第22話 変異体
「失礼します。新たな変異体の件です。今回のモノにはかなり手を焼いてまして…これで15件目になります。」
ダバスドたちがプロダクターを倒してから時が経ち、また理事室のナルターの元に部下が報告に上がっていた。
「例のか。変異体は想像以上に我々の前進を滞らせるな。対処が難しいうえに、面倒だ。」
ナルターはいつもの様に資料を受け取り、ため息をついた。最近も新たな変異体が発見され、それに手を焼いていたのだ。部下とナルターは話し合い、会議を開くことを決定するとともに、今後の方針について話し合っていた。
二人が話し込んでいると、また扉が叩かれ、中に新しい人物が入って来た。
「お邪魔…変異体の件で新たな研究結果が出たわよ。まだ、変異の理由は突き止められていないけど…」
扉を叩いたのはオルテンだった。この女は財団に肩入れをし、これまでも様々な分野の研究を手伝っていた。その優秀さから新たな発見をすることも多く、重宝されていたのだ。
「いつも助かるよ。これが前に言っていた変異体だ。プロダクターの攻撃を食らって失踪。その後に変異体として発見された。」
ナルターは抱えていた資料をオルテンに手渡し、目を通させた。ここで言われている変異体とは、人がアポカルになったモノを指す。人がアポカルになって人を襲う、そんなことが近年稀に起こる事案でもあった。最も一般には公開されず、財団のような世界に足を踏み入れた者しか知りえないことだ。
「プロダクター…」
勿論、オルテンにも心当たりがあった。プロダクターという個体はまだダバスドが戦ったものしか発見されていないため、ほぼ確実に、ダバスドたちと相対した個体で間違いなかった。ダバスドがどう敗走する流れになっていたかを聞かされていたため、大事な人がもしかしたら無事かもしれないというピースがそれにハマり、唾を飲んだ。
「心当たりでも?」
ナルターはカマを掛けるわけではないが、少し固まるオルテンに問いかけた。研究によって変異体について誰よりも知っているオルテンは、その事実に心苦しさを覚えた。
「って言うことは、素性は明らかなんでしょ?」
オルテンは質問で返し、誤魔化した。別に隠すようなことでもないが、なぜか後ろめたかった。だが
「ああ、合点が言ったよ。やはりそうか。ダバスド君は、君に話しに行った。だから、今回の一件も知っているわけだ。」
とナルターの中での仮定が現実に代わり、この男の中でもピースがハマったのだ。そうなれば仕事はしやすく、新種の説明をくどくどする手間も省けた。
「ご名答…でも誰に依頼を出すわけ?犠牲者もこんなに出てるし。」
オルテンは遠くの景色を見ながら答えた。変異体は総じて強かったが、これに関しても例外ではなかった。今回の相手も狡猾なのか、死傷者はいつもより出ていた。
「こちらも腕のある者に依頼を出してきた。それでもこの有様だ。終わらせるには相当な腕が必要なのだが…プロダクターを倒した者達なら、務まるだろうか?我々の研究でもあの個体は強敵だと解った。あの鋭利な謎の素材。その他、再生力、死霊術など。どうだろうか。」
悪びれる様子もなく、ダバスドたちの事をナルターは口にした。ナルターに、ダバスドが大切にしている人がそこに居たことを知る由もなかったが、あくどい発言をしているのは知っていた。
「つまり、かつて戦った仲間と戦わせようって話をしているの?ふざけないで…」
オルテンは眉間にしわを寄せてナルターを睨んだ。そこに愛がなかったとしても、顔見知りを殺しにいくというのは得策ではなかった。それは人としての道徳が欠落している発言だった。
「私は大まじめだ。彼らなら務まると、本気で考えている。確かに私の発言には問題があるかもしれない。だが、失踪届を出した彼らに、依頼で殺したと言って彼女の遺品を送り付けるのか?どっちみち、倒さなければならない存在になったんだ。それをどうするか彼らに問うというのは、むしろ責任のある行為だと思わんか?」
