第27話 死の予感
敵の攻撃はすぐさま始まった。尻尾を強く振り、ダバスドたちの横から机のモノを床にのけ落とすかのように薙いだ。攻撃範囲が尋常ではなく、後ろに下がったところで避けられるものではなかった。
「危ない!今の攻撃はヤバかった…全員お陀仏だぞ。」
ダバスドは氷の壁を真横に作り、尻尾による攻撃を止めた。尻尾はその壁に勢いよくぶつかり、一瞬止まった後、壁を破壊したがダバスドたちに回避する時間を与えた。
「腕を上げたな。お前が居なかったら確かに死んでた。しかしまあ、タンクが必要ないのも分かった。今のもタンクが居てどうこうなるものでもないな。」
ウィシュディはダバスドの成長に感心し、そのような発言をした。続いて
「こちらから仕掛けてみる。受け手に回れば勝ち目はないからな!援護は頼むぜ。」
と両手の剣を強く振り下げ、気合を挙げた。そう言うと走り出し、フラッドボイドへ特攻していった。無謀な賭けに出たわけではなく、チームメンバーも彼の行動基準に合わせることに賛成していた。
またもフラッドボイドはウィシュディに対して尻尾を振り回し、向かってくる彼に返り討ちを試みた。今度は氷の障壁もなくウィシュディを守るものはなかったが、彼は尻尾の攻撃に対して突風を発生させ、自分の体を体一個分ほど浮かせることで、大きな獲物を回避した。そのまま尻尾に乗り、体を駆けあがるようにして腹部に鋭い連撃をかました。
腹部に深い傷を負わせることができたが、内臓まで届くこともなく、命に別状はないものだった。ポーションや弓の援護はあったが、それらは堅い皮膚のせいでほとんど意味をなさなかった。ウィシュディの攻撃でフラッドボイドは低い鐘のような唸り声を出し、身を震わせ、黒い淀みを全身から溢れださせた。ウィシュディは異変に気づきバク宙で尻尾から降り、地面に降り立つとそのままダバスドたちの方へ引いた。
「食らっちまった。ズキズキするな。やはりただ水を穢してるだけじゃないぜ。」
ウィシュディは左腕に淀みを食らってしまっていた。かかった部分は爛れて、破れ、流れる血は異様な紫色になって滴っていた。彼は冷静で、慌てることもなく痛みに耐えていた。
「今治療するから。あれ?これ解毒しないといけない。コープル、あんた解毒のポーションあるでしょ?」
即時回復をするためクックは歩み寄ったが、魔法は効力を見せず、毒のせいか治療が困難だった。
「原因不明の毒だから…とりあえず進行は遅らせられる。これを…今、治療は諦めて。」
コープルはウィシュディの傷を軽く見たが、手に負えなかった。今対処できるポーションをウィシュディに渡し、目の前の敵に視線を上げた。こうしている間にも次の攻撃は来るのだ。
「十分だ。ありがとよ…あぶねえ!とりあえず散るぞ。」
ウィシュディが礼を言おうとすると既に相手が行動を開始し、こちらに体を倒そうとしていた。集まっていては一つの攻撃で全員が巻き込まれることになるため、その攻撃を避けた後はフラッドボイドを囲むような形で散らばった。
「しかし、あの毒を食らわずにどうやって倒す?」
ダバスドがウィシュディに問いかける。フラッドボイドは地面に衝突し、またそこが凹んだ。この調子で戦えば、湖ができてしまう。
「流れてるのはどうも体に密着してる。さっきの攻撃に注意さえすれば接近も可能だ。あとはでかすぎて適当でも攻撃が当たるのをなんとかしねえとな。」
ウィシュディは先程の攻撃で相手の特性を見極め、攻略の糸口を見出した。彼の手はもうすぐ使い物にならなくなるが、戦うことはまだできた。
フラッドボイドの攻撃はウィシュディの言った通り、素振りしただけでクリーンヒットしかねないもので、それらを掻い潜って、いかにこちらが攻撃を仕掛けるかというのが最大の難点だった。基本的には体を起こしているため、急所への攻撃も通せなかった。
