第26話 大蛇

 新たな情報がないかと準備をする数日間、何度も財団本部に問い合わせたが、これ以上の観測は危険であると判断されたということで、目ぼしい情報は手に入らなかった。その間も、ダバスドたちは他の依頼に四人で赴き、どんな相手でも適応できるように連携を組むようにした。相手が分からぬ以上、その場の判断でどうするか決めるしかなかったのだ。レリックに関しても、何かに特化して着けていくのは難しいため、無難なものを選ぶしかなかった。ダバスドやコープルは自分の弱点を埋めるように魔法の類のダメージをカットできるものにしていた。

 そして当日、目的の場所までは3時間もかかった訳だが、二時間程の所から付近の水と言う水が毒々しい黒色に染まっていることが確認され、その規模が世界に及ぶということに現実味を持たせていた。

 観測地域に入って馬車から降ろされたが、この辺りからアポカルの出現が予想されるため、聖玉の水路までは20分少々歩くこととなった。辺りは熱帯雨林のような場所で、背の高い木が乱立し、所々に使われていないテントが張ってあった。木はほとんどが枯れ、川も通っていたが、どれも黒く濁っていた。自然もそれに従い死に耐えたのか、野生の動物というのも居なさそうだった。

「しかし、おかしいと思わないか?」

 道中、ウィシュディが石ころを蹴飛ばし急に呟いた。

「何が?」

 ダバスドがそれに対して返した。

「そもそも、世界の危機が訪れるような存在がいるって言うのに何で国は動かねえんだ?」

 ウィシュディは前々からそのようなことを考え、疑問に思っていた。アポカルも一般的な認識はあり、その実害を認められている存在だったからだ。

「国も一応介入してるよ。そんな危険なモノが身近に居ないと民衆を安心させるのが国だからね。」

 コープルが話し、ウィシュディの質問に答えた。国も動いてはいるものの、それを公にしないのは、アポカルは今回のように謎が多く、不安を煽るだけの存在が多いからだ。掃討奮起も国の介入を引き受け、大規模な組織になっている歴史がある。人々の中で討伐者という者がおり、それに憧れを持つものがいるのも、財団が危険区域を保護し、その中で戦うということが知らされていたからである。故に、日常的に生活が崩壊するような厄災を孕んだアポカルは、自分たちの周りには居ないという一般人の認識によって、その栄光と秘密が守られているわけだ。

「今回は流石に国も干渉して大掛かりな会議が行われたんじゃない?倒せませんでしたってなったら世界に及ぶんだし。」

 クックも声を上げ、簡単な予想を建てた。クックは会議室であった時とほとんど同じ格好をしており、防具と言う防具は見当たらなかった。武器には長い槍を装備しており、訓練の時も機敏さが売りだと自分で言っていた。

「そんなもんか。確かに、他にも沢山財団は居るんだろ?中にはアポカルを新生物として迎えるものもいるとか居ないとか…」

 ウィシュディは納得したようで、腕を組んで頷いた。謎が多い世界ではあるが、財団に属している人間であれば日ごろのちょっとしたことで、何気ないことに気づけたりもするものだ。妙な動きを見せる他の財団も、依頼の中で見かけたりもしていたのだ。財団の保護地域と言っても一般人が関与できないだけで、それ以外の者はその内で活動していることもある。

 こんな話をしていると、水路への入り口が見えてきた。戦闘も起こることなく着いたため余計な体力は消耗せずに済んでいた。水路自体は地下深くにあるのだが、神聖な場所だという事もあり、神殿のように幾つもの柱に囲われた場所に階段があった。階段の幅は広く、長さは地上からではどこまでも続いているかのように先が暗くなっている程の規模だった。柱の周りには湧水があり、その一帯がオアシスのように自然豊かだった形跡もあるが、やはり淀み、黒くなってこの辺りの水は隈なく汚されていることが分かった。

 階段を降りて行くと、徐々に暗くなっていったが、途中から一定以上の暗さにはならず、照明に頼らずとも水路内を探索できそうだった。

「不思議だね。外からの光はもう殆ど届かないのに目が見えるよ。」

 コープルはこの現象に疑問を持ち、壁に触れて言った。もうすぐ水路に到着する頃で、辺りは暗がりだったが、ダバスドやウィシュディ、壁や段差などはくっきりと視認でき、暗いのに見えるという違和感があった。

「ここは神殿でもあるそうだ。文献で見た。目に見えない分子が照明となり、明るいらしい。本来はシャンデリアを灯したくらいに水路内は明るかったらしいぞ。」

 ダバスドはそれについて蘊蓄を披露した。情報収集の趣味は未だ続いており、財団が開示しているような情報であれば大体は知っていた。皆が少し驚き、階段を下って行った。

 かなりの時間をかけて水路には到着した。地下深くにあるせいか水路内の天井は途轍もなく高く、真上を見上げてようやく天井を確認できる程だった。水路内も暗く、遠くの景色は見通せないものの、お互いの姿や周りの状況は十分に判断できるくらいに目が冴えていた。ここは狭い歩道と浅い水源からなっていたが、水が黒く濁っているせいで、においのしない下水道のような印象を放っていた。その中を進んでいく。暗いことに変わりはなく、不気味でいつ敵が現れてもおかしくない緊張感があった。

 淀みと暗がりが続くだけで、水路内はいたって平穏だった。特に代り映えもなかったが、かなり進んだ頃、異様な光景を目の当たりにすることとなった。目の前にあったと思われる壁が壊され、瓦礫となっていた。壁が壊されているのはそこだけでなく、その奥や左右見渡す限り壁が壊され、見通しが良くなっていた。その被害は数十メートルにも及び、辺鄙な生き物が成せる技ではなかった。

