第30話 大儀、そして準備

 会議は、とりあえずは終わった。封印が解けるには時間がないため、一か月後に向かうことが決定し、その間は恒例の準備期間となった。

 ダバスドは解散した後、死んだ目で会議に参加していたオルテンの店を訪ね、話を聞くことにした。店は、今日は休みの様で、その入り口はただの家の玄関のようだった。

「入るぞ。オルテン。話を聞きに来たんだ。」

 オルテンは奥の机に脚を掛け、本を頭に被せて揺れていた。その声に彼女は安堵し、乱れていた心を少し取り戻した。

「来てくれたんだ…行きたい場所があるの…」

 照明を消し、鍵を手に取り彼女は立ち上がった。その様子からは未だ恐れや不安が感じられた。。

 訪れた場所は街の中にある大規模で荘厳な図書館で、広々とした空間が四階層に分かれ、これでもかというくらいに本棚が並んでいた。ここは「魔法図書館」と呼ばれ、魔法を専門的に扱う者が利用する場所だが、照明はまだ灯っているものの、こんな広い空間に今は利用者が一人もおらず既に閉館となっていた。

「私は、特別にいつでもここを使えるの…」

 館内に入ると、オルテンが鍵を指に掛けながら沈黙を破った。道中、20分程の間があったが、着いてから話すというオルテンの一言で、来るまでは喋っていなかった。得意げな様子でもなくそんなことを言うオルテンが、ダバスドは心配だった。

「大丈夫なのか?本当に嫌そうにしてたけど…」

 フラフラと館内を歩く彼女の後を追い、その背中に語り掛けた。彼女が、ただ落ち着くからここを選んだのか、もしくは別の意図があるかもわからなかった。

「大丈夫…じゃないわ。あの変異体を相手にするなら、私は制限を掛けられない。それだけじゃない…今まで築き上げてきたものも、全て無に帰るかもしれない…」

 オルテンは立ち止まり、一層悲しそうな声で振り向かずに答えた。彼女はただ自分の力を使う事だけでなく、死を捉えていた。彼女が途方もなく強いというのは何となく察していたダバスドは、そんな恐れを見せる彼女への返答が少し遅れた。

「…そんなに強いのか?いや、それもそうか。復活すれば、二週間ほどで世界の半分が侵略される計算みたいだし…変なことを聞く。死ぬのが怖くて仕方ないのか?もちろん、野次る意図はない。ただ、本音を聞きたいだけだ。」

 何かを返そうと質問したが、自分の中で完結してしまい、話題を変えてダバスドは聞いた。彼女は永劫の魔道などと呼ばれているが、元より望んでそれを発揮していたわけではないのだ。

「ダバスド…あなたは死ぬのが怖くないの?普段ずっと戦っているでしょ…それにその傷…死を覚悟した時、あなたは何を願った?」

 オルテンは高い本棚にある本の背を撫で、ちらりとダバスドの方を目だけで見て、質問に答えずに質問で返した。彼の顔半分の傷はそのままで、目に眼帯があるだけのため、その傷の悲惨さを静かに語っていた。

「怖い。怖いさ。フラッドボイドとの戦闘の時、俺は死んだと思った。死は向こうからやってくるのに、自分からそれに向かってるみたいで恐ろしかった。だが、俺は討伐者が適任かもしれない。そうまで思って、なお戦う意思があった。俺は死ぬと思った瞬間、せめて最期の最後まで自分らしい意志を持って死にたいと願った。」

 オルテンの問いに少し距離を開けたところからダバスドは答えた。死と向き合う時間はあったが、言葉にしたことは無かった。そうしたことで自分が死を恐れ、それでも戦ってきたことを再認識できた。