「こいつの攻撃くらいなら一瞬だが俺の氷で止められる。近づくのは任せろ。」
ダバスドは接近し、フラッドボイドがそこに攻撃を合わせたが、再び氷の壁を生成し、それを止めた。二番煎じは通じないかと思われたが、壊れると同時にスライディングをし、障壁を貫通した尻尾の下を通り抜けた。そのまま剣の届く位置まで移動し、立ち上がって相手の胴に剣を突き刺し、そのまま裂いた。鮮血が飛び散り、巨大な血だまりができ、直ぐに水に溶けて流れた。これも深手だったが、剣を深々と刺したにも関わらず致命傷には至ることなく、唸り声を上げさせるだけだった。
「尻尾はまるで意味がない。どうやったら殺せるんだ。」
ダバスドの攻撃に気を盗られたフラッドボイドの尻尾にウィシュディは突き刺したり深く切ったりしたが、それほどの傷は追わせられなかった。
次にフラッドボイドは何度も身を倒し、付近に居るダバスドを自重で潰そうと試みた。強大な全身を無差別放水するホースのように動かしたので、叩きつけは避けられたものの、伸縮する体当たりは非常に避けづらかった。引き気味だったがコープルが当たり、飛ばされた。強く背中を地面に打ち、暫く動けずにいた。
「痛い。腕とあばらが折れた…負傷二人はまずいな。」
腕を抑え、足で地面を蹴り、後ろへ下がりながらコープルは唸った。全身の骨が砕けていてもおかしくはなく、それだけの怪我で済んだのは幸運なことだった。徐々にこの大蛇にとっての優勢が作られ、ダバスドたちはそれに倒れようとしていた。
「コープルはもう殆ど動けない。ダバスドに合流して火力で押そう!」
クックは槍を構え、他の皆に提案した。このままでは一人ずつ戦力を失うだけだった。策もなく接近するのはあまりにも危険だが、退路が無い以上はそうするしかないのだ。ウィシュディが黙って頷くと、二人は走り出した。フラッドボイドはそれを察知し、まず腹の横に居るダバスドに淀みを発生させて引かせ、向かってくるクックに対して攻撃を仕掛けた。ウィシュディには一度軽く避けられているため、ヒーラーである彼女を狙おうという魂胆だった。体を下ろし、素早く噛みつきそのまま殺そうとした。しかし、彼女も横に華麗に躱し、槍で目を潰して反撃した。フラッドボイドは一瞬頭を下げて攻撃したが、予想外の反撃に咆哮を上げ、直ぐに頭を上げて身をよじった。
「良くやった。これは大きい。」
怯んだ隙を逃さずウィシュディは尻尾の上に乗り、そのまま接近した。風でそのまま体を浮かし、首筋に刃をお見舞いするという算段があった。既に片腕はぶらりと垂れ、剣を握ることもできていなかったが、体力は残っていた。
狙い通り首を引き裂くように高い位置に舞い上がったが、フラッドボイドはどこからともなく毒のない水の塊を発生させ、それをウィシュディにぶつけて追い返した。彼は地面に受け身を取ったが、高さ故にダメージは大きく、叩きつけられ転がった。
「うう。魔法か今のは…」
ウィシュディは血を吐き、自分が何をされたか悟った。相手はただ身体能力が高いだけでなく、そんなものまで使えると知ってしまったのだ。ウィシュディは立ち上がれなかったが、意識はあった。突風で自らを後ろへ飛ばし、地面に再び強く打ち付けられる形で距離を取り、フラッドボイドの追撃を免れた。
「ウィシュディまでも…」
絶望感が辺りを包んだ。逃げることは出来ず、致命傷を与える手立ても考えつけなかった。ダバスドは剣を強く握りしめていたが、死を覚悟した。それを簡単に潰すかのように、フラッドボイドの攻撃は止まらなかった。今度は口から高圧洗浄機のように水流を発生させ、ダバスドをそれで切り裂こうとした。ダバスドはまたも氷を発生させたが、無駄だった。いとも簡単に壁は真っ二つになり、崩れ去った。身のこなしのお陰でダバスドは避けることができたが、それは次々と円を描くかのようにターゲットを替えて続いた。ウィシュディは強風を立て続けに起こし、その先端を割り防御し、クックは槍を地面に突き刺して自らを浮かせ、槍を犠牲にすることで避けた。最後にコープルの所へ飛んでいき、腕を抑え無防備な彼を襲う事となった。