「異様ね、この辺り。注意して進もう。」

 クックが壁に手をついて警告を促した。この辺りの歩道は浸水しているため、水を踏みながら進んでいくしかなかった。浅瀬だったが水が黒いせいで底が見えず、急に水深が深くなっても気づかなかっただろう。

 その異様な光景も続き、ずいぶんと開けた場所に出た時、目の前に広がる水源、いやそれはもう湖と言って差支えない程のものに、大きな影が動いているのが見えた。辺りには壁という壁はなく、水源が限りなく続いていたため、これがフラッドボイドの正体だというのは何となくわかった。しかし、それほどに長く続いた水源からその規模を図ることは不可能だった。観測が難しいという言葉も理解できた気がした。

「こいつか。よく見れば足場がある場所ははっきりわかる。だが、これは…どれだけ深いんだ。」

 ダバスドは軽く剣を湖に浸してみたが、刀身を全て入れても底にはつかず、ここからでは想像もつかないくらいその湖が深いことを予感した。なぜこれほどに深いものがここにあるのかは不明で、元からあったのかそれともこのヌシがそれを作ったのかは想像の域を出なかった。

 そうしていると勢いよく水からそれは顔を出し、その巨躯の一部を見せつけた。情報通りそれはあまりにも大きな蛇で、頭部も異常に大きく、人など簡単に丸のみできるくらいだった。全長も予想が建てられなかったが、フラッドボイドであることは明確だった。頭部は硬質な見た目をしており、角張った部分が多く、口も切り裂かれたように大きかった。

 そして、アポカルらしく敵意はむき出しで、水を押し上げ尻尾の部分でダバスドたちに叩きつけた。危うく潰されるところだったが回避には成功していた。

「ねえ。もしかしてこいつの体もこの湖くらい大きい?これじゃあ海に住んでてもおかしくないよ?」

 目を丸くしクックは口を開けた。体の一部しか見ていないにも関わらず、鯨のようにそれは大きいと解った。

「とにかく下がろう。水に引き込まれたら一貫の終わりだ。何とかして浅瀬に誘導するぞ。」

 ウィシュディも踏み出そうとはせず、この湖の底知れぬ闇に恐怖していた。周りに何もなく、闇が覆っているせいで、夜の海の上に立っているかのような恐怖感は誰もが感じていた。そのまま距離を取り、次の行動について模索した。

「何とかしてみるよ。一部分だけならダメージを追わせられるはず。」

 コープルが弓を強く引き、矢を射かけると雷が纏い、広い水面をそれが伝った。バチバチと火花を上げるかのように炸裂し、水面を泡立てさせた。それにはフラッドボイドもたまらなかったようで、激しくのたうち、その体を水面から何度も飛び跳ねさせた。何となく全長がそれで分かり、なんとこの敵は15~20メートル程の化け物だった。コープルの攻撃は痛かっただけの様で、怒りを刺激し戦闘の火ぶたを落とす要因にしかならなかった。

 フラッドボイドは顔を出し、真にダバスドたちを捉えた。体からは常に淀みが発生し、これが被害の原因のようで、人間に害を及ぼすものにも違いなかった。次の瞬間、湖から全身を出して地表へ出てきた。湖の水は溢れ、津波のように全方位へ水が流れた。

「やはり、あの湖も底なしといっても過言ではない程深いんだ。なんでそんなものがここに?」

 ダバスドは下がりながら考えた。水路にそのようなものがあるのは明らかにおかしいし、神聖なものと仮定しても、水に力を与えている源はもっと深部にあるはずだったからだ。この化け物がそれをし、できたというのが有力な説だった。

「何にしてもいい状況じゃない。道理で団体で行っても偵察が成立しないわけだ。」

 ウィシュディも下がりながら相手の行動を注意する。フラッドボイドは巨大な割に早く、湖から出るとすぐに距離を詰めて来ていた。並みの脚力なら直ぐに追いつかれ捕食されるだろう。

 湖に引きずり込まれない位置で応戦するべく、四人は離れてから立ち止まった。入口まではまだまだ距離もあった。ただし、この辺りなら壁もあり、歩道も浸水しかけていたが足場としてはありがたかった。フラッドボイドには狭く、体を入れるのもやっとで、好戦が期待できた。

「ここなら…噓でしょ?みんな避けて!」

 フラッドボイドは追いついた後、狭いことに気づき、むやみやたらに暴れまわり、体のあちこちを壁にぶつけていった。そのまま尻尾や頭部を縦横無尽に動かしながら移動した。それらは激しい攻撃となり、必死に避けていたダバスドたちだったが、好戦は裏切られた。ぶつけられた壁は瞬く間に崩れ去り、奥の壁、そのまた奥の壁を破壊し、フラッドボイドが最初に居たような広間があっという間に完成することとなった。地面もその重さのせいで抉れ、歩道だった部分も殆どが水の足場になってしまった。この一瞬であの未知の湖を作ったことを物語っていた。それと同時に、非常に狡猾で強かな破壊工作をしながら回り込み、退路を塞ぐことも同時に行っていた。その巨大さと素早さなら退路を塞ぐ意味は薄いが、相手の力量を図り、自分自身が最も戦いやすい環境へしたてあげたわけだ。

 フラッドボイドは体を持ち上げ、とぐろを巻いた。見上げる程に高かった天井も低く見え、持ち上げた体は圧倒的な力を誇示していた。毒のような淀みも体から滴りおち、一筋縄では倒せないということは、戦いに自信がある者でもわかることだった。その出で立ちは生理的な恐怖が染みつき、畏怖さえも感じされるものでもあった。

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