睨んでいる目をじっと見つめ返し、ナルターは真面目な声で答えた。排除しなければならないことは決定しているため、誰が適任かということだけに視点を合わせればその意見は正しかった。
「数週間も行方を追えていたことを報告して、それももう手に負えない存在になっていることを彼らが聞いて納得するとでも…」
オルテンは腹を割って話したダバスドにはそれなりの思い入れがあり、無駄に傷つくようなことにはしたくなかったのだ。
「よし、ロップ。会議の準備を進めてくれ。手をこまねいていても仕方がない。オルテン、君も参加するんだ。変異体の説明は君の方が適任だ。」
ナルターはオルテンが言い切る前にいつもの調子に戻り、部下に命令を下した。考えた挙句、ダバスドたちに依頼を出すことにした。この男は情が浅く、真実を知った者が激情することも考慮していたが、その時は一発でも二発でも殴らせれば良いという肝の据わった考えでそういう決断をしたのだ。
「私は責任取れないわよ…無茶苦茶だわ…」
走り去っていく部下を止める手立てもなく、その進行を許してしまったオルテンは深いため息と共に、もう一度ナルターを睨みつけた。同時に、真実を知るダバスドに如何に接するかということを必死に考えた。関係に亀裂が入ることも十分にあるため、ナルターという男にはしてやられた。
ナルターは翌日、手はずを整えてダバスドたちを会議室に呼び出した。特別措置という形で他の討伐者は呼ばず、プロダクターを討伐した四人だけを招いたのだ。
「集まってくれてありがとう。新たな討伐依頼についてだ。しかしながら、それについて一から詳しく話さなければならない。我々は今回のアポカルを変異体。と呼んでいる。オルテン。」
オルテンにナルターが話しかけると、彼女は冷めた目で立ち上がり説明を始めた。自分たちの会議にオルテンが参加したこともなく、英雄でもあるこの女がこの場に居るという珍しさも引き立ち、四人は直ぐに注目した。何事かという思いも強かった。
「変異体って言うのは、元は人だったものがアポカルになったモノを指してるわ…きっかけは様々だけど、私たちの使うマナに大きく関わっていることは確か…つまり今回の敵は元人間よ。」
彼女は説明を終え、席に戻った。淡々と説明をするオルテンだったが、四人はこのことに仰天していた。人がアポカルになるなんて聞いたこともなかったし、自分たちも人を討伐することになるとは思わなかったのだ。
「目的の場所は教会堂だ。変異体は理性があり、合理的な会話が可能だが、実際はもう人の意思はないことは覚えておいてくれ。何を言われても耳を貸すな。」
ナルターがオルテンの後に続き、解説した。手にはこれまでの変異体の資料があり、積み重ねてきた情報があった。そして、この場所を聞いて真っ先に反応したのは言わずもがなダバスドだ。
「教会堂。」
嫌な予感がしたのだ。カレンは昔、別の教会堂に赴いていたという話を嬉しそうに語っていたし、この辺りの教会堂もそれほど多いわけではない。しかし、変異体の特性について知識がないダバスドは断定することができなかった。
「変異体は、一定の基準の元行動を取る。好きだった場所や、思い出の場所、それらを根城にする習性があることもわかっている。」
追い打ちをかけるようにナルターは変異体についての情報を開示し、真実へと近づけさせた。それは偶然などではなく明らかに意図的だった。
「それで、いつもの感じじゃないよね。僕ら四人だけだし。」
何かに気づいたコープルがナルターに聞いた。彼の中でも嫌な予感がしており、徐々に核心へ迫っていたのだ。
「そうだね。落ち着いて聞いて欲しい。今回の敵は、カレンだ。もう彼女自身は亡くなっているが…」
ナルターのその言葉を聞き、ダバスドは血相を変えて立ち上がった。オルテンはそれを見て、目を細めて明後日の方角を見た。
「彼女はとっくに死んでいて、アポカルになったから殺してほしいと?」
ダバスドは拳を握りしめ、ナルターに問い詰めた。そのような冒涜が許されるはずがない。だが、ナルターもこの反応は予想していた。ダバスドがカレンに対して熱情を抱えていることは知らなかったものの。
