第23話 二択
オルテンはダバスドが自分を留まらせた理由が断定できなかった。怒りなのか悲しみなのか、ダバスドから溢れ出ている負の感情に掴みどころがなかった。
「知ってたのか?」
ダバスドはオルテンに問いかけたが、一概には怒りの声とは言えなかった。
「私は昨日知らされた…変に弁明したくないけど、好きで会議に参加してるわけじゃない…」
自分を庇うようなことはしたくなかったが、あちら側の人間だという誤解だけは避けたいとオルテンは思った。財団に手を貸しているのは事実だが、誰かを不幸せにすることに介入しているのは認めたくなかった。
「じゃあなんでお前が?」
ダバスドは低い声で質問をする。それは妙に落ち着きのある声というか、やはり憤慨で彼女を止めているわけではなさそうだった。
「研究の一端は私が担っているから…今呼ばれているのも、私が変異体について一番理解があるからよ…」
オルテンは事実をそのまま伝え、質問に答えた。それを聞き、疑心が消えたのかダバスドは抑えていた足をゆっくり離し
「すまない。動揺してるんだ。責めるつもりがあるわけじゃない。」
と肘をついてオルテンに答えた。軽蔑され、見下されていたわけではないと知り、オルテンは少しばかり安堵した。
「カレンさんとは私も顔見知りよ…ダバスド、あなたにとっては生きがいだったんでしょ?今回の件、無理して受ける必要なんてないわ…」
前の言葉を思い出し、オルテンはダバスドを慰めた。間柄は深くなかったものの、カレンの素性を知っていたオルテンも、実のところ悲しい思いがあった。
「それでも、もう戻ってくることは無いんだろ?変異体について詳しく教えてくれないか?万に一つでも帰ってくることはないのか?」
資料には目を通していたダバスドだったが、合理的な受け答えができるという情報から、希望を持ちたかった。故に知識のあるオルテンに深く聞いたのだ。
「変異体は、生前よりも遥かに強くなって猛威を振るう。その言動にその人本来の意思はなく、あくまで違う意思によって成り立っている…言いたくないけど、正気を取り戻すなんてことは天文学的数値でも起こりえない…今までも、変異体になって、帰ってきたケースは一度もないわ。最近知ったんだけど、人のマナは暴走すると形そのものが変わり、別の生へと癒着する。その原因はまだ解明できてないけど…姿を変えたものは全く別の生を生み出すってわけ…詰まるところアポカルになる。抽象的な話だけど、これが真実で、帰ってこない理由よ…」
オルテンは丁寧に語ったが、彼女の言う通り理解しがたく、抽象的だった。だが、ダバスドはカレンが前に、アポカルが混沌を招く存在などとの発言をしていたことを思い出し、浮かび上がるのは疑問だけではなかった。そういう理解しがたいものが、もしかしたら真実かもしれないという考えができていた。
「カレンはプロダクターの攻撃を食らってからおかしくなった。それが何か関係していると思うか?」
一つでも例外を見つけたいダバスドは、新たな質問をした。
「半分は関係してるかも…確証はないけど。だけど、それがきっかけになったことは仮定として成り立つけど、完全にアポカルになったのはマナの暴走に違いないから何とも…」
オルテンの話からは例外と言う言葉は見つかりそうもなかった。ダバスドはカレンが帰らぬ人になったと理解し、また強い不快感に襲われた。
「はあ、俺は心から愛してしまった。いつかこんな日が来るかもしれないとはわかっていたのに…」
首を垂れ、声を震わせた。頭の中にちらつくカレンの姿が焼き付いて離れなかった。もう一度、姿を見たかった。しかし、それが本当の彼女ではないという矛盾があり、決断を揺るがせた。
「もう一度言うけど、無理に行く必要はない…もう死んでしまったと割り切ってしまうのも一つの手…」
オルテンは少しでもダバスドが傷つかない方法を模索した。だとしても危険性を知っている関係上、放っておくという選択肢はなかった。
