第29話 生きた伝説
数年前、まだダバスドがこの街に居なかった頃、財団だけでなく、その他多くの組織を巻き込んだ大きな会議が開かれていた。場所はスートファイスの秘集情報局の一郭にある会議室。今回の件は国の重役や、その他利害が一致した財団が集い、本計画を進めることとなっていた。
「「リュース抑圧計画」改め、「オペレーション;アンビシャス」の現状報告に入るわ。…変異体となったリュースは現在、大規模な術式を組んだ封印によって、エリア11に抑え込まれている。本計画の実行において既に民衆の記憶処理は完了し、リュースの存在を明確に知る者は財団関係者を除いていなくなった…封印は一時的なもので、おそらく数年後にはまた目覚める…封印が解かれてからは、猶予時間内に速やかにエリア11に討伐者を派遣し、無力化を行う…以上が現状よ。」
オルテンは見知らぬ顔が揃った大衆の前で計画の説明をしていた。この頃からも、彼女は討伐者であったが、財団に深く関わる存在でもあった。
「質問だ。もし、それが目を覚ませばどの程度の被害が予想される?」
大衆の中から他の財団の男が手を上げ、オルテンに質問する。質問した者以外も興味を示していた。
「恐らく、2週間程度で世界の半分程が死滅する。そうなったら後半分も時間の問題ね…目覚めから活発に活動を開始するには時間が掛かるけど、抑え込めなきゃこれまでにない強さのアポカルに侵略されることになるね…」
オルテンの答えに会場はざわめく、変異体というものはまだ多くの理解を得ていないが、甚大な被害を及ぼしかねない存在だということは誰もが知っていた。それでも、そこまでの存在だというのは、今までで初めてだった。
「我々も討伐者で対抗できるように努めている。問題は、相手があのリュースと言うことだ。もしも、手に負えなくなった時のためには二次的なプロジェクトを計画通り実行しようと思うのだ。それには君たちの協力が必須なのだ。」
ランダが間に入り、説明した。本計画において現状有効打という有効打はなく、討伐者で叩いて沈めるというのが最も簡潔な方法で、財団の持つ戦力が命綱だった。二次プロジェクトは最終的な被害を最小限に抑える苦肉の策で、初期段階で被害が及ばない範囲だけを隔離し、安全に暮らすというものだった。追加で配られた資料には最悪の場合、民衆への被害を許すという内容まであった。正義の心に満ちたものでさえ、仕方ないことだと割り切り、それを飲んだ。
「変異体の研究は引き続き行っていくわ…今は無力化することしか選択肢はないけれど、もしかしたらはあるかも…リュースについての記録は、財団が用意したカバーストーリーによって矛盾を無くす…それを現実として遂行するため、その事実と矛盾し、違和感を覚える内容の明記は禁止する。というのが、絶対に守るべきことよ…」
話を戻され、オルテンは釘を刺した。今回、この様な役割を任されているのも、変異体についての知見を彼女が増やし、財団の道を示したからである。
「すみません。カバーストーリーの件ですが。いずれ討伐者に依頼を出すんですよね?綻びは生じないのですか?」
また、手が挙がり女性が質問した。これは国が運営する団体で、配られた資料は抜け目ないものだったが、秘密を守り切るということは難しいと判断したのだ。オルテンが口をすぼめたところ
「それならば問題ない。その頃になれば伝説などとうに忘れ去られている。説明をしても、動揺する者などいない。それに、簡単に行って帰ってくることはできない。つまり、知る者は少なく、亀裂が入るようなこともないさ。」
ナルターは笑みを浮かべて答えていた。畢竟、向かわせた後、成功ならばそのまま解決したことを開示し、無理だったならば口封じになるというあくどい考えだった。勿論、それはナルターだけの考えではなく、財団の出した答えだった。知られてはならない。という便利な言葉を使い、そこに居る誰もがその意味を理解していたが、大混乱が巻き起こるより、黙秘した方が安全だと考え、こくりと頷いた。
そして現在。ついにその日がやってこようとしており、その手はずはまたも理事室にて進むこととなった。前のように部下とナルターが話している時にオルテンが報告に着、帰る時にナルターが声を掛けたのだ。
