第25話 英雄への道

 それから、ダバスドたちの日々は戻り、英雄への道は確実なものへと近づいていった。ダバスドとコープルたちの友情が崩壊することも無かった。激しい罪悪感を持っていたコープルに対して、ダバスドは立ち直れるチャンスをコープルが殴って止めてくれたことで掴んだということも伝え、お互いの間違いを正すことができたと前向きに考える結果となった。

 またも3年ほどが経ち、ダバスドは氷を、コープルは雷の類の魔法を習得していた。フライマは一足早く英雄になり、「陰りの魔弾」などと呼ばれていた。というのもこれまで何度も英雄となる称号はあったものの、その度に姿を消し、それらを避けていたため謎も多かったのだ。彼の中でも何かが決まり、受け取ったというわけだ。モータはダバスドたちと同じく、英雄となるために奮闘し、他の依頼でも顔を合わせることはあったが、全く同じ道を辿っていたわけではなく、歩みは別々だった。

 そして早くもこの日、ついにダバスドとコープルが英雄となるに値する依頼が舞い降りたのだ。英雄への一歩と言うことで、財団がメンバーを引き抜き、選定を討伐者自身で行うことは無かった。そしていつもの会議室、格段に強くなったダバスドとコープルは呼び出された。財団側もこの二人でいる時の戦績が良いことを知り、行動を共にすることが一番良いと考えたのだ。

「集まったね。英雄になるための依頼だが、浮かれないでくれ。我々に甚大な被害を与えかねない存在だ。いや、既に被害を受けている訳だが…」

 ナルターは釘を刺し、簡単に解決できる問題ではないことを知らせた。財団側も討伐者の成長を考慮してそれに適した難しい依頼を出せるわけではないという事だ。

「それで、なんで俺なんだよ。いや、俺自身が強いのはよく知ってる。だけどよ?相当な規模が掛かってる大変な相手だろ?ダバスドと俺はアタッカー。言いたいことは分かるよな?」

 ウィシュディが頭を掻き、ナルターに言った。カレンの時もバランスを無視した提案をナルターはしていた。実際、財団がそのバランスを黄金比としているのに変な話だった。

「最もだ。しかし、時として常識というのは覆される。今回の相手は注意を惹くことが非常に難しいということは間違いないだろう。こちらもタンクは不要と判断したわけだ。」

 ナルターは資料を手の甲で叩き、その理由を話した。ウィシュディは少し首を傾げたが、それ以上の反論はせずに従うことに決めた。

「あの、自己紹介くらいさせて貰えない?」

 顔見知りであると思われるダバスド、コープル、ウィシュディの様子を見て、自分の入る隙がないと思ったのか、討伐者である女が声を出した。ヒーラーだというのは空気感でわかっていたが、これから大事な狩りに行く仲間に声かけもないというのはいささか寂しいものだ。臍を出した奇抜な格好に、所々にピアスをしたこの街でも独特な雰囲気を持っていた女だったが、見かけによらず態度は普通で、威圧的な印象もなかった。

「確かに。手短に頼むよ。」

 ナルターはふむ。と顎に手をやり、それを了承した。話し合いもそこから落とし込んでいけばいいと考えた。

「あたしは、「クック」。役職はヒーラーね。回復は単体型。全域回復は得意じゃないけどできなくはない。でも、戦闘にはそれなりに自信があるから任せといて。」

 クックは見た目以外の癖は少なく、特徴も同じく少なかった。だからこの派手さを纏っているのかもしれないとダバスドたちは感じた。とはいえ、実力は当然ダバスドたちに劣らず、ここに居るには申し分ないことは確かだった。

「よろしくな。クック。で、肝心の相手は?」

 ウィシュディは強い興味は示さず軽く手を振り、その後にナルターに聞いた。まだ資料は開示されておらず、ダバスドたちには何の情報も与えられていなかった。

「我々は「フラッドボイド」と名付けた。全くの新種だ。これまでにも観測の記録はなかった。」

 ナルターは資料を配るが、情報という情報が欠落しており、生息地と、被害量くらいしか有用なことが書かれていなかった。

「これじゃあ作戦は立てれないな。他にはないんですか?」

 不備だらけの情報に、ダバスドは眉をひそめた。姿かたちも書かれておらず、どういう危険性を秘めているかも明記されていなかった。

「我々の観測が悉く阻まれている。恐らくはすこぶる巨大な蛇のような生き物だ。」

 とこのように財団も情報の収集に苦戦していた。その理由は様々だったが、一番は生息地一帯がアポカルによって浸食され、侵入も困難な状況になったためだ。

「で、そんなに情報が取得できないのに、どうして危険だって解るの?」

 クックが尤もな意見を持ち、ナルターに聞いた。

「それなんだ。問題の場所は「聖玉の水路」という遺跡でな。伝説は有名だが、そこは水の源としての、いわゆる水の秩序を守っている場所でもある。あいつが現れてからその一帯の水が強い毒性を持ち始めているんだ。そこが汚されるという事は世界的な水害が発生するということだ。もちろん、そんな大切な所は我々の保護下だ。アポカルに侵入を許すことも我々はしていなかった。だが、突如としてその遺跡内に誕生したのだ。」

 ナルターは饒舌に語り、持っている情報をなるべく提供した。財団はその地域を観測区域として大規模な設備を建て守っていたが、急に水路内にフラッドボイドが出現し、その一帯がアポカルに占領されたので、撤退を余儀なくされたという経緯があった。撤退を終えてから偵察に団体で向かったものの、水路内で何者かの襲撃に遭って帰らなかったり、その地域の水が異常な速度で濁っていったりすることが観測されたことから、多大なる強敵がいることだけは確かだったのだ。

 その出現の発端となった証拠も確認できず、対処が遅れたという事だ。そして、水の秩序と言うのはただの伝説ではなく、この世界の水に力を与える源であったのが、この場所なわけで、そこがアポカルに占拠されているということは大事なのだ。近々世界中の水が使用不能になるという可能性も十分に考えられた。

 そういうわけで、限られた情報を頼りに向かうしかなかったのだ。幸い、英雄になるに値するダバスドたちだったので経験豊富なことを活かし、急な戦闘になってもある程度は対応できることは約束されていたのだ。

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