「もし、今のカレンを見逃していたらどうなるんだ?」
ダバスドもそのことに気づく。殺すというのは最終手段で、被害が教会堂に至るだけでは問題ないと錯乱していた。
「アポカルになったマナは膨張する…最終的には被害もこの街、ひいてはあなたたちが来た所にまで及ぶことになる。封印で妨げることはできるけど、それも一時的な手段でしかないわ…」
オルテンは悲しんで欲しくないという思いはあったが、決して嘘をつくことはなかった。彼女自身も責任を感じ、力になる必要があると考えた。そうして、被害の甚大さを前に倒さなければいけない理由までもダバスドは知ってしまった。
「排除は確定事項か?」
短いダバスドの問いに、申し訳なさそうにオルテンが頷く。野放しにした所でいつか被害が拡大し、オルテンがその役目を担うかもしれなかったが、そのことは口にしなかった。
「俺は…行く。カレンの行方を追えて良かったのも事実だ。変わり果てた姿は見たくない。だが、知らずの内にこの世から姿を消しているのはもっと嫌だ。だから…」
言い終えることができず、ダバスドはテーブルに突っ伏した。自分でもその意志は変わらないことは分かっていた。それでも、それでもだ。愛する人を殺すことに躊躇がない人間などいない。その現実は何よりも重く、ダバスドの心を破壊しようとしていた。
「私はこうなるって予想できたのに、ナルターを止められなかった。あなたに伝える方法だっていくらでもあったはず…なのに私は…」
オルテンもその場に突っ伏す様にし、自分を責めた。自分が何も出来なかったことを思い出し、ダバスドの悪化の原因を結論付けようとした。
「やめてくれ。お前はこうして話を聞いて、味方で居てくれるじゃないか。俺が発狂せずにいられるのはお前のお陰でもあるんだ…」
オルテンは愛の傷を癒すことはないが、孤独と言う穴は確実に埋めてくれる存在だった。冷静さの歯止めがあったのも仲間と言う存在があるからだ。
「でも、私たちは駒なの…それを分かっているのに、自分の意見も持てないなんて…人としてどうかしてると思わない?」
彼女はまたも自嘲気味になり、自分の意見を言った。財団はオルテンを保護した存在ではあるものの、利用されていると彼女が感じることに齟齬はなかった。それはダバスドたち討伐者も同様で、大事な財産ではある一方、一人一人の心のケアを考えて依頼を出す程、甘くはなかった。
「お前は時々憂鬱な回答をするな。自分の意見なんて、生きてれば見つけられる。それを俺は学んだ。俺はカレンに生きる意味を教えてもらった。変な話だが、俺がカレンと相対する考えがあるのは、俺が、俺自身と大切なもののために戦いたいと心に誓ったからだ。財団の抱える危機に対抗するのは悪くない。だが、それ以上に俺は、自分の生きる意味がそこにはあると気づいた。栄誉ばかり気にしてた俺が、本当の幸せを…見つけたんだ…」
ダバスドはオルテンを慰めるため、今度は優しく添えるようにつま先を踏んだ。それに付け加え、自分が変わったことを口にしたが、変えてくれたものを失いに行くような感覚は、ダバスドの中で落ち着きを見せることは無かった。しかし、行かなければならないという思いにはずっしりとした更なる決心が乗ることとなった。
「そっか…そうだよね…私は自分が誇れるように頑張るよ…変異体は尋常じゃないくらい強いから気を付けてね。どんなに決心しても難しいのは分かるけど、彼女がどんな会話をしたって、もう彼女がいないことは忘れないで…」
オルテンは大きく頷き、究極の二択を選んだダバスドに強く警鐘を鳴らした。彼が取るしかない選択肢を取ったに過ぎないことは分かっていた。わかっていつつも、これ以上は水掛け論だった。希望が一つでも実り、新しい幸福に手を伸ばせるように応援するしかなかったのだ。
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