「そうだオルテン。我々の観測では、もうすぐアンビシャスの決行日は近いぞ?君は関わる気はないんだろう?」
ついでのようにナルターは言っているが一大プロジェクトなので、いつ教えるかは既に決められていた。
「早いわね…ええ、勝手にして…それで、準備は整っているの?」
オルテンは顔をしかめていた。自分はその研究にあまり関与していなかったが、封印は自分でし、幾ばくかの責任感は覚えていた。
「ああ、英雄の中からパーティを編成するんだが、最近はどうも落ち着いてきただろう?引退者も例年に比べれば多い。そこで我々はダバスド君らなど適任ではないかと考えているんだ。」
ナルターは部下からリストを受け取り、そこに書いてあった名前を指でなぞった。これは財団が相談した結果適任だと判断したもので、悪意のようなものは無かった。オルテンがどう思うかと言う問題を知っていなければだが。
「なんでよ。彼を巻き込まないで…」
尤らしい理由がなく、オルテンは反論が難しかった。その危険性を知っているからこそ、今回の案件からは目を背けていたかった。
「面白いな。彼は立派な討伐者だ。英雄にもなった腕もある。今回の事に十分な貢献を示すことは間違いない。行っておくが、何も当てつけて言っているわけじゃない。公正公平な審査の結果だ。」
ナルターの言っていることに狂いはなかった。それを間違いだと否定することも、難しい事実なのだ。彼はそう、もう伝説になってしまったのだ。決定権は彼にあり、その依頼を出す判断をするのは財団だ。財団に肩入れしているだけのオルテンに、制止するだけの決定権などなかった。それを分かっていたからオルテンはずるいと感じた。
「他に務まる人はいるでしょ?」
もはやそれは言い逃れだった。親しき友人をあっさりと失いたくないというエゴだ。
「いや、最善が彼とコープルだ。あの存在に対して全身全霊で立ち向かわなければ、世界がどうなるかは君が一番知っているはずだ。そこで戦わなくともいずれ死ぬことになる。なあ、オルテン。君は優秀だ。我々の選択が間違っていないのはわかるだろう?」
ナルターは彼女の頭に手を置き、我が子のように諭した。如何にも悲しそうに、憐れみを持っているかのような目で。しかし、この男のまずい所はその腹黒さを見抜くことが非常に難しく、人に少しの慈悲は持ち合わせている男だと錯覚させるところだった。長年の関係をもつオルテンでさえ、心の底から軽蔑し、敵対心を持つことはできなかった。
オルテンはそのまま項垂れた。ナルターの申し分に欠陥は見つからない。それが最善だという事も理解したからだ。リスクを正面から受け止めるような無謀な選択だということも同時に知っていたが、何もかもを賭けなければいけないことは理解したくなかった。
「君も来てくれるなら非常に助かるんだがね。彼らの助力と言う面でもこれまでにない援助にもなる。」
ナルターもとい財団の狙いを口にした。他に適任はいたが、彼女を起用するための大きな口実となるため、選定した節があった。最も、ダバスドがそれだけの理由で選ばれたわけでなく、真に実力を認められているのも確かだ。
「ナルターさん。彼女は…」
部下が心配そうにナルターを覗き込む、ナルターはそれを見てももう一度彼女に目を向けるだけでそれに応えなかった。
「嫌…こんな形で…」
彼女は独り言を言い、目の焦点が合わなくなった。まだ、彼女も依頼を受けたりすることはあったが、自分の溢れ出る魔力を解放することには強いトラウマがあり、避けてきた。前に彼と依頼を共にするかもしれないと言ったが、そんな全身全霊を込めて挑まなければいけない相手をするとは微塵も思っていなかった。自分自身に大きな恐れがある彼女は、このような事態に関わりたくないと思い、こんなにも動揺しているのだ。
「無理はしなくていいだよ。でも君の力は何よりも代えがたい。」
どっち着かずな言い方でナルターは彼女を誘惑し、依頼に向かう様に仕向けた。彼女はいても経ってもいられなくなり、理事室の机を蹴り二人を睨んで出て行った。