「そうだ。我々も他に依頼することを考えた。だが、君たちに死の知らせと共に、既に殺したと報告するのでは道理がなかろう。変異体になったからには倒すしかないんだ。これは選択だ。何も殺しに行けと命令しているわけではない。我々から彼女の事を報告した上で、諸君らにどうするかを聞いているのだ。」
落ち着いた声でナルターは昨日と同じ言葉を返し、ダバスドの憤怒を収めようとした。それが正しい選択だとしても、では倒しに行こう。とはいかない。ナルターの言い分は一つの理を得ていたが、何処か屁理屈の様で簡単に納得できる話でもない。
「会議に出てた修道女か。顔を合わせた相手を殺しに行くというのが、あんたらの道理か?」
思うことがあったらしくモータは皮肉たっぷりに反論した。いつも嫌に思えるその言葉は、今はダバスドたちに味方していた。
「我々は実力と言う側面で物事を判断しなければならない。それが君たちだという事だ。他に何人も送ったが戻って来た者は少ない。我々が今出せる力の最終地点が君たちなんだ。」
ナルターは熱弁したが、力の集約が彼らにあるというのは嘘だった。彼らより優秀な者は確かに居るし、未だ現役の英雄だって街にいるからだ。それでも、力ある者にあっけなく殺されるカレンの姿を想像するのは、ダバスドでなくとも耐えられなかった。せめて自分たちの手で。きっとそれが彼らにとっての礼式で、最悪の二択の、マシな方といったものだった。だからこの理屈に真っ向から否定の言葉を吐くことは難しかった。
「それがしは行こう。それだけの死傷者が出てるなら、それがしの出る幕でもある。あの子に対しては申し訳ないが、ご冥福をお祈りするしかないのだろう。」
煮えたぎるような空気の中で声を上げたのはフライマだった。慈悲の心もあったが、現実を誰よりも即物的な視点で捉えていた。それを責め立てる権利は他三人にはなかった。なぜなら変異体はもう人ではなく、アポカルなのだから。その事実から目を逸らしたくても、積み上げられた証拠の資料を前にすれば認めざるを得なかった。
「助かるよ。自分たちの手に掛けたくないと言うのも最もだ。ただ、カレンがもう戻らぬ人となったことは理解してほしい。」
強く拳を握り続けるダバスドに対して、ナルターは軽く頭を下げ、引くという選択肢を与えた。実際は何とも思っていなくともこの男の演技力はなかなかのものだった。
「畜生。ふざけた選択肢だ。だが、俺は…」
ダバスドは自分がどうすれば後悔しないかを心では分かっていた。それでも最愛の人を、例えそれが全くの別物になってしまった事実があっても、殺さなければいけないというのは理解しがたかった。
「僕はダバスドに任せる。彼が良いなら僕も行こう。彼に最悪の土産話は届けたくない。」
コープルはダバスドの表情を見て、そう答えた。明らかにダバスドが異常だというのは気づいていたが、カレンを心から愛していたからという答えには辿り着かなかった。
「俺は行ってもいい。あんたの言う通り手に掛けるのは癪だが、せめて俺自身で手向けをしたいからな。」
モータはフライマに賛同し、意思を示した。意外にも礼儀があり、皮肉だけでは語れないのがこの男だ。フライマと同じような理由で、参加することにした。後はダバスドとコープルだけだった。
「少し、一人にしてくれ。考える…」
ダバスドは皆に絶望の表情を見せながら話した。このままではナルターを殴り、やり場のない怒りをぶつけてしまうと判断したのだ。
皆はダバスドの様子から、それが彼にとっても健康的だと考え、立ち上がった。ナルターも余計な労いはせず、資料だけを置いて出て行った。入口の方から次々と立ち上がっていくコープルたちだったが、最後の一人、オルテンが席を立とうとしたところ、ダバスドが軽く静かに足を踏んでそれを止めた。
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