「なんとかなれだ。」
コープルは咄嗟の判断で、足元に来たそれに激しい電気を流し、水を伝わせフラッドボイドに届けさせた。フラッドボイドに電流は届き、全身をそれが流れた。しかし、コープル自身は水場のせいで感電し、完全に意識を失ってしまった。自身のレリックのお陰で死なずにすんでいたが、狙われれば今度こそ死だ。
「コープル!まだ死なないのか。化け物。」
ダバスドは悪態をつき、唾を吐いた。フラッドボイドは今の攻撃を受けても怯むだけで、倒れこむようなことも無かったのだ。そして、武器を失ったクックに対してもう一度勢いよく首を下げ、大口を開けた。
「やだ。いやああああ!」
攻撃を避けたが、フラッドボイドからすれば無抵抗な人間にそれを止める理由などなく、執拗に追い回し、ついには丸のみにしてしまった。まともに戦えるものはダバスドしかおらず、もう既に勝負はついたも同然だった。
「クックはまだ助かる。行くぞ、ダバスド!」
しかし、血を吐きながらウィシュディは立ち上がり、浸食されていく自らの腕を切り落とした。もう立つのもやっとと言った様子で、この怪物相手には無謀も良い所だった。
「そうだな。必ず救う。皆で英雄になろうじゃないか!」
その行動はダバスドの中で眩しい光となり、絶望を、逆境を覆す覚悟に変えた。勝てるどかうかではない。戦うかどうかなのだ。ダバスドは雄叫びを上げ、再び距離を詰める。持てる力を全て振り絞り、それをぶつけるために。熾烈な攻撃をかい潜り、どんどん詰めていった。尻尾は盾で受けて転がって衝撃を吸収し、水流は剣を押しがって、身をずらして避けていた。無茶苦茶な攻撃のいなし方だったが、その身体能力は人ならざるレベルにまで到達し、距離を詰めることに成功していた。そのまま、地面から氷を出して自分を衝撃で飛ばし、ウィシュディのように高く跳躍した。それからフラッドボイドの体を利用して氷を生成し、同じ要領で自らを飛ばし、ついには頭部にまで高さが届いた。その衝撃に耐えられるはずもなく、ダバスドの片足は折れていたが、アドレナリンが痛みを消した。されど無情にも、ダバスドはそこまでしたがあっさりと大口で捉えられ、口の中に引き釣りこまれた。
「ダバスド。お前は本当に強くなりやがったな。」
ダバスドが完全に注意を惹いていたため、フラッドボイドは悠々とウィシュディの接近を許してしまっていた。彼は腹部に剣を深々と刺しそのまま押し上げようとした。だが、剣を掴まで刺そうとも、体を激しく動かすだけで、ダバスドを離すことなく今にも呑み込もうとしていた。
「いい気合いだ。これならどうだよ。」
ウィシュディはもう一度、傷をさらに抉るように傷口に剣を腕まで入れ、突風を生み出し内部に剣を深く刺しこんだ。密閉状態でそんなものを発生させれば、勿論代償が伴う。自らの腕はズタズタに切り裂かれ、同時に引き抜くときに相手の淀みのせいで傷は一層深まった。剣は中で直進し、内部を引き裂いた。そこまでしてようやく、フラッドボイドはダバスドを吐き出し、飲み込むのを止めた。
ダバスドは地面に向かう勢いだったが、何とかして頭部を掴み、またもよじ上った。これも、彼だから為せる業だった。止めを刺そうと剣を突き立てようとしたが、相手は藻掻き、またも淀みを発生させた。防具のお陰で体は無事だったが、それはべっとりとダバスドの顔半分に付くこととなった。
「今回ばかりは、流石に死ぬかと思った。」
