第28話 英雄へ

 儀式は初見の時とほとんど変わらないもので、今回は新たな英雄が誕生したという事で戴冠を兼ねたものになっていた。これに向けて色々と裏方的なこともあった。二つ名の選定や、これまでの遍歴の整理などだ。財団も重要人物として取り扱う様になり、英雄として認めるということは財団にもメリットがあった。そういう準備も含めて、ダバスドたちは英雄会に呼ばれたわけだ。会場では既に多くの観客が盛り上がり、回廊から入場して舞台に上がるという流れだった。自分たちもこのように崇められ、人々の注目の的になる日がこんなにも早く来るとは彼ら自身も予測できなかった。

「いやはや、ここの景色もまた一段と変って見えるのではないか?」

 腰の曲がった老人がダバスドたちを引き連れ、回廊を歩いている時に言った。この男は「ランダ」という者で、この財団の総合管理者であり、重役だった。ここはナルターが取締り、管理しているが、財団のトップはこの男といっても過言ではなかった。普段は「秘集情報局」という財団のみが立ち入ることを許され、世に出ない研究や情報を取り扱っている場所に引っ込んでいるのだが、そんな人物がわざわざ赴く重要な会なのだ。

「それではご入場いただきましょう。新たな英雄の登場です!」

 会場内でナルターが声高に叫ぶと、大きな歓声が沸き、ランダが扉を開いた。歓声は一層大きくなり、ダバスドたちの耳を包んだ。皆がこちらを見て拍手をし、美術品でも見るかのような目つきが差した。

 そのまま引き連れられて壇上に上がる。壇上には三つの王冠と玉座があり、ダバスドたちの栄光を既に祝っていた。

「早速ではありますが、紹介させていただきます。では前へ!」

 ダバスドたちは言われた通りに壇上へ上がり、ナルターの横まで移動した。ランダも上がり、王冠が置かれた台の後ろに立った。

「今回は例によって、同じ証を残した者たちなので、それは纏めて申し上げます。彼らはフラッドボイドのという新手、世界的な水害を及ぼしたる大蛇を見事討伐し、我々の平和を守ったのです。我々の見解では後数カ月対処が出来なければ世界の水の90%が使えなくなるところでした。おっと、話がそれましたね。一人ずつご紹介いたしましょう。まずはこの方。」

 ナルターは演説し、余談も交えて場の空気を和ませ、先頭にいたクックを手で指した。クック、コープル、ダバスドの順に並んでおり、それに従って戴冠がされるということだった。

「彼女はクック。またの名を「甲流す治癒」フラッドボイドの他に、ゴートン、クラッシャーなどの討伐が栄えある功績。今回の一件も期して、英雄として認められました。クック、こちらへ。」

 余計な尾ひれは付けずに紹介は終わった。ナルターが手をランダの方へ向けるとクックは歩き出し、王冠の前へ立った。それを見てランダが高く王冠を掲げ、その後にクックの頭に乗せた。途端にここぞとばかりに大歓声が上がり、会場を興奮の声が満たした。

「二つ名を持てるのは嬉しいけど。ちょっと恥ずかしいね。」

 コープルはひそひそ声でダバスドに話しかけた。二つ名は財団や本人だけでなく、この街にいる討伐者の意見も取り入れられて付けられるのだが、やはり誇張しているような感じがして馴染みづらかったのだ。

「そうか?俺は気に入ってるぞ。普段ずっとその名で呼ばれるなら歯がゆいが。お前、次だぞ。」

 ダバスドは軽く鼻で笑って答えた。嘲笑ではなく、愛想笑いだ。今度はコープルの名前が呼ばれ、前に出た。

「彼の名前はコープル。またの名を「春雷の薬師」彼に続くダバスドと共に様々な難敵を屠った。プロダクターや変異体などがその功績。では前へ。」

 また、コープルが前に出ると先ほどと同じ手順で戴冠が成され、英雄として認められた。クックとコープルが玉座についたことで残るはダバスドのみとなり、呼ばれる番が来た。

「彼の名はダバスド。またの名を「背負いし不屈」。コープルと以下同文ではありますが、並みならぬ身体能力と策によって、多くの困難を払ったことがその功績です。では前へ。」

 コープルが先に紹介されたので省略される形になったが、歓声は勢いを無くすことなく上がっていた。そして、王冠がその頭に乗る。ずっと追い求めてきたものの一つがもう手の中にあった。ダバスドは振り返り、多くの観客を一望する。照明が顔を照り付け少し眩しかった。

(カレン…俺は英雄に成れた。これからも俺自身と大切なもののために戦うと誓う。)

 心の中で思い、自然と手を挙げていた。観客はヒートアップし、拍手が喝采し、口笛が鳴った。彼にとっては通過点だが、それでも得られたものは大きく、彼をまた一歩成長させるための要因でもあった。

 儀式は順調に進んでいった。戴冠の儀の後は現在の感想や、質疑応答などが交わされた。どんな戦いや、どんな奇妙なことがあったかなど、興味のままに質問は飛んだが、ダバスドの顔の傷について言及するものはなく、暖かな空気のまま時が流れていった。その後は花や証書などが送られ、盛大に彼らを祝った。ウィシュディがここに居ないことが本当に悔やまれ、賞賛の言葉が送られる度に彼らのなかでその姿が蘇り、後悔のような念があることは否めなかった。

「考えたって仕方ないよな。背負うべきものか。」

 ダバスドはその苦難を自分が背負うべきものと考えることによって、湧き出る負の感情を押しとどめて前に進むことにした。背負いし不屈などと呼ばれるのは、ただ強いだけでなく精神面での強みもあったからだ。世間からもこのことを認められ、総合してこの名前がつけられたわけだ。ダバスドはウィシュディのことでくよくよするのは止めにし、目の前の感動を彼のためにも全力で享受した。

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