも無駄撃ちするところだったのだ。指揮を下げないためにもこう言い、自分にも言い聞かせた。

 俊敏性が落とされることなく、再び戦闘は始まった。でかい剣を持っているはずが、同じように瞬間移動を繰り返し、距離を詰めて来ていた。まずはグティスに接近し、その苛烈な一撃を振った。

「くそ。霊剣が!」

 霊剣はかなり頑丈で、今まで幾多の攻撃をグティスはそれで受けてきたが、あっさりと折れ、刀身の半分が飛ばされた。その攻撃から生まれる力は異様なもので、グティスは転がりながら受け身を取る羽目になった。その後、追い打ちを掛けようとするリュースにコープルは矢を何本も同時に放ったが、軽々しくそれらは大剣で切られ、たったひと振りでその全ての矢は無力化された。振るとともに風を起こし、それらで切ったのだ。

 すぐさまグティスは起き上がったが、折れた剣で応戦することとなった。即死級の攻撃が何度も彼を襲った。ひとたび振れば鈍い音と共に空気が裂けるような音が響く。抉るように着実に命を奪う様にそれらが繰り出されるため、死はそこにあった。死が来たるその瞬間、オルテンの詠唱が完了し、丸太程の太さの雷が大地を撃ちながらリュースの元へ走っていった。

「やっぱりね…魔法だけで言えば私の方が上よ…」

 それはリュースが同じような魔法を放ち打ち消したが、何度も同じ魔法をそこに叩き出し、ほとんど身動きを取らせずにそれを通した。最初の何発かは大剣で切り、躱し、魔法で打ち消したが、瞬間的な火力と量の凄まじさに対応しきれず、最後の攻撃が直撃した。グティスも体制を取り直し、救われた。

「オルテン。助かった。素晴らしいぞ!」

 肩で息をしながらもグティスは賞賛を送り、自分が救われたことを素直に認めた。高圧電流を受けたリュースは大剣にしがみつく様に耐えており、倒れる気配はなかった。

「喜べることでもない…こいつに同じ攻撃は通用しない。最後当たる瞬間、あえて避けなかったようにも見えた…」

 そうこうしているとリュースは復帰し、復讐するかのようにオルテンを標的にした。近づくまでの間、俺もできるぞ。とでも言いたげに辺りに雷を放ち、ダバスドたちの接近を阻んだ。オルテン程の強いものではなく、避けるだけなら難しいことではなかったが、リュースの目論見通り、オルテンへの接近は許された。

「まずい。何とかして近づかなくては。」

 ダバスドは氷を発生させ、雷の軌道をずらして近づいていたが、短い距離を一瞬で移動し続けるリュースには追いつけなかった。リュースはオルテンに接近し、またもその猛威を振るった。近接戦闘を得意としないオルテンだったが、土や氷を盾にし、それらを凌いでいた。それでも部はあちらにあり、攻撃には転ぜずにいた。何とかダバスドは間に合い、助太刀した。それを止めるべく、接近するリュースは火炎を噴射したが、ダバスドは氷の壁でそれを防ぎ、身をよじって近づいた。ダバスドは切り上げながら攻撃したが、大剣で受けられ流された。リュースはそこに蹴りを入れ、オルテンに刃を振るおうとした。しかし、ダバスドは先ほど生成した氷を蹴り、その反動で体当たりし軸をずらした。

「オルテン!大丈夫か?」

 大剣の勢いは殺され、攻撃は止まった。リュースの対象はダバスドに切り替わり、オルテンは守られた。体が触れるくらいの距離に居たためか、大剣は本領を発揮せず、直ぐにダバスドを仕留めることはなかった。距離を取らせないためにもダバスドは密着して攻撃を仕掛けるが、当然瞬間移動でそれも水泡に帰す。同じようにあちらに分のある戦いを強いられるのだ。

「大丈夫。四の五の言っていられないわ…術式でこの村一帯を攻撃する。ダバスド、私の魔法に耐えられるだけのバリアを張るから、アイツの攻撃を食らわないようにそこまで誘導して…」

 圧倒的に不利な状況が続き、オルテンは被害を考えている場合ではないと判断した。自分の魔法ではもう追いやることが難しいと解っているため、無茶な注文をした。しかし、やるしかなかったのだ。こちらの攻撃で相手が死ななければ学習され、不利な立場は深まる一方だったからだ。オルテンはダバスドに厚い魔法に特化したバリアを張り、村の中央、最初にリュースが居たところを指さした。

「やってみる。しかし、食らったら終わりだ。」

 ダバスドは相手の移動先を先読みしながら攻撃を繰り返して、剣劇を行った。剣術は互角と言ったところで、ただ剣を交えるだけなら渡り合えるかもしれなかった。だが、相手にはダバスドを上回る魔法があった。炎を使い、雷も氷も使った。ダバスドは火傷を負い、切り傷が増えたが、直接受けず、バリアが破られることは無かった。ボロボロになりながらも食らいつき、相手を所定の位置まで誘導していった。リュースも相手の狙いはわかっているものの、ダバスドが移動を制限し、チームワークも発揮され、相手にせざるを得ない状況に仕立て上げていたので術中にはまった。というのも下がろうとすれば無暗やたらに、当たるとは限らず飛び道具や魔法が舞っており、それに当たりかねないからである。コープルたちは防衛線としてそれらを放ち、ただ下がらせないために消費したのだ。

「もう限界だ。奴の一振りは全てが重くてかなわん。」

 もう一歩という所でダバスドに疲れが見え始め、攻撃が鈍くなった。追いやることに集中していた一方、戦いに全神経を注ぐことが疎かになり、心労も大きかった。敵の大剣は盾で受けることが難しいため、避けるためにはかなりの体力が必要だった。

「問題ないよ。援護は任せて。この距離なら届くさ。」

 そこに手を差し伸べるようにコープルがポーションを投げつけ、スタミナと防御力を増加させた。疲れは少し取れ、戦闘も楽になった。それを号令とするかのように、グティスが折れた剣を遠投して相手に隙を与え、オルテンの回復魔法が届いた。傷は瞬く間に塞がり、ここに来たときと変わりない状態まで立ち直った。

「持つべきものは。だな。」

 霊剣を弾いたリュースにダバスドは剣を突いた。リュースは氷の盾を出現させ、それを守ったが、同じようにダバスドが氷を発生させ反発させたため、大きなノックバックが決まった。

「攻撃を一点に…私ならできる…」

 それにより、リュースが指定された位置までたどり着くことになり、オルテンの作戦は成功した。彼女は深呼吸し、詠唱を完了させた。すると青く細い何かが空からそこに着弾し、爆発しながら範囲を広げた。地面にあった一切合切は巻き上がり塵となり、村の建造物は全て跡形もなく消し去っていった。あまりの威力にコープルたちも飛ばされ、付近の音が無くなった。爆心地ではダバスドがその爆発を浴びせられることとなったが、地震に耐えるガラスのように、張られた防壁が砕ける寸前で留まり守られていた。被害は最小限に抑えられたものの、村は石碑も家も全部が見る形もなく滅ぼされ、修復不可能な程のクレーターが出来た。最初から何も無かったかのように村があった証拠は刈り取られたのだ。

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