「私はそんな風に考えられないわ…ダバスドは最終的にどうなりたいの?戦いに明け暮れるのが目的じゃないでしょ?あなたの望んだ未来は何?」

 オルテンからの質問は止まらなかった。命の終わりを見据えながら戦うダバスドが本当に大きく見え、一方、ダバスドからは絶対的に感じていた存在が儚く見えた。ダバスドは生きがいを持ってはいたが討伐者としてではなく、一人の人間として、最終的にどのような幸福を望むかも話したことがなかった。

「オルテン…落ち着いてくれ。答えるから。俺はそうだな、研究者かな。情報収集は好きだし、戦う事だけを考えて生きているわけじゃない。俺も討伐者になってからずいぶん経って考える機会も増えた。新たな生きがいを見つけてからは、とにかく守るために戦いたいと思った。アポカルは危険で、俺の隣町でも相当な被害を被っていたし。だから、守れる間は守りたいと感じる。だから戦う。それが今の俺の生き方だ。それにも生きがいを感じる。そういうわけで、狂乱の中で戦っているわけでもない。俺は人に尽くすのが好きみたいだ。そう、俺の望んだ未来は、研究者にでもなって、誰かを幸せにして、家族でも良い、友人でもいい、そんな誰かに傍で笑っていててくれることだ。それが終着点かな。」

 ダバスドは友人としてオルテンの傍まで歩き、笑って和やかに話した。自分の中で決意も固まり、なぜ戦うか、どう生きるかと言う思いを発散できた。これはとてもいい機会で、ただ陰鬱なやりとりだけではなかった。

「私も、夢がある…私は孤児院を設立したい。私のように一人になった子たちを保護して、魔法が素敵なものでもあるということを伝えたい…自分はきっと呪われてる。でも、あなたが、それでも救った命はある。と言ってくれて気づいた。魔法も使い方によっては笑顔を生み出すものにもなるって。だから私は…怖いのよ。死んだらその夢もなくなっちゃうし、そうでなくとも、私の魔法でもしもあなた達を巻き込んだら、今度こそ私は…その夢を追えなくなるし、私を前に進めてくれた人を失ってしまうから…」

 魔法の本をぎゅっと抱きしめ、彼女は自分の中の苦しみを吐露した。彼女が今ここに来たのも、そんな夢のためにより多くの魔法を知り、ポジティブな方向へそれを向かわせることを考えられるからだった。日々、財団の世話係のような立場にいるが、ちゃんと夢を抱えていた。彼女は成長し、自分らしさを見つけることができていた。ただ、それがいつになるのかもわからないし、たかが夢だと考えている節もあった。

「お前も、お世辞ぬきに立派だと思うよ。魔法を教える孤児院なんて聞いたこともない。夢のような場所じゃないか…そうだよな、死ぬことは全部を失うってことだよな。これまでも、これからも。でも、悲しいことに、お前が最重要人物なんだよな…共に行こう。お前はひとりじゃない。巻き込んだらそれは事故だ。俺は気にしないさ。な?夢のために一歩を踏み出すんだ。多くを守れれば、きっと限りなく夢に近づける。」

 ダバスドは、自分の力のせいで英雄に成らざるを得なかった彼女がどうにもいたたまれない気持ちになった。そうでなければ望んだように、穏やかに日々を過ごすことができていたのかもしれなかった。ならば自分も英雄として彼女と共に歩み、夢のために戦わなければならないと考えた。戦うことに変わりはなくとも、彼の中では戦う意味が幾度も変ってきたのだ。

「そうね…ありがとう、また勇気をくれた。まあ、私は自分の力が怖いけど、永劫の魔道というのは言い得て妙だとは感じてるわ…この力は圧倒的よ?」

 ダバスドの言動は彼女に勇気を与えるに値した。彼女はいつになく自分が誇らしそうに振る舞い、笑顔を見せた。すると、図書館中の至る所本棚から本がひとりでに抜き取られ、浮いたまま制止した。彼女の周りの本棚からも同様に抜き取られ彼女を囲った。またもそれらはパラパラと勝手に捲られ、図書館内をその音で包んだ。激しい音ではなく、何処か心地よいものだった。