焼ける痛みの中、怯むことなくダバスドは剣を脳天に深々と突き立てた。それをウィシュディからヒントを得、氷を打ち付けるように発生させ、剣をそっくりそのまま中に入れた。低い鐘の音がまた鳴り、英雄を迎え討たんとした大蛇は倒れ、息をしなくなった。ゆっくりと倒れこんだおかげで、ダバスドは10数メートルの高さから落下せずに済み、二次災害は起きなかった。淀みも死んだ瞬間から流れるのを止め、効力を失ったのか顔を覆っていたものも無毒になった。
「うえ。気持ち悪い。」
フラッドボイドの口の中からはクックが逞しく這いずり出てきて、一命を取りとめていた。コープルも意識を取り戻したのか、這いずりながらも、敵の死体に近づいてきていた。
「ダバスド。やったんだね。ああ、顔が。」
コープルは安堵の表情を浮かべたが、ダバスドの顔半分が焼けただれ、片方の目を失っているのに気が付いた。無毒化には成功したが、治ることのない傷を負わされてしまったのだ。
「俺は大したことはない。ウィシュディはもう…」
ダバスドが答えて、ウィシュディに目をやった。避ける元気はもうなく、先程の攻撃を彼は頭からかぶり、グズグズに溶けてしまっていた。残った腕も切り傷と火傷のような跡のせいで形がおかしくなり、彼は変死体となっていた。それも座ったままの状態であの世に旅立ってしまっていたのだ。
「あんなにも強く、頼りがいがあったウィシュディが…お前は英雄に成れたはずだったのにな。」
ダバスドは続けて言い、ウィシュディに片足を引きずり寄っていった。この街に着て、かなり印象的だったが、熱い良い奴だったと思い出した。溢れた自身は紛うことなきもので、最後の最後で逆転のチャンスを生み出してくれたのだ。
「ごめんね。私が回復に徹するべきだった。」
クックは自分が戦えず、何も出来ずにいたことを悔やんだ。彼女にもそれなりの自身があったが、今回の件ではそれがぽっきりと折れてしまいそうだった。
「いや、あの状況では無理だよ。君も英雄らしく戦った。痛手も負わせた。帰ろう。僕たちはやったんだ。じゃなきゃウィシュディも報われないだろう?」
コープルは優しく彼女に手を差し伸べた。もしかしたら、彼女は自分の至らなさが理由で、関わる仲間の死を前に壊れてしまうかもしれなかった。それを見て冷静に心を支え、また彼自身がそこまで動揺せずにいられたのは、間違いなくダバスドとの一件があったからだった。
「そうだぞ。骨折くらいは直してもらわなきゃ困るしな。単体回復は得意なんだろう?」
ダバスドも振り返り笑顔でそう言った。少し和やかな空気になり、全員が取り乱すようなことにはならずに済んだ。
クックの回復は目を見張るもので、5分足らずでダバスドとコープルの骨折を直した。ウィシュディの死体も彼女が手を当てると優しく崩れ、分解され埋葬されることとなった。
「戦闘中は使えなかったけど、私も一応他の魔法は使えるの。これは土に準ずるものよ。」
クックも解説し、何が行われているかを皆に伝えた。場所が悪いものの、ウィシュディも怒りはしないだろう。彼の残ったレリックや剣を遺品として回収し、ダバスドは剣を形見として譲り受けることにした。ダバスドの剣も引き抜こうにも難しく、刀身も中で折れているようだったからだ。
三人はこの未知と神秘に溢れた水路を後にし、帰還することに決めた。奥に行けば水に力を与えている神秘を拝むこともできたかもしれないが、その元気はなかったのだ。アボーブを倒したためか、帰りに不穏な気配はなく、チェックポイントまで戦闘もなく着くことができた。
街に帰ると共に報告し、英雄となる儀式を受けることとなった。再び聖玉の水路は財団の管轄権となり、水の平和と神聖な場所が保たれるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます