第20話 拒否と受諾
「嫌よ。」
ダバスドは深く頭を下げ、お願いしていたが、軽く一蹴される形となった。オルテンは作業台と向かい合いながらダバスドの願望にその一言で返した。
「お前が実力者と見込んでのことだ。どうしても倒さなければならないんだ。」
理由を付け加え、もう一度お願いする。今回の相手はかなりの強者なため、自分たちだけで勝利を収めるのは不可能ではないが、リスクもあった。
「嫌って言ってるでしょ…帰って。」
しかし、オルテンは首を縦には振らない。ただ嫌だという一点張りで、関与しようとしなかった。ダバスドとは普通に仲も良かった関係性だが、彼女は強く拒んだのだ。
「オルテンは相当な力を持っているんだろ?手を貸してくれるならそれなりのお礼はする。それかせめて、どうして嫌なのかを教えてくれよ。」
ダバスドは反復してお願いするが、友人として嫌なことを押し付ける気もなかったので、断られることも想定していた。それでも理由くらいは聞きたかったのだ。
「そもそも、私が行って一瞬で勝負を終わらせて、それであんたのどうしても倒さなければならないって気持ちは報われるの?」
オルテンは決して物怖じしているわけではなく、ある程度の情報を聞かされていたものの、自分が苦戦するような相手ではないと確信していた。そしてこの答えにダバスドは、自分の未練がそれで果たされることがないと気づいたが、同時にこの女のことについて多くの疑問が浮かび上がった。
「確かに、それなら頼り切る形になってしまうな。にしても、一瞬って言ったか?言い方が悪いが誇張じゃないのか?」
彼女が自信に溢れた性格をしていないのは周知の事実である上に、見てもいない敵に対しても、自信ではなく事実の様に振る舞っているのは妙だった。オルテンが英雄になった理由を未だ明確に知らず、彼女の奥底が見えないのもミステリアスだった。
「誇張なんかしてないわ…残党ごと消し飛ばせるわよ…」
その底を、少し見せたオルテンだが、憂鬱そうに語り、自信の欠片も映っていなかった。その目の色を見て、ダバスドも何かを感じ取った。
「すまない。何か都合があるのは分かった。嫌な思いをさせてしまったな。でも、俺も大切な、それも生きる意味になるくらいの人を失った。だから、軽い気持ちで声を掛けたわけではないことは分かってくれ。その人は、まだ確定はしてないが、もうおそらくは…」
お願いではなく、頭をもう一度下げ、自分が真剣に今回の事と向き合い、何とかしてそれを晴らしたいという思いと共に謝罪した。
「私も…力になれなくてごめん。私も、昔大事な人を失った…その気持ちはわかるの…それでも今回は手を貸せないわ…」
オルテンはその思いに同情し、協力的でないことに謝った。彼女は面倒で取り合う気がなかったわけではなく突き放していたのだ。
「あのさ。過去について話してくれないか?俺だってお前の力になれることがあるのならそうしたいんだ。」
ダバスドは悲しそうな彼女を放っておけず、真っ新な気持ちでそう聞いた。オルテンとの付き合いは長いわけではないが、それなりに顔も合わせ、話もしてきていた。
「意外と優しいのね…いいわ。奥に行きましょ…」
付け入った話だったが、オルテンはそれを了承し、過去を話すことにした。昔の吉見ということもあるが、彼女に優しく接してくれる人は少なかったためだ。
奥の部屋は私生活と仕事が入り混じり、資料や本が山積みになり、ここにもポーション調合台があり、ベッドやテーブルなどが置かれていた。取っ散らかった部屋だったが、不潔な様子はなく、居心地も悪いものではなかった。
オルテンが調合台の椅子の背を90度傾け、ダバスドをキッチンテーブルの椅子に座らせた。ダバスドとオルテンの間には椅子一個ほどの間隔があったが、オルテンが向き合うことを苦手としているため、視線は合ったり合わなかったりしていた。
「それで、そもそもなんで討伐者になったんだ?」
座ってしばらくしたが、オルテンが一向にしゃべりださないため、痺れを切らしてダバスドは聞いた。
「魔法よ…私は魔法でアポカルを打倒したことで、討伐者に任命された…」
オルテンは間をおいて話だし、きっかけについて話した。何もおかしな点はないようだが、魔法は一般人には未知の世界であるため、使ったことで財団の仲間入りをしたというのは論理が逆転していた。
「つまり、知る由もない魔法を使ったから、そこを買われたと?」
ダバスドは彼女の話に興味を持った。英雄になったのはその溢れる才があったからだと、予想した。
「まあ、そんな感じ…もともとは街にアポカルが襲来して、私の近所の家が次々と壊されていった…死傷者も数多く出て、街はもう滅びるしかなかった…そして逃げ遅れた私たち家族が標的になったの。私が死ぬ瞬間、きっと私は魔法を放って、そいつを跡形もなく焼き払った…」
オルテンはゆっくりではあるももの、自分について多く語り出し、初めて魔法を扱った日のことを思い出していた。それは無意識によるもので、確実に魔法に関しては才能があった。
「凄いじゃないか。誇っていいんじゃないのか?」
また暫く話さなくなったので、ダバスドが語り掛け、答えを促した。
「それだけならね…私にとっては呪いよ。私が焼き払ったのは、私を匿おうとしてくれた家族と、街の大半だった。被害は甚大で、ほとんどの家が無くなって消えたわ…そうなったら後はわかるでしょ?そんなの救いでもなんでもなく、街の人からしたら新たな怪物よ。被害が収まったことを確認した矢先、私は魔女狩りの対象になった。家族を失った大きな悲しみの中でバケモノ扱いされて、何も知らないのに私のせいで…何もかもが…そこを財団に拾われた。財団は“便利な魔法”で人の記憶を操作して、私の存在を抹消させた。財団は魔法について教えてくれた。コントロールできるようにも…英雄になったのは成り行きよ。その力を形にしていってたら、永劫の魔道なんて呼ばれるようになった…圧倒的な力を持っているらしくて、今回あんたが持ってきた依頼も、その墓所ごと消し飛ばすくらいはなんてことないの…制御はできるわよ?でもそれ以上に、この力を使うことが怖い。嫌なの…思い出しちゃうし、帰ってこないものも沢山あるから…なるべく使いたくないの…」
オルテンはいつもの様に調合台のフラスコを指でいじりながら話していた。ほとんどの経緯を伝え、自分が背負っているものを見せた。いつもと変わらぬ様子にも見えるが、憂鬱に、悲しそうに遠くを見ている気がして、ダバスドはどうするべきかが分からなかった。
「辛かったよな。なんて、軽い慰めはしたくない。でも他に辛いことがあるなら頼ってくれよ。お前のことが知れてよかった。」
手を握り、目を見てそう伝えたかったダバスドだったが、男女と言う間柄のせいでそれができなかった。遥か遠くの存在に見えてしまう彼女を、なんとか寂しくない場所に居させてあげたかった。それは疚しい思いではなく、純真であった。そして孤高の存在になることは良いことづくめではないことも学んだ。
「私は何も手を貸さないのに?」
オルテンは自嘲気味にそう言った。ずっと財団に匿われ、自分の世界と向き合い続けた彼女は、いつしか自分が全て悪いと思う様にしていた。
「関係ない。お前が来れないの理由は十分に理解した。そう自分を責めるな。お前にとっては呪いかもしれないが、今まで多くの人の命は救ったはずだ。なんと突かれようとそこにある事実は変わらない。」
覗き込むようにダバスドは言った。今回の件は巻き込むべきではないと思うことができた。カレンを殺した相手を自分が介入することもなく倒したら、きっと後悔することになるだろう。
「うん。ありがとう…でもあんたも結構強くなってきてるんでしょ?最近はまた危機が何とかって…もしかしたら他の依頼で共にすることはあるかも…ね。」
彼女は礼に、意味深ともとれる言葉を添えて返した。まだ彼女は討伐者として依頼を受けることもあり、その数は少ないが重要なものがほとんどだった。力を使うことに恐れはあったが、彼女がやらなければならないことはしており、自立できていた。
「そうだな。俺も二つ名を貰えるように頑張っているんだ。今は目の前の敵に集中するが。」
ダバスドは立ち上がり、話し合いを〆た。単純に見放されたわけでもなく、彼女なりの考えを聞けたのは後味が良かった。闇を見せてくれたからこそ、今心の中で起こっている乱れも少し落ち着いていた。
「その人、無事だと良いね…」
オルテンもまた、心の溜飲を下げ安堵があった。きっと人生観が変わるようなことは無いが、頼れる者が確かにいるというのは心強かった。そういうわけでダバスドはプロダクターを倒す準備に再び勤しむこととなった。
一方、コープルは今回の件を直接報告するため理事室に通され、ナルターへ直々に説明を終えていた。
「そうか。恥じることではない。何分、プロダクターはかなりの危険個体だと我々も踏んでいた。生きて帰ってきたことは褒められる点だ。亡くなった者には供養もしよう。しかし、失踪したカレンの行方を追うのは時間が掛かることをどうか理解してくれ。」
ナルターはコープルたちを評価し、失望する様子などは見せなかった。報告の内容をメモし、それを財団での会議に持ち出そうという動きも見られた。
「すみませんが、もう一度赴かせてもらうわけにはいかないでしょうか。果たさなければならない未練があるのです。危険は承知です。ですが勝ち目もあります。」
コープルはダバスドとの約束を守り、再びプロダクターを討伐するためお願いをした。その願いは簡単に承認されることとなった。
「構わないとも。勝算があるというなら止めはしない。メンバーはどうする?」
ナルターはここまで登ってきた討伐者だからこそ、その判断を委ねることができ、無謀な賭けに出ていないということも理解していた。だからこんなにもあっさりと失敗したコープルたちに討伐のチャンスを与えるのだ。
「ダバスドが、一人心当たりがあると…それが通れば、あと一人ですね。」
と順調に予定を立てるために、先を見越してコープルは言った。それを聞いたナルターは少し考え、納得した。とでも言いたげに頷いてそれに答えた。
「ああ、なんとなくわかったぞ。だが、それは通らないだろうな。二人は前の者からでも構わないか?」
ダバスドがオルテンに頼みに行くという事をこの男はコープルの話から予想した。それはオルテンの出生について良く知り、二人が昔の吉見だということを把握しているからだった。それ以上の洞察力もこの男にはあり、そうなることを見越していた。
「それはどういう。詰まるところ、あなたは誰だかわかるという事ですか?」
ナルターがすぐさまメンバーを選定し直すそうと試みたが、コープルは気になり問いかけた。コープルにもそれに行き着く材料はあったが、この時はわからなかった。
「本人から聞き給え。俺の口からは多くは語れない。さて、本題に戻ろう。」
取り合わず、ナルターは本題を促した。一応、プライバシーを守る義務はあるため、それを順守していた。
「わかりました。でも、前は適任を選んで決めましたよね?だったらあまり良くないような気がするのですが。」
コープルも大人の対応を見せ、話を戻した。しかし、よくよく考えてみれば、より良い者を選んだはずのメンバーの中から、選ばれなかった者を選出するのは合理的ではなかった。
「これも多くは語れないのだが、フライマという男を覚えているか?その者なら十分に今回の件に貢献するだろう。」
ナルターが名を挙げたのは、コープルに黙って指を指したほとんど話すことのなかった男だった。
「あの方はサポーターですよね?大丈夫でしょうか。」
コープルは首を傾げた。今回の相手は相当な強者で、バランスの良いパーティにするというのが前提ではなかったのかと。だが、ナルターが役職を間違えるようなことをするはずがなかった。
「そうだとも。彼はヒーラーも担っている。それも完備にね。英雄に最も近い存在だと我々は見込んでいる。快く引き受けはしないだろうが、いざ行くとなれば即戦力になることは保証する。」
今まで、役職を両立している討伐者とは出会ったことがなかったため、コープルは驚かされた。なぜ、そのような人材があの場に居り、その情報すら公開されなかったのかは謎だった。
「分かりました、ではお任せします。あと一人は…」
他に頼るあてもないためコープルはこの話を呑み込み、メンバーの選定を進めることにした。
「そうだな。タンクが居れば問題なかろう。新たな人材を派遣するか?」
ナルターもそれに乗り、更なる提案をした。前に残ったタンクが一応残っていた。
「いえ、モータさんで大丈夫です。綿密な作戦であるなら倒せますから。」
コープルはナルターにそれなりの考えがあると解ったため、わざわざ手を煩わせることはないと考え、モータに頼ることにした。相手を知り、戦い方を学ぶことができたコープルたちに不足しているのは、優秀な人員ではなくいかに相手を倒すかという知略だったからだ。
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