「凄い。これはお前ひとりでやってるんだよな?圧巻だ。」

 その光景にダバスドは唖然とし、感動した。四階層もあるのにその魔法が奥や上まで届き、この光景を生み出していたのだ。

「ただ浮かせてるだけじゃないわ…このまま詠唱し、大規模な魔法を複数同時に扱うこともできる…当然、今はしないけど…この力を最大限、そして私自身が私で居たまま、使わなくちゃね…」

 捲れていた本はピタリと動きを止め、彼女から溢れ出る魔術師のオーラは引っ込んだ。本も元居た場所に収納され、何事も無かったように静寂が図書館を満たした。彼女の中では確かに変化があり、拒絶だけに振り回されることはなくなった。胸の内では固い夢と意思がみなぎり、この短時間で戦うことに理由を持てたのだ。まだ恐れや不安は大きかったが、進むという点においては間違いなく進展があった。

 決戦の日までは非常に重厚な日々を過ごすこととなった、魔法や装備を洗練し、抜かりないものへ近づけていき、全てを賭けて戦えるように仕込んだ。オルテンもダバスドたちの魔法に関与し、効率的にそれらを使えるように訓練した。マナの関係上、できることが大幅に増えたわけではないが、手数は増えた。

 レリックは最上級のモノを選ぶことにし、財団が特別に支給したものの中から選ぶこととなった。通常は表に出ず、財団の英知の結晶が詰まったものだった。よってこれも秘集情報局の一室にて行われた。

「こんなものがこの世にあるなんてな。コープル、お前はどうする?」

 豪華なショーケースに並べられた輝かしいレリックたちを見て、ダバスドは顎に手をやった。この場にはダバスド、コープル、オルテンが居り、既にオルテンは目星をつけ、選び出していた。見たこともない綺麗な宝玉をあしらった装飾品や、禍々しい見た目のものまであり、全てが一級品で絶大な効果を持っていた。

「どれにしようか僕も迷っている。ねえ、オルテン。君はもう決まったんだろ?何を基準に選んだ?」

 コープルも決めることができずに悩んでいた。ある程度自分に適切なものを絞れてはいたが、今までにない追加効果に悩まされた。

「前衛のダバスドなら見を守るものは必須ね…後衛の私は「マナの消費量を半分にする」ものを選んだわ。あなたは…これとかどうかしら?ポーションなども腐ることは無いわね…だけど、私もどんな戦闘になるかはわからないから絶対的に正しいことは言えないわよ?

 」

 オルテンは赤い布で覆われた魔導書を片手で持ち、ショーケースの中にあれやこれやと指を指して教えた。差されたものは「ポーションの効力が1.5倍になり、デバフを与えるポーションの範囲が100%上昇する」と書かれていたり、他にも「バフ、デバフを与える度、体力を半分回復する」などと書かれていたりするもので、的確であったがやはり迷うべくして迷った。結局前者のモノを選び、虹色の液体が入った小瓶を手に取った。

「コープルも選んだか。これはどうだろう…常に効果があるものの方がいいか?」 

 ダバスドが選ぼうと思ったものには「致命的なダメージを一度だけ防ぐ」と書かれているもので、青い宝玉がはめ込まれた盾の形をしたバッジだった。死を一度回避するという面で見れば素晴らしいが、それ以外の追加効果はなく、パーティへの貢献を果たすものは他にいくらでもあった。

「良いと思うわ…死んだら元も子もないし、身を守るものを選ぶように言ったのは私だからね…」

 オルテンは肯定し、コープルも首を縦に振った。それ以外の効果が見込めないというのは少々頂けないが、そんな我儘で死んでしまう方がもっと洒落にならないのも確かだった。こうしてダバスドたちはレリックというものが戦闘そのものを変えてしまうような効力を持つということに強い関心を寄せることとなった。

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