「彼女は動く、間違いない。今まで動くことのなかったものも動くかもしれないと言っただろう?ダバスド君に期待して良かった。」
オルテンの様子は気にも留めず、得意げに部下にナルターは言った。彼女はそれを克服し、立ち上がることができると踏んでいたのだ。
「愚門かもしれないですが。彼女を失うのは怖くないのですか?」
部下は少し引き、ナルターの人間らしからぬ態度に恐怖を覚えた。故に今のようなことを聞いたのだ。この財団にとっては重要人物であるが、将来も有望で貢献もしており、無下に扱うべきではないと感じるのは必然だ。
「愚門だ。それは。失うかもしれないから先に手を打っているのだ。彼女が敗れるなら我々にももう打つ手はないのだから。あの伝説のように、また失うかもしれんが我々は過去の事だと割り切り、オペレーションを進めたではないか。」
ナルターは会議を開くことをハンドサインで知らせ、部下を部屋から出した。葉巻に火をつけ、彼女のプロフィールに目を通し、笑った。
それはいつもの会議室ではなく、秘集情報局に特別に通され、その一つにあった会議室で行われた。造り自体は簡素だが、外部に情報が漏れないような工夫が何重にも敷かれていた。
「オルテン…」
会議室の席に着くが、彼女が明らかに討伐者として着席していることにダバスドは驚いた。最近も話すことが多く、彼女の内を知っていたのでこのような厳重な会議に討伐者として参加しているのは、事の重大さを強調していた。
「集まったね。今回は極秘中の極秘だ。受けるというからにはそれなりの覚悟をしてもらう。」
ナルターが集まった討伐者に注意を促し、説明を開始した。オペレーションに関与する以上、秘密にしていたものの説明をするのは義務だが、それ自体にもリスクが付きまとう。よって、今回の案件は半ば強制で、説明というのがその一線となったいた。
呼ばれたのは、ダバスド、コープル、オルテン、そしてグティスと呼ばれる男で、初めてダバスドが英雄会を拝見した時に紹介されていた人物だった。言うまでもなく全員が英雄で、総戦力といっても良い面子だ。全員がその意図を汲み取り、腹を括って頷いた。
「では早速。今回の相手は変異体だ。だが、ただ者ではない。数年前、リュースという一人の男が居た。彼も英雄となり伝説となった。しかし、彼の伝説は異様で、パーティを組まず、ほとんどのアポカルを一人で倒し、回復や魔法、近接戦闘におけるまで全てを彼自身で補い、英雄となったのだ。付いた二つ名は「絶後の鬼神」。我々もあのような逸材は後にも先にも見たことは無い。それが、変異体となった。殿堂に名が無いのは我々がその記憶を人々から消したからだ。そんな絶対的な英雄が敵対的な個体となったとなれば、大いなる不安を巻き起こしかねないからだ。そういうわけで、彼はもう存在しないことになっている。君たちが討伐した暁には記録を再び開示し、安全だということも告知するつもりだ。そして、話は戻るが、既に気づいていると思うが、そんな力を持つものが変異体となるということは誰も勝つことができない存在が出来上がってしまったということでもある。君たちを、世界を救う逸材だと信じて送りだすわけだ。」
ナルターは一気に説明し、今回の案件が如何に危険な事かも隠さずに話した。その伝説は今やカバーストーリーによって隠され、それを熱狂的に支持していた人間でさえ、もう知りえないのだ。
お互いの得手不得手の確認も兼ねて、会議は数時間にわたって行われることとなった。リュースを大掛かりな封印で封じ込め、どのような経緯で人々から記憶を消し去ったのかにも至る説明までも行われた。彼は自分に危機が迫っていることを察知し、アポカルになる前に封印されることを自らで提案したが、それ以降の戦闘データが全くないため、異次元の強さを相手にしなければいけないということしか分からなかった。それでも綿密に、多少の誤謬さえ許されることなく、場所やそれぞれの役割から、自分たちのできることを洗